“戦神”かくも接客せり
「な、なんだこの異様な格好は……!」
「こ、こええ……ただひたすらに……コワイ!」
「アイエエエ……」
酔いも一気に覚め、三下と化して恐れおののく酔客たち……。
そんな彼らを、蒼き鉄仮面の奥から爛々と輝く眼差しが射抜いた。
“戦神”の眼はタクティクス!
例えば相対する敵の弱点など……その場その時において、最適な箇所を一瞬で見抜く。
今、この宴会場においてそれは――乾いた杯!
「まずは一献、注ぎましょう」
「アイエエ……」
目にも止まらぬ速さとは、まさにこのこと。
瞬間移動じみた速度で動いたラミンが、ある酔客の眼前へひざまずく。
それから、姫君の手へキスするかのように優雅な動きでとっくりを手に取り、彼のおちょこへ酒を注いだ。
そして、一言。
「どうですか? 役に立っていますか?」
想像もしてみてほしい。
自分より頭二つか三つは背の高い巨人が、見かけによらぬ超人的な敏捷さを見せつけて眼前に接近し、特に許可を取ることもなく酒を注いでくる……。
しかも、頭には仮面付きの仰々しい兜を装着しており、表情の一切がうかがえないのだ。
恐怖!
これはもう、ただひたすらに恐怖である!
「アイエエエ……」
故に、この酔っ払いが「アイエエ」以外のあらゆる言語を失ってしまったのは、決して責められることではないだろう。
むしろ、ただちに失禁しないだけ胆力が備わっているというべきであった。
「お、おい。
なんかやべえぞ……」
「ああ、そろそろけえるか……」
「――お勘定ですか!」
「「――ひ、ひい⁉」」
“戦神”イヤーは地獄耳! いかなる小声も聞き漏らさない!
いつの間にか伝票と品書きを手にしたラミンが、腰を浮かしかけていた客たちの前へと回り込む!
その早技ときたら、いまだ「アイエエ」と呟いている酔客の前に、酌をしているラミンの残像が残っているほどだ。
「とっくり11本に、もつ煮一杯ずつ、たくあん二皿で――30銭ですね」
そして、“戦神”ブレインは常に明晰!
この程度の足し算など、朝飯――正確には食べずに来た夕餉の前だが――前なのだ!
ともかく、そのような具合で……。
頭部のみ“戦神”モードのラミンがフルパワーを発揮し、縦横無尽な接客の限りを尽くす。
結果、ロウガのように分身の術を使っているわけではないというのに、超スピードの残像がそこら中に生み出される事態となっていた。
ただの残像ではない。
頭部のみ超いかついフルフェイスヘルムを被った長身痩躯の残像が、だ。
これは……これはもはや、お化け屋敷!
「アイエエ……!」
「なんだこの店⁉ やべえぞ!」
「お助けぇ!」
『かめ吉』へ久方ぶりの繁盛をもたらしていた客たちが、あまりのヤバさにビビりながら逃げ去ろうとする。
「――お勘定ですね!」
「「「「「ひ、ひい⁉」」」」」
しかし、それはかなわない!
「ビッ!」という音と共に超スピードで回り込んだラミンが、彼らの行く手を遮ったからだ。
そう――勇者からは逃げられない!
「では、順番にお会計します」
「ひいい……」
ごっつい鉄仮面姿のラミンに告げられ、酔っ払いたちが人生の清算を覚悟していた一方……。
「あんだあ?」
「何か騒がし――ラミンさん⁉」
酒やつまみの準備でほんのひと時宴会場を離れていたロウガとミドリも、ようやく異変に気付く。
そう、恐ろしいのは、これだけの災厄を振りまくのに要した時間が、ほんの百数えるのにも満たない間だったということ。
これこそが、“戦神”ニウ・ラミン。
世界最大規模を誇るセネクア王都冒険者ギルドにおいて、最強をうたわれたSランク冒険者の実力なのだ――まったく褒められたことではないが!
「おいおいおい、お客さんが帰っちまいそうになってるじゃねえか」
「ラミンさん、これは一体……。
というか、どうして兜だけ?」
「これは、ミドリさんが大変そうにしていたので、手助けしようと。
兜を付けてるのは、これ被ってると少しは人見知りがマシになるからで……」
「「「「お助けえ!」」」」
カオス!
まさに、圧倒的カオスと呼ぶべき状況である。
一体、何がどうしてこんなことになっているのか?
誰か、この状況をピシリとまとめてくれる救い主は現れないものか?
この場にいた誰もがそんなことを思った時、まさに、その救い主は姿を現したのであった。
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「こんばんは。
ミドリ、友を連れて久しぶりに顔を見に来ましたよ。
……と、これはおやおや。
なかなかに混沌とした有様のようですね」
「ふむ。
しかし、この混乱ぶりこそが、新しい時代の到来を表しているとも取れますぞ」
いや、正確には、救い主たちと呼ぶべきか。
一人は、白金の髪を腰まで真っ直ぐに伸ばしたエルフ美男子。
肩には純白の雀を二羽ばかり遊ばせているが、これは術者が用いる使い魔と見て相違ない。
また、全身から漂う魔力は静かなれど巨大なものであり、生半可な魔術師ではないとうかがえた。
ここヤーパンの王都フソウにおいて、彼の顔を知らずとも名まで知らぬのは、モグリという他にない。
「「スイキョウ先生?」」
まして、ミドリとロウガは直接の弟子であるため、迷わず彼の名を呼んだ。
「……と、そちらは?」
が、師が友と呼んだ人物についてはとんと心当たりがないため、眼鏡をかけ直しながら尋ねるミドリである。
「なに、とある武家の三男坊だ。
お前たちがそうであるように、おれも若かりし頃から、スイキョウ先生に助けられている身の上でな」
中年のお侍様が、そう言って魅力的な笑みを浮かべてみせた。
なるほど、木綿の着物に色落ちした袴という姿は、名乗った立場に相応しい質素さ。
しかしながら、その男っぷりは見事なもので、これまでミドリが見てきた武士たちとは一線を画したものが感じられる。
武家から、忍者に至るまで。
農民から、商人に至るまで。
ヤーパンにそのエルフありと言われし賢人スイキョウの人脈というものは、誠に広く奥深い。
この中年侍は、そんな人脈の中でもとびきりに位置する人物だろうと、ミドリは直感した。
「ふうむ……。
風体を見たところ、お主が噂に聞く異国の冒険者か。
察するに、そこの娘御が忙しそうにしているのを見かねて、手伝ったというところかな?」
「えっと……はい」
その証拠に、状況を一見して何もかも察し、相手を落ち着かせる穏やかな声でラミンから聞き出したのである。
「なるほど……。
しかし、異国の戦士よ。
この国においては、そのように物々しい鉄仮面を装着し客へ接するという作法はない。
そもそも、ミドリ自身に頼まれた上でのことかな?
あまりこういうことを言うものではないが、求められぬお節介というのは、時に何もせぬよりも迷惑をかけるものよ」
お侍様の言葉を引き継いだのは、スイキョウ先生。
さすがは、先生というしかない。
「……はい」
その言葉は静かに身へと染み入るもので、“戦神”の兜を装着したラミンは、しゅんとうなだれたのであった。
とはいえ、元はといえば、ミドリがてんてこまいとなっていたのが原因。
心優しいラミンは、接客などやったこともないだろうに、見るに見かねて手助けしようとしたのだ。
ならば、ミドリがすべきことは一つ。
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“戦神”の兜は、面頬を下ろしてしまうと――当然ながら――視界がひどく悪い。
ごく狭いスリット越しに見える世界が、全てとなるのだ。
とはいえ、普段はそれに落ち着きすら覚えるラミンであり、そのことに不便を感じたことはない。
ああ、だが、しかし……。
この日この時ばかりは、生の顔でいなかったことを後悔したものだ。
「スイキョウ先生の言う通りです。
ラミンさんは大事なお客様なんですから、ゆっくりとなさっていてください」
頬をぷくりと膨らませ、腰に手を当てながら精一杯に背伸びし、こちらの顔を見上げてくる着物姿のミドリさんは……そう!
反則的にかわいいと、迷惑をかけた分際でそう思えたのである。
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