腹割りのもつ煮
まるで、大地の恵みが濃縮されたかのような逸品。
温めなおした状態で供された小鉢を見て、ラミンはそのような感想を抱いた。
小鉢に盛り付けられているのは、もつ煮というミドリさんが独自に開発した料理である。
まず、一見して目に入るのは、当然ながらその色合い。
茶を主体としたその色は、セネクアのスープ料理では見られない特徴だ。
味噌という豆を発酵させた調味料が、汁に溶け込んだ結果であった。
正直な話をしてしまうと、この国で最初に出された食事――ネギを使った味噌の汁だ――を見た時、ラミンはこう思ったものである。
まるで、泥を溶かし込んだかのような色合いである、と。
これは、西洋側の出身者であるならば、誰もが抱くであろう感想だ。
それに嫌悪感を示さずにいられたのは、カレー料理を知っていたからであろう。
カレー料理とは、天才錬金術師にして王都冒険者ギルドのマスターであるベイブ・ルッチ・セネクア発明の調味料――カレー粉を使った料理群のこと。
例えば、鯖や鶏肉などへ小麦粉とカレー粉をまぶし、オーブンで焼き上げた料理は冒険者に大人気であった……例によって焼き上げる際、多量の油を使っていたが。
ともかく、ラミンはこの色合いに対する嫌悪感を克服している。
そして、それさえなければこの味噌という調味料は、なんとも滋味深い旨味に溢れた調味料であることを、ネギの汁により知っていた。
ただ、この色合いと、何より香りは……。
「お昼に頂いたネギの汁とは、少し異なるようですね」
これは、意識すらしていないラミンの癖。
考察結果をそのまま言葉にしたラミンへ、料理した本人であるミドリさんがうなずいてみせる。
「お味噌の種類が違うんです。
お味噌は、大別して赤と白の二種類がありまして、昼の味噌はわたしの好みにより白主体で少し赤を混ぜています。
対して、こちらに使っているのは赤味噌のみです。
これもわたしの好みですが、この方がもつの濃厚さに合うと感じたもので」
浅黄色の着物姿で、ちょこんと正座したミドリさんの姿もまた、かわいらしい。
ちょっと得意げに眼鏡をいじっているのも、愛らしさを加速させた。
「ご託はいいからよお。
さっさと食べようぜ。
飯ってなあ、それが全てだ」
「なんでロウガ君が偉そうなの?」
ロウガとミドリさんのやり取りを見て、スイキョウなるエルフと、中年の剣士がくっくと笑う。
一方、ラミンとしては、特に面白く思う要素がないのでむすりとするばかりだ。
「ふっふ……ロウガにしては、なかなか良いことをいいますね」
「いかにも。
まして、このような煮込み料理であるからには、熱々のうちに食べるのが華というものよ。
さっそくにも、頂こうではないか」
年配者二人に促され、一同が小鉢を持ち上げた。
そうして顔に近付けると、なお一層に濃厚な味噌の香りが鼻をつく。
それに加えて、汁へ溶けだしているのだろうもつ肉の濃厚な匂いも、だ。
これを臭いではなく匂いと称せるのは、きちんとした下ごしらえがされた上で、汁そのものにも臭い消しがほどこされているから。
ラミンの嗅覚が確かならば、細かく刻んだ生姜を加えているに違いない。
ヤーパン人たちに比べれば稚拙な動作ながらも、箸も使いつつ汁を味わう。
そうすると、自然に両目がカッと開かれた。
汁へ溶け出したあまりに濃密なもつ肉の旨味と脂の味わい……。
それが、慣れぬ接客(?)によって疲れていた心身へ活を入れたのだ。
そして、これがくどさを感じないのは、そもそも他の食材と煮込む前の下準備として、きっちり茹で上げているからであろう。
剣を使い魔物と戦う者ならば誰もが心得ていることであるが、そもそも、臓物というのは意外なくらいに脂肪のつくもの……。
あらかじめ別で茹でておくことで、むしろ過度な脂が抜け、一つの煮込み料理として丁度良いくらいに落ち着くのである。
それでもまだ濃密な味わいであり、これに力強く濃厚な赤味噌の味わいが加わることで、汁だけでも驚くほどの鮮烈さが生み出されているのであった。
ラミンにはあまりピンとこない感覚であったが、ここヤーパンを含む一部民族は味の濃い料理を少量頬張り、白い米を一気に味わう風習がある。
それに倣うならば、この汁だけでいくらでも白い飯が味わえるということになるだろう。
だが、これはあくまで煮込み料理であって、スープではない。
当然ながら、真に味わうべきは具材であった。
まずは――小腸。
コリコリとしたこの食感は、他の部位には生み出せない独自の面白さである。
しかも、噛んでいけば噛んでいくほどに、奥深い肉の旨味が味噌の味と共に感じられるのだから、食いでも抜群であった。
そして――大腸。
本来ならかなり濃密な脂が存在する部位であるが、先に述べた通り徹底した下処理によって、これはごく適度な範囲内へ収まっている。
その上で味わってみると、本来ならば獣脂というものを苦手とするラミンにも心地よい脂の甘さだ。
しかも、これは……脂の中に旨味が感じられた。
言ってしまえばこれは、引き算の料理。
セネクアの人間であるならば、水煮してしまうことでせっかくの脂を抜いてしまうのはもったいないと感じるかもしれない。
しかしながら、この料理はあえてそうすることで、ただ焼いたりしただけでは味わえぬ奥のところにあった味わいを引き出すことへ成功しているのである。
そして、その引き出された味わいを汁ごと吸っている根菜類も忘れてはならない。
ごぼうは香ばしく、人参も彩りの役割を果たしつつ甘くて偉いが、やはり、白眉なのがカブとよく似ている根菜だろう。
「ミドリさん。
これは、なんというお野菜でしょうか?」
「大根ですね。
西洋の方では見られない根菜で、カブを太く長くしたような形をしています」
「大根……これ、すごく美味しいです。
お肉より好きかもしれない」
箸で突き刺した大根なる野菜を、まじまじと見つめた。
やや大ぶりに切られたこの根菜の、なんと味わい深いことか。
たっぷりと汁を吸ったことにより、もつや味噌の旨味を吸っているというのは、もちろんある。
しかしながら、それを最後にまとめ上げているのが、この大根という野菜に元来備わっている甘みであり、口の中でほろりと崩れる繊維。
当然だが、形状形態によって感じる味わいというものは異なるものだ。
この大根に備わったたっぷりの繊維へ吸収されることで、もつ煮の汁は、ただそれを飲み込んだだけの場合よりもくっきりと……それでいて、長く余韻を持って感じられるのである。
「美味しい……ただ、その感想しかありません」
「うむ。
おれもこの料理は初めて味わったが、いや、実に旨い。
酒に合うのももちろんであるが、飯にぶっかけて食いたくなるな」
「よろしければ、ご飯も用意いたしましょうか?」
ラミンと同じく、満足そうに息を吐き出した中年剣士へミドリさんが尋ねた。
が、これは首を横に振って固辞される。
「ありがたいが、まずはおれが話を聞いてもらってからにしよう。
せっかく、こうして余人がいない状態なのだから、な」
彼が言った通り、現在ここ『かめ吉』の宴会場にいるのは、ラミン、ミドリさん、ロウガ、スイキョウとこの中年剣士の五人のみだ。
今は兜を畳に置いているラミンのせいで、酔客たちが退散してしまった結果であった。
他に、二階にも泊り客たちがいるが、気配をうかがうに酒を堪能しているようである。
「ふむ」
――コト。
……という音を立てながら、中年剣士がおちょこなる容器を膳に置く。
ただそれだけの動作が、こうも印象深いのは、あえてそのように振る舞っているから。
他者へ命令することに慣れている者特有の行動だ。
そして、ラミンの洞察は続く言葉で裏付けられたのである。
「このように美味な臓物料理を味わったのだ。
腹を割るのには、相応しい状況だな。
……おれの名は、ケン。
タイラマツ・ケンといえば聞き覚えもあろう?
このヤーパンにて、将軍をやらせてもらっているものよ」
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