直命
――タイラマツ・ケン!
その名を聞いて、ミドリに湧き起こったのは……。
(………………)
無!
圧倒的無であった!
これは、何も思うところがないというわけではない。
あまりに考えるべきことが多すぎた結果、処理能力の限界を迎えた脳が一切の思考を拒否したのである。
「将軍、というと、軍部の偉い人ということでしょうか?」
「おいおい、お前、そんなことも知らねえのかよ?
将軍様っつったらなあ……王様のことだよ。
……。
つか、将軍かよおおおおおっ!?」
思考を取り戻す呼び水となったのは、ラミンとアホの会話。
これを聞いていた師――スイキョウが、額に手を当てつつ溜め息も吐き出す。
そして、ミドリにこう命じたのである。
「ミドリ、説明して差し上げなさい」
「……あ、はい!
えっと、ラミンさん。
うちの国は特殊な政治形態を取っていて、国王陛下から将軍――こちらのタイラマツ様が軍事と政の全権を預かり、統治しています」
そこまで説明して、ちらりと将軍――タイラマツの顔をうかがう。
彼はおかしそうに微笑んだまま、おちょこから一口舐めていた。
ちなみに、ヤーパン人のくせにそこら辺を理解しきれていなかったロウガは、驚愕の表情とポーズで固まっている。
まあ、こちらにおわすのが国で一、二を争うほど偉い人だと理解しているだけでも、この忍者にしては上出来だろう。
「いまだ至らぬ身ではあるが、この重責を果たすために粉骨砕身している……と、あまりそう固くはならないでもらいたい。
おれとて、スイキョウ先生の弟子であり、お前たちとは同門ということになるのだ。
それにしても――」
そこまで言ったタイラマツがちらりと見たのは、ラミンの顔。
セネクア王国において“戦神”とうたわれしSランク冒険者は、相変わらずでかいクマの浮かんだ顔で気弱そうにしていたが、逆に言うならば、普段以上の萎縮は見られなかった。
「おれが正体を知ったところでも、こゆるぎともされぬな? あるいは、こゆるぎし続けているとも言えるが、ともかく、態度に変わりはない。
これは、我が国においては他に見られぬ反応よ。
察するに、西洋側において、おれ以上の貴人と会う機会多数であったかな?」
「あ、はい。
セネクア王都のギルドマスターがそもそも王族ですし、他にもタンドタイドの女帝とか、サンクリアの王様とか……。
別に慣れてるわけではないんですけど」
「ほおう?
恐るべき実力者であることは一見して察せられたが、相応の武勲を積み重ねてこられているとお見受けする」
そこまで言ったタイラマツが、ちらりとスイキョウの方を見た。
将軍の意図を汲んだ師が、またもミドリに説明を促す。
「ミドリ。
そろそろ、こちらの戦士殿が何者なのか、説明してもらえるかな?」
「はい。
こちらの方は、ニウ・ラミンさん。
セネクア王国の王都冒険者ギルドで、Sランク……こちらで言うなら、魔物祓いの“い”に位置されていたお方です」
「あんだあ?
だったら、俺と同格かよ?」
後頭部で手を組みながらロウガが言った言葉に、スイキョウ共々深く溜め息を吐き出す。
「……ロウガ君。
あなた、あれだけボロ負けしておいて」
「ロウガ、確かに君は我が国においては、最上位の魔物祓いへ名を連ねるようになりました。
しかし、井の中の蛙とは、まさにこのこと。
広い世界のなかにおいては、“い”に属する使い手であっても、そう大した存在ではないのです。
ミドリ、実際どうです?
あちらの王都冒険者ギルドで働いたあなたの目から見て、ロウガは向こうだとどの程度の扱いになりますか?」
「えっと、それは……」
師の言葉に、しばし言い淀む。
その答えは昼間、ラミンとの立ち会いを見て出していた。
が、戦闘者ならざるミドリが出した結論であるため、将軍も含めて全員が達人の域にある場で口に出すのは、はばかられたのだ。
「……Aランクの下位。
上澄みであることは間違いありませんが、Sランクに比べれば一枚か二枚は劣る立ち位置です」
だが、いつまでも黙っているわけにはいかず、口から吐き出す。
ラミンは特に異論なく黙っていたので、どうやら、ミドリの見積もりに間違いはないようであった。
「おいおい、そりゃあ、何かの間違いじゃねえかあ?」
……いや、実力を宣告された当の本人のみは、見苦しくこれを否定していたが。
「ロウガ、受け入れなさい。
こうして、戦っていない姿を見たところでも、そちらのラミン殿と君とでは仕上がりに大きな違いがあると分かります」
「左様。
正確には、そちらのラミン殿の実力は、あまりに我らと隔絶していて測りかねるのだ。
おれも随分と剣を振ってきたが、上には上がいるものよ」
「……ぐぬ」
だが、年長者にして超目上の二人から言われては、愚かな忍者も黙るしかない。
「さて、挨拶も済んだところで、本題と参ろうか」
ひと通りの紹介も済んだところで、またもつ煮を一口食べた将軍がそう宣言する。
事実上国のトップである人物が自分の手料理を食べていることに、クラクラしてしまうミドリだ。
スイキョウ先生が永き時を生きてきたエルフ魔術師であり、様々な階層の人物へ知恵を貸していることは、よく知っていた。
が、将軍にまでそれが及んでいたとは……。
いや、及んでいたのはともかくとして、その上でこんな小さな宿に連れてくるというのは、まったくもって想像の範囲外なのである。
「とはいえ、前置きとして話すべき部分は、すでに語らったな。
今、こちらの小僧を例にして分かった通り、我が国において最上位へ位置する使い手であっても、世界では二番手三番手のそれに過ぎぬ。
しかも、これは何も武人に限った話ではない。
農・工・商……いずれの分野においても、我がヤーパンは海外に大きく遅れを取っている」
「永きに渡った鎖国政策には、功罪いずれも存在します。
時を積み重ねた結果、その罪に当たる部分が大きく顕在化したと言えるでしょう」
将軍の言葉を、スイキョウが引き継ぐ。
二人の言葉には、うなずくしかないミドリである。
とにかく、海外は何をするにしてもスケールというものが違う。
一例として、海運。
向こうへ留学するのにも、こちらへ戻ってくるのにも、ミドリが使ったのはセネクアに属する帆船だ。
これは、そもそもヤーパン側の造船技術と航海技術が未熟に過ぎるため、あちら側の船でしか行き来できないからである。
これを見ただけでも、力の差は歴然。
そもそも、莫大な富を生む貿易の生殺与奪が完全に握られているのであった。
「今、その遅れを取り戻すべく、各分野で強力に西洋化を推し進めているのは知っていよう?
そもそも、お前のように海外への留学者を多数送り出しているのが、その一環よ」
「そして、送り出した側としては、あちらで得た知見を存分に還元して欲しいわけです」
「えーと……」
偉い人二人に対し、おずおずと手を上げるミドリである。
「報告書などは提出していますが、それでは――」
「――足りぬ」
「――足りませんね」
異口同音とは、まさにこのこと。
一縷の望みをかけた言葉は、あっさりと否定された。
「うう……」
「ミドリよ。
ヤーパンの将軍として命じる。
この宿を起点とし、我が国にも西洋流の冒険者ギルドを結成せよ。
案ずるな、金は出す」
怯むミドリに、将軍タイラマツ・ケンが無情な宣告を下す。
なお、我が国において将軍直々の命へ背くというのは、それすなわち死罪である。
「……拝命します」
故に、ミドリはそう言って頭を下げる他にないのであった。
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