ラミンの部屋と闖入者
“戦神”ニウをあろうことかヤク漬けにし出奔へ導いた悪女を討つべく、セネクア王都冒険者ギルドから相応の実力を持つヤベー刺客が放たれた一方その頃。
「ここが、お部屋です」
「へえ……!
調度品は、西洋風なんですね!」
刺客を放たれた当の本人は、のん気に部屋へ案内していた。
ラミンに無期契約で宿泊してもらうのは、宿屋『かめ吉』二階に六部屋存在する客室の一つ。
六畳に加え板の間一畳という造りは、この手の小宿なら一般的なものだ。
営業再開を機に取り替えた畳は、若々しいい草の香りを放っており、顔を上げればざらついた砂壁が目に入る。
ごくありきたりな客室において、目を引くのが西洋風の調度品――ベッドと文机であった。
まずは、ベッド。
西洋のそれに比べ低い高さでこしらえられているのは、和室の雰囲気に合わせたため。
こだわり抜いた唐木は格式高い黒色に輝いており、しかも、職人入魂の飾り彫りが施されていて芸術品めいている。
寝具としているのは通常の綿布団であったが、やはり一味違う西洋の空気が漂っていた。
そして、文机。
通常、ここヤーパンにおける机というものは、畳の上に座して使うものだが、こちらは違う。
やはり西洋風に、椅子と組み合わせて使う脚の長い品となっているのだ。
「今、お上は西洋諸国に追いつき追い越せとのことで、あちらの文化取り入れを推奨しています。
知り合いの職人がそれに賛同していて、試作した物を買い取らせて頂いたんですよ」
知り合いの仕事を褒められるのは、我がことのように嬉しいもの。
感心した風でいる“戦神”鎧のラミンに、ミドリは眼鏡を持ち上げながら答えた。
「でも、高そうな木材ですし、お金がかかったんじゃないですか?」
「あちらで使われているラルク貨幣は、ヤーパンで使われている円に対して為替が有利なんですよ。
それで稼いだお金を、調度品の仕入れなどに使いました。
こういう代替わりの時こそ、大きな改革を行う機会ですから」
きらり……と、眼鏡が輝いたのを感じる。
あちらの冒険者ギルドでは地味眼鏡呼ばわりされ散々な扱いだったが、その苦労は金子となってしっかり還元されたわけだ。
「へぇー。
でもそれだと、ミドリさんみたいに出稼ぎで来る人も多そうですけどね」
「お上の方針で、出国は大きく制限されています。
下手な人間を送って、問題になっては困りますから。
わたしの場合は、お世話になった先生の推薦があったからですね」
「そんな推薦を!?
優秀なんですね」
「たまたま、良い師に巡り会えただけです」
カチャリカチャリと、自分でも自覚するほど忙しなく眼鏡をいじるミドリであった。
渡航にあたっては「女などに」というヤーパン男特有の反対意見もあったし、いざ渡ったら地味眼鏡扱いだ。
正直、肯定の言葉に飢えていたところがあるのである。
「それで、お食事なんですけど……」
「はい! それが一番の楽しみなんです!」
獣人ならざるラミンであるし、しかも今は、面頬こそ上げているものの“戦神”の鎧姿だ。
にも関わらず、確かにブンブンと振られているしっぽを幻視して、ミドリは我知らず微笑んでしまった。
「うちの場合、この王都フソウを訪れた流れの宿泊客が主な相手なので、食事は夕飯と朝の提供となります。
ですので、お昼ご飯は用意しないんですけど……」
ちらり、とラミンの顔を見る。
ちなみに、彼が訪れたのは昨夜の宿泊客を見送った直後。
従って、もうすぐお昼時だ。
「そう……ですか」
――しゅん。
そんな音がしそうな勢いで、存在しないはずのしっぽが力を失った。
「ふふ。
そういうわけですから、わたし“たち”が食べるまかないのようなものになってしまいますが……。
それでよろしければ、ラミンさんの分もご用意しますよ?」
「本当ですか!?」
ぱあ……という音がしそうな勢いで、ラミンの顔が輝く。
幻のしっぽも上機嫌で左右に振られていた。
「もちろんです。
それではご用意しますので、旅の荷解きなどしておくつろぎください」
「はい!」
今度は、ビシリと気をつけの姿勢になるラミン。
そんな彼を見てまたくすりと笑い、ミドリは階下へ戻ったのである。
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「静かだ……。
それに、なんて綺麗な庭だろう。
どう見ても人工のものだっていうのに、自然なそれが凝縮されているように思える」
ブルーブデン鋼製の完全鎧を脱いで自立させ、窓から中庭の様子を眺めて漏れ出たラミンの第一声が、それであった。
それほどまでに、この『かめ吉』という宿屋に備わった中庭は美しい。
広さは……この部屋に使われているヤーパン独特の床“畳”が11枚並べられる程度だろうか?
なんという名前の木だろうか? トゲトゲしい葉を宿した低木が三本、隙間を開けて植えられている。
木と木の間には、さざなみのごとく小石が敷き詰められており、せっかく整えられた小石が乱れぬよう飛び石が置かれていた。
まるで、静寂という言葉を具現化したかのよう。
この小さな庭で命を宿しているのは、本来、低木とその根元に生えたいくらかのコケのみであるはずだ。
なのに静かで……そして、雄弁。
命なき石の一つ一つが、今にも躍動しそうな錯覚を感じるラミンであった。
セネクア王国の王都では、決して味わえぬ風情である。
あそこは、何もかもが忙しない。
そこに生きる全ての人が発展せよ、発展せよ、発展せよと唱え、それを叶えるために動き続けているかのようなのだ。
そして、最強と呼ばれるSランク冒険者――“戦神”ニウこそは、自分の意思もないままその先陣を切ってきた者なのであった。
今になれば、なんという――無様。
あそこに敷き詰められた石一つ一つの方が、よほど意思を有していそうだ。
でも、今は違う。
生まれて初めて自分の我を貫き、最も望むものへと辿り着いた。
あの素敵な女の子――ミドリさんが暮らす宿への、生涯滞在を。
そして、この後は、ミドリさんと昼食を共に……。
「……ん?
僕、ミドリさんと一緒にご飯を食べるのか?
それって……もしかして、デート!?」
ここでくわと目を見開くラミン青年である。
ところで、さっきから独り言がやかましいが、これは長年のぼっち生活で身に染み付いた彼の悲しい習性だった。
「そう……だよな。
いや、どこにも出かけてないから違う?
でも、女性と食事をするのはデートな気がする。
しかも、ミドリさんの手作りだ」
思い浮かぶのは、王都冒険者ギルドで彼女に用意してもらった食事の数々。
いずれも消化に優しく脂っこくなく……しみじみと、ありがたい料理であった。
それをまた食べられるだけでも望外の喜びなのに、彼女と差し向かいで!?
「ど、どうしようどうしようどうしよう」
ヤーパン形式に則り靴を脱いでいるのもあって、遠慮なく室内を転がり回る。
なるほど、この地で暮らす人々はこういう時に遠慮なく身悶えできるよう、靴を脱いで生活しているに違いなかった。
勘働きが鈍ったのは、そんな風にしていたからだろう。
「なんだあ、おめえ?
つか、誰だ?
まだ客を入れる時間じゃねえはずだが、ここで何してやがる?」
まさか、“戦神”ニウともあろう者が、声をかけられるまで気付かなかったとは。
だが、問題はそればかりではない。
第一は、声の主が二階にあるこの部屋の窓へ立っていること。
第二は、声を発したその人物が、あまりに特徴的な恰好……全身黒ずくめであることだった。
だが、ヤーパンの知識に疎いラミンでも、彼が何者であるのかを知っている。
そして、このように不意を打たれた状況でそれと出会ったならば、こう叫ばなければならないのだ。
すなわち……。
「アイエエエエエッ!?
ニンジャ!? ニンジャナンデ!?」
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