ラミンVSロウガ 前編
前回までのあらすじ:それはそれとして、お味噌汁が冷める前に美味しくお昼は頂いた。
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ヤーパン王国の王都フソウにおいて、華という言葉は大きく四つの物事を指す。
一つは、そのまま花。
代表的なところでは桜や梅であるが、四季に豊かな変化を見せる植物は、その時々で見事な花を咲かせる。
風流人ならずとも、これには心ときめかせ季節の移ろいを楽しむのであった。
二つ目は花火。
職人が火薬技術の粋を集めて生み出す花火の数々は、腕利きの魔術師ですら及ばぬ炎の芸術。
夏の祝祭において、リョーゴクの大橋に集って夜空に咲く大輪の花を眺めるのは、フソウ民にとって欠かせぬ年中行事であった。
三つ目は、火事。
何しろ、家屋が木と紙の張り合わせによって出来ているこのフソウであるから、とかく、火事が起きやすい。
特に空気が乾燥する冬場が鬼門で、どの世代も、生涯で一度は大火を経験すると言われている。
が、それにへこたれてしまっては、フソウ民が廃るというもの。
むしろ、これぞ華と笑い飛ばし、受け入れる寛容さこそが粋であった。
そして、最後の一つ。
四つ目の華は、ずばり――喧嘩だ。
しかも、目にする頻度でいけば、植物の花すらしのぐのではないかと思えるのが、拳の交わるこの華なのである。
それだけ、フソウ男というものは喧嘩っ早い。
構成する人種の大半が何らかの職人であるのだから、口を動かすよりも先に手が出るというのは、なるほど納得がいくところであった。
もちろん、単に喧嘩っ早い人々が集まっているだけならば、それはただの治安が悪い都市。
フソウ民が特徴的なのは、他人の喧嘩をやんややんやと娯楽に変えてしまうところである。
スイキョウ先生が考察するところでは、人口の七割が地方からの流入者で構成されているのも、大いに関係しているのだとか。
生まれも育ちも同じくする人間は少数派なのだから、あえて喧嘩を馬鹿騒ぎとして消費してしまい、後々にまで遺恨を残さぬようにしているのだという。
無論、理性で考えてそうしているのではなく、人々の中で自然に発生した本能的な知恵。
人間――エルフや獣人も含む――というものは、かくも奥深い生き物なのであった。
と、いうわけで、だ。
ただでさえ高名なスイキョウ先生の弟子であり、しかも、この頃魔物祓いとしてめきめきと頭角を現している忍者ロウガが、“戦神”の完全鎧を着用したラミンと、天下の往来で睨み合っていたらどうなるか?
しかも、ロウガに指定された結果、ラミンの方は長剣と大盾も装備しているのである。
――決闘!
――あるいは……果たし合い!
もはや、喧嘩という領域を超えて、そのような言葉が浮かんでくるような物々しさを嗅ぎつけ、大勢の人々が集まっているのであった。
「なんだなんだ……?」
「果たし合いか!?」
「戦うのは誰だ!? 片方は、忍者みてえだけど!」
「もう片方の鎧着てる奴は、ありゃお侍様って感じじゃねえなあ?」
「ありゃ、西洋の鎧じゃねえか?」
「じゃあ、異人だってのかよ?」
「んで、忍者の方はロウガだろ。
ほら、スイキョウ先生のお弟子さんだよ」
「おーおー、あれが噂の。
んで、なんでスイキョウ先生の弟子と異人さんが、宿屋の前で向かい合ってるんだよ?」
「さてなあ……。
そういや、あの『かめ吉』って宿を継いだお嬢ちゃんも、スイキョウ先生のお弟子じゃなかったかあ?」
「おお! おれぁ聞いたことあるぜ!
確か、最近まで西洋へ留学しに行ってたってなあ!」
「そのお嬢ちゃんが継いだ宿の前で、同門の魔物祓いと異人さんが決闘しようってのか!
熱いねえ! これにゃあ、カギ屋の大玉も負けらあ!」
「いよ! がんばれロウガ!
異人なんかに、女を取られんじゃねえぞ!」
「いやいや、はるばる海を超えて追いかけてきた異人さんの情熱をあたしゃあ買うね!」
ざわりざわり……。
やいのやいのと、集まった野次馬たちが好き勝手なことを言い合う。
しかも、何やら断片的な情報に尾ひれがついた結果、この二人がミドリを取り合って決闘するという物語になってしまっており……。
(は……。
恥ずかしい……!)
何故か審判役として二人の間に立たされたミドリは、赤面しながら握り拳を震わせることとなっていた。
「よく逃げずに来たなあ!
その度胸だけは褒めてやるぜ!」
一方、当事者の片割れであるロウガの方は、どういうわけだか絶好調。
理由は分からないが、ちょっと嬉しそうな感じさえにじませながらラミンを指差した。
(いや、逃げるも何も宿のド真ん前じゃん……)
そんなバカには、心の中でつっこんでおくミドリである。
一方、はた迷惑な忍者の挑戦を受け、フル装備で引っ張り出されたラミンの方は……。
「………………」
沈黙!
圧倒的沈黙である!
「……なんか言えやあ!」
その態度に、我慢ならなかったロウガが声を張り上げた。
だが、困惑しているのはロウガのみではない。
「異人の戦士さん、一体どうしたんだ?」
「黙りこくっちまってるぞ」
「本物の忍者を見て、ビビッちまったんかあ?」
野次馬たちもまた、困惑しながらそんなことを言い合ったのである。
(そんな……“戦神”ニウであるラミンさんが怯えるなんて、あり得ない)
ミドリが思い出すのは、西洋にてラミンが打ち立てた伝説の数々。
最も新しいところでは、波動竜の討伐。
その他にも、キンガミア遺跡の踏破やエルダートレント討伐、十二聖杯の探索などなど、どれか一つを成し遂げただけでも、偉人と称される活躍の数々だ。
いかにロウガが腕を上げたにしても、そんなラミンを威圧できるほどではあるまい。
で、あるならば……。
「……あ」
そこで、ミドリは気づく。
そのため、つついとラミンに近寄り、そっと耳打ちしたのだ。
「……ラミンさん、ラミンさん。
ひょっとして、知らない人が多くて話しづらい感じですか?」
“戦神”の完全鎧を着込んだラミンは、ゆっくりと頷いてみせた。
「なんというか……その……。
は……恥ずかしい……」
いかにも勇壮な鎧姿でもじもじされると、何やら小用でも我慢しているようになってしまう。
「でも、ギルドのパーティーでは、偉い人たちと普通に話してましたよね?
こう、豪華な椅子に座って」
そんな彼に対し、下唇へ指を当てながら尋ねるミドリである。
が、返ってきたのはしょうもない真相。
「あれは……上層部の人たちは、僕の事情を知っていましたから。
ただ、何も知らない冒険者の視線というか圧がきつかったので、椅子に座りながら応対させてもらいましたけど」
「……そんな事情があったんですね。
どうします?
そういうことなら、わたしがロウガ君に言って、やめさせましょうか?」
「いえ、ここまできて、さすがにそれはどうかと思いますし……。
それに、挑戦そのものはどうとでもなりますので」
相変わらず声音は弱々しく、ミドリ以外には到底聞こえるものではない。
しかしながら、この挑戦そのものを問題視しないというその言葉は、ひどくきっぱりとしたものであった。
だから、ミドリはその意を汲み、代弁してやる。
「ロウガくーん!」
「あんだあ? コソコソ話しやがって。
つか、おめえが代弁すんのかよ?
降参でもすってかあ?」
「ううん、なんの問題もないから、さっさとかかってこいって!」
「ミドリさん、僕そこまでは言ってな――」
やはり小声ながら慌てたそぶりを見せるラミン。
「――ほう」
しかし、ロウガの方はすでに肩を震わせ、怒り頂点といった有様だ。
「それじゃ、お調子者をこらしめてやってください」
それで勝負の開始を察したミドリは、つついと離れる。
「だったら、腕前見せてみろやあっ!」
ロウガが爆発したのは、それと同時。
それにしても、腕を上げたらしいとは聞いていたが、なんという俊敏さだろうか。
およそ五間は離れていただろう距離を、瞬きすら許すことなく瞬時に詰め寄り、手刀を振りかぶったのだ。
「――こっちです」
……難点があるとするならば、手刀を振り下ろすべきラミンの姿もまたかき消え、ロウガの背後に立っていたということであるが。
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