ロウガ
「んあ?
まあ、忍者だな。見た通り」
驚きのけぞるラミンに対し、サッシの上にしゃがみ込んだ忍者が頬をかきながら答える。
一口に黒ずくめと表してしまったが、こうしてみるとなかなかに複雑な恰好。
脚を覆っているのは、この国においてよく見られる裾が膨らんだズボンで、足首の辺りを布で固め、動きが阻害されないよう工夫していた。
上半身に着ているのは、やはりこの国で一般的な左右から重ね合わせる服で、こちらは袖部分を絞った上で黒塗りの手甲が装着されている。
履き物としているのは草履というサンダルに似た品で、これは窓辺を汚さないようにするためか、左手でぶら下げられていた。
総じて、多少ゆったりとした部分は残しながらも、動きを阻害する要素は排除された恰好。
暗器を使う者に特有の工夫だ。
今、目に見えている武装は彼が背中に差している細身の刀のみ。
だが、例えば手甲の裏側など、様々な箇所に凶器が潜んでいるのを“戦神”の勘が告げていた。
「てか、変わった恰好してんな?
金髪だしやたらでけえし、異人さんか?」
短く、されど的確な観察を行ったラミンに対し、忍者が眉根をひそめながら続ける。
冒険者でもよく見るチンピラ上がりのような態度。
ただ、野性味が強いこの青年には、そういった仕草や言葉遣いがよく似合う。
短く整えられた黒髪は、見た目など意識していないのだろうざんばら切り。
目つきは鋭いの一言で、根が小心者のラミンとしては、彼我の実力に関係なくビクリと身をすくめてしまう。
首から下は忍者の装束に隠されているが、戦闘者として相当な修練を積んでいるものと見受けられた。
人生で初めて見る忍者。
これに対し、まず行うべき反応――驚きおののくことは、すでに実行済み。
ならば、第二に行うべきこと――挨拶をすべきであろう。
「え、えと、えと、ぼぼぼぼ」
駄目だった。
駄目駄目だった。
今のラミンは「ぼぼぼぼぼ」と連呼するだけの悲しきモンスターである。
きっと、鼻毛とか伸ばして戦うのだ。どうしてそんなイメージが湧いたのかは不明だけど。
「あんだあ?
ボーボボボーボボとけったいな野郎だな?」
そんな風にしていると、忍者がますます眉間のしわを深めた。
落ち着け、僕よ。
この国の法律は知らないけど、多分、窓から侵入してきているあちらが不審者だから!
ラミンが己を奮い立たせるのと、階下からパタパタという足音が響いたのは、同時のことだったのである。
「――ラミンさん、失礼します!
ああ、やっぱり!」
スパン! という小気味良い音を立てて、この国に特有の扉――ふすまが開かれた。
そうして姿を現したミドリは、腰に手を当てながら見たことのない表情で叫んだのである。
「ロウガ君! いつも言ってるでしょ!
ちゃんと、玄関から入ってって!」
ギルドの制服とはまた違う魅力を秘めた鮮やかな緑の着物姿で、勝ち気に眉をひそめながら咎めるミドリさん。
そんな姿もまた素敵だと、ラミンはズレた感想を抱いたのである。
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昼食とは言ったものの、今朝炊いた米の余りと、同じく朝餉として客へ振る舞った長ネギの味噌汁にたくあんという簡素な代物。
それを折畳式のちゃぶ台に載せ、居住空間としている一階の一室で、三者囲み合う。
「すいません、ラミンさん。
こちらはロウガ君。
わたしと同じでスイキョウ先生という方に学んだ人で、今は魔物祓いの忍者をやっています。
ロウガ君、こちらはラミンさん。
セネクア王国でわたしが大変お世話になっていた方で、今日から当面の間、うちに泊まるから」
ミドリから見て、左右に分かれて対面する形となった男性二人へ、手短に紹介する。
「ど、どどどうも……じめまして。
ニウ……ラミンです」
それで、ラミンの方は大いにどもりながらかつ、蚊の鳴くような声で挨拶し……。
「ああ? なんだそりゃ?
聞いてねえぞ」
あぐらをかいて座ったロウガは、謎の敵意に満ちた視線をラミンへ送ったのだった。
「ロウガ君、ちゃんと挨拶して。
スイキョウ先生にも、挨拶は物事の基本だと教わったでしょう?」
「っち……。
ロウガです。こいつが言った通り、魔物祓いやってる忍者です。
おら、挨拶したぞ。
てか、こいつだってろくに声も出してねえじゃねえか?」
「ラミンさんは、そういうの苦手なの。
それでも、精一杯頑張ってくださってるんだから」
「んーだよ、それ。異人の肩持ちやがって。
……それで?」
ロウガが、ねめつけるような視線をラミンに向ける。
成長してからはあまり見せなくなったが、この忍者は小さな頃、よくこういった目つきとなっていた。
喧嘩を売る時の目つきだ。
「当面の間泊まるって、何日くらいだよ?」
「えと……その……。
……です」
ロウガの言葉に、ラミンがどうにか答えようとする。
が、やはり蚊の鳴くような声なので、ミドリは当然として鋭敏な感覚を誇るロウガにも聞き取れなかったようだ。
「いや、全然聞こえねえんだけどよお?」
ゆえに、お行儀悪く耳をほじりながら再度尋ねたロウガに対し、ラミンは意を決して答え直したのである。
「しょ、生涯宿泊する予定です!」
「んな……生涯だあ?」
これには、口をあんぐりと開けて驚くロウガであった。
まあ、これは普通の反応だろう。
「生涯ってなあ、つまり、居候するってことかあ?
つか、金は? 金はどうする?
まさかとは思うが、てめえ……ミドリにたかる気じゃねえだろうな?」
「ロウガ君、失礼なこと言わないの。
すでに前金で、十分なお代は頂いてるわ。
それに、この方は“戦神”ニウ・ラミンさん。
冒険者――こちらで言う魔物祓いね。
その冒険者としての最高位――Sランクに位置しているお方なんだから」
「はあ……えすランクねえ?
とても、強そうには見えねえけどよお」
ミドリの言葉を聞いて、うさん臭げな顔をするロウガ。
正直、その気持ちは分からないでもない。
「あの……こちらも質問なんですけど」
「あんだあ?」
ようやく喉の調子が出てきたのか、普通に聞こえる声で普通に話すラミンに対し、ロウガがあごをしゃくる。
さっきから無礼な態度の連続で、同じ門下のミドリとしては赤面ものだ。
後でスイキョウ先生に言いつけてやるんだから。
「あの、ロウガさん……は、どうしてこちらに来られてるんですか?
お師匠が同じというのは、聞きましたけど」
「何って……なあ?」
ラミンの質問に対し、ミドリの方を向くロウガだ。
代わりに説明しろということだろうか?
「……スイキョウ先生に頼まれて、食事の面倒を見ているんです。
なんでも、わたしがセネクアで働いている間、ろくなものを食べていなかったそうで」
軽く嘆息し、事情を説明した。
このロウガという青年忍者は、放っておくと屋台のそばやおでんだけで食事を済ませてしまうのである。
セネクア王都のギルドマスターが提唱した栄養学に基づけば、あまりに心許ない食事であった。
「んだよ、自分ばっかり面倒見てるような言い方しやがって。
先生は、俺を頻繁に寄越すことでお前が変な客とかに絡まれないよう、気を使ってるんだよ。
女一人で経営する宿なんて、危なっかしくて仕方ねえ」
それは、初耳。
そして、ありがたきは師の心遣いであった。
まあ、要するに自分たち弟子は、師に心配させてばかりということである。
「そういう事情が……。
でも、それなら安心ですね」
「あん? 安心って、何がだ?」
感心と安堵が入り混じった様子のラミンに対し、ロウガがいぶかしげな顔をした。
そんな忍者に対し、ラミンは笑顔でこう答えたのだ。
「これからは、僕がこの宿にずっと泊まっていますから。
何があろうと、ミドリさんのことは必ずお守りします」
「ほ、ほほう……」
一体、どういう感情の発露なのだろうか?
それとも、単にお預けされていてお腹が減った?
ロウガが、頬をひくひくさせる。
そのまま、幼馴染にして同門たる忍者はひくひくひくひくとしていたが……。
やがて、こんなことを言い放ったのだ。
「てめえ……面白いこと言いやがるじゃねえか?
そうまで言うなら、腕前を見せてもらわねえとなあ?」
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