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“戦神”の事情

 両親が遺した宿屋『かめ吉』はこぢんまりとした宿屋で、中央部の小庭園を囲うようなロの字型をしている。

 一階部分は厨房や浴場、小宴会場といった宿屋として必要不可欠な施設にあてており、二階部分は六畳に板の間一畳ほどの広さを誇る客室が、計六室備わっていた。

 ミドリが“戦神”ニウ――いやさ、青年冒険者ラミンをひとまず通したのは、そんな小宿の一階に備わった居住部であった。


 何しろ小規模な宿なので、さほど広くはない。

 居間兼寝室と呼ぶべき六畳の部屋が、一室あるだけである。

 とはいえ、かつてこの宿で暮らしていたのは、ミドリを除けばその両親二人のみ。

 ここヤーパンの王都フソウにおいては、過不足なき広さであった。


 そんな必要十分の広さを備えているはずの部屋が、今日はやけに狭苦しい。

 原因など、考えるまでもない。

 折畳式のちゃぶ台を前に、ちょこんと正座している人物……。

 なれど、ブルーブデン鋼製の完全鎧姿なため、この小さな部屋の中で異様な存在感を放っている人物……。

 “戦神”ニウの異様な存在感によって、室内の空気が張り詰めているのだ。


「えっと、粗茶ですが……」


「わあ、この国だと、カップに取っ手がついてないんですね。

 それに、茶葉が発酵してない。すごく若々しい香りです」


 とりあえず茶を出すと、“戦神”ニウは手を合わせながらはしゃいだ声を漏らしてみせた。

 その声、説明臭い言葉遣い、間違いなくあのDランク青年冒険者――ラミンのものである。

 ただし、今は兜の面頬を下ろしているため、超いかめしいが。


「あの、差し支えなければ面頬を上げてはいかがでしょうか?

 単純にお茶が飲めませんし」


「あ、そうですね。すいません。

 “戦神”になってる時は、面頬を下ろすのが癖になってしまっていて」


 言いながら、カシャリという音と共に面頬が上げられた。

 そうすることで露わとなるのは、気弱さと根暗さが絶妙に調合された表情と深いクマによって、せっかくの美形顔が台無しとなっている青年。

 まごうことなく、ラミンである。


「……やっぱり、ラミンさんですね。

 あの、つまり、“戦神”ニウ様の正体は、ラミンさんだったということですか?」


「ええ、実はそうなんです。

 セネクア王国でも、一部の人しか知りませんけど」


「で、でもラミンさんはDランクだったはずじゃ?

 ギルド内で暮らしてた部屋は、Dランク用の住居ですよね?」


「ギルドマスターは、最上階のペントハウスを用意してくれてますけど……。

 あんな無闇に広くて金ピカな部屋、落ち着かなくて。

 僕、多少狭い空間の方が息をつけるんです」


 質問に対し、スラスラとよどみなく答えるラミン。

 会話というものをあれだけ苦手な彼が迷いなく答えられている時点で、嘘臭くはない。

 何より、態度と声色に真実の気配があった。

 やはり、“戦神”ニウの正体は彼なのだ。


「なるほど……。

 そうなると、わたしはあなたをなんと呼べばいいのでしょうか?

 ニウ様? ラミン様?」


「どちらでも。

 ニウがファーストネームで、ラミンがファミリーネームです」


「では、ラミン様」


「あう……」


「? どうなさいました?」


「いえ、その……こう……。

 そう! “様”です!

 今までさん付けだったんですから、様呼びする必要はないですよ」


「そうですか。

 では、ラミンさん」


「はい、なんでしょう!」


 何やら、急に打ちひしがれたり嬉しそうに返事したりするラミンへ、最も気になっていることを尋ねる。

 すなわち……。


「どうして、ここヤーパンへ?

 しかも、生涯宿泊したいなんて……」


「それは……なんといいますか」


 お茶碗を両手にしたまま、もじもじとするラミンだ。

 何しろ、露わとなっている顔以外は最強と名高い“戦神”の恰好なので、そんな仕草をされると脳がおかしくなりそうである。

 だが、やがて彼も意を決し、自分の事情を語り始めた。

 といっても、実にしょうもなく、それでいて切実な内容だったのだが……。


「……やっぱり、向こうの食事がつらくて」


「ああ……」


 思い浮かぶのは、肉、肉、肉、油、油、油なあちらの料理群。

 分厚く、それでいて血の滴るような肉塊を焼いて食べるというのは、真似こそしたくないものの、食材を活かした調理法としてまだ理解できる。

 何故、あちらの人々はああも揚げ物が好きなのか。


 ミドリとて、かき揚げそばなどは好むところなので、多少は分かる。

 だが、あちらの揚げ物料理は多少ではない。

 初めて、フィッシュアンドチップスの店に入った時……。

 大皿の上にこんもりとフライドポテトが盛り付けられ、さらにその上へ特大の白身魚フライが乗せられたナニカを持ってこられた時は、卒倒しそうになったものだ。

 しかも、卓上調味料こそ豊富であるものの、フライそのものはまったくのプレーンで下味も何もなく、塩すら振られていないのであった。


 万事が、そのような調子。

 で、あるから、ミドリと味覚的な趣向を同じくするラミンが耐えかねたというのは、分かりすぎるくらいに分かってしまうのである。


「本当に、あちらの食事はきつかったですもんね……」


「ええ、本当に……。

 僕が西の波動竜を倒せたのは、ひとえにミドリさんの料理で体調が整えられたからです」


 その言葉で、思い出す。

 半ば引きこもりのような生活をしていたラミンであったが、当然ながら冒険者活動のため不在にしている期間はあった。

 そしてそれは、“戦神”ニウが活動のため不在にしていた期間と――今思えばこれも当然――重なっているのだ。

 加えて、その気になればいつでも調べられただろうフルネームは、ニウ・ラミン。

 気付け、わたしよ。


「あの、それで……どうでしょう?」 


 ミドリが自戒している間、たまに茶をすすりつつも、ひたすらもじもじとしていたラミンが少しだけ身を乗り出してくる。


「どうって?」


「僕、宿泊できるでしょうか?

 期間は……生涯!」


 それでようやく、再会した彼が最初に言った言葉を思い出す。

 同時に、正座する彼の隣に置かれているずっしりとした金貨袋の存在も……。

 忘れていたのは宿の女将として失態だが、人間としてはほっとする。

 自分は、帳台をきしませるほど重い金貨袋の中身よりも、再会した友人の事情聴取にこそ意識を割ける人間なのだ。


 とはいえ、宿の女将となったことも事実だから、この問題を棚上げにはできない。

 というか、棚上げにした場合、彼はどこに泊まるのかという話になった。


 忘れてはいけない。

 彼はSランク冒険者――“戦神”ニウなのだ。

 しかも、世界最大最強を誇るセネクア王国王都冒険者ギルドで、その地位にまで上り詰めているのである。


 いわば――国賓。

 下手な宿になど預けられない。

 この『かめ吉』は下手な宿屋ではないのかという疑問符はつくが、そこはかの地における付き合いというものがあった。


 何より、友人が自分を頼ってくれているのである。

 ならば、可能な限り応えようではないか!


「分かりました。

 生涯は大げさですけど、ラミンさんが滞在したいと思う間だけ、無期限でお泊めします」


「そんな!

 出ていきたいと思うことなんて、あり得ないですよ!

 僕は大好きなんです!

 その……ミドリさん……の料理が!」


「ふふ、ありがとうございます」


 なんだか、半分愛の告白と化しているかのような言葉。

 それを受けて、悪い気にはならない。

 何より、彼の顔は必死そのもので、いかつい“戦神”の鎧を着てそんな風にしている姿は、どこか可愛らしいと思えたのだ。

 年下の娘が、年上の男性に抱く感想ではないけど。


「では、よろしくお願いします」


「はい!

 僕の方こそ、よろしくお願いします」


 やはり縁談でもしているみたいだと思いながら、互いに頭を下げ合う。

 かくして、極東の地にて一つの宿泊契約が成立した。

 一方その頃、世界最大を誇るセネクア王都冒険者ギルドでは、大騒ぎが起こっていたのである。


 お読み頂きありがとうございます。

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