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最強勇者様、勇気を出す。

 前回までのあらすじ:この勇者様が俺Tueeeくせに陰キャ過ぎる。




--




 階段の影に隠れたラミンが発する陰の気に胞子が引き寄せられ、ジメジメとキノコが生み出されている一方……。


「女将ちゃん、こう……七味とかはないかね?」


「はい! ただいまお持ちします!」


「女将ちゃん、キセルに火ぃつけても大丈夫かな?」


「他のお客様のご迷惑とならない範囲でお願いします!」


 この大繁盛を一人で切り盛りするミドリは、いよいよ限界に近付いているのが分かった。

 思い出されるのは、ラミンが対軍用の奥の手を生み出す契機となったテルーモピュラー防衛戦。

 あの時、味方として参じてくれたのは、レイニダス爵が率いる三百騎のみ。

 対して、攻め寄せたアンデッドの軍勢は百万にも及んだのだから、まさに絶望的な戦いであった。


 一体、いつまで戦い続ければ終わるのか……。

 敵を一つ滅するのと同時に、新しく二つの敵が生み出されているのではないか?

 どうしようもないほどの消耗戦は、心を削ったものである。


 今、ミドリが置かれているのは、それに近しい状況。

 そんな彼女を救う特効薬足り得るのは、たった一人でもいい……手助けする人間だ。


 だから、今こそラミンが勇気を出す時。

 何も、接客をする必要はないのである。

 燗や盛り付け、皿洗いをするだけでも、絶対に助かるんだから!


 なのに……動けない。

 ミドリに向けて「手助けします!」と叫ぶべきなのに、喉はカラカラとなって枯れ果て、足はガクガクとして言うことを聞かなかった。

 最強の“戦神”も、酔っ払ったヤーパンのおじさんたちを前にしては無力なのである。


「あんだあ? こんなところでキノコ生やしやがって」


 そんなラミンに対し、背後から声がかけられた。

 ラミンほどの使い手が気づかなかったのは、全身からなんか斑点模様のキノコが生え出していたというのもあるが、声の主が隠形に秀でた使い手だからというのもあるだろう。

 ずばり――忍者。

 昼間ぶっ飛ばしてすっかり存在を忘れていたロウガが、ヤーパン風のローブ姿となって再び現れたのである。


「ロウガさん……どうして?」


「おめえにぶっ飛ばされて、全身土だらけだったからよ。

 ここの風呂と浴衣をちょいと借りてたんだ。

 んで、飯でも食わせてもらおうと思ったら、この騒ぎでよ。

 ……このキノコ、どっから生えてきやがったんだあ?」


 ぶちりぶちりと、謎のキノコを引っこ抜きながら解説するロウガだ。

 まるで……自分の家。

 幼馴染かつ同門という気安さはあるだろうが、それにしても、ロウガの行動にはささくれ立つものを感じざるを得ないラミンであった。


「ああ、つっても勘違いすんじゃねえぞ?

 あれは……そう! ちょいと油断しただけだ!

 次やったなら、ぜってー負けねえ!

 ……んで、ミドリのやつは取り込み中ってか、えらいことになってやがんな?」


 抜き終えたキノコをその辺に放り投げたロウガが、階段の影から宴会場を覗き込む。

 そこでは、こうしている間にもミドリの孤軍奮闘が続いていたのだ。


「ははあ?

 それで、お前の飯も後回しになってるってわけだ?」


「え? いや、僕はその……」


 そんなことはない。

 ミドリさんは世話ができないことを詫びながら、実に美味しそうな煮込み料理主体の膳を用意してくれたのだ。

 が、そんなに忙しいとあっては居ても立っても居られず、食事を後回しとし……ここでウジウジしていたのである。

 その事実を伝えられず、ラミンがどもっている一方。


「しょうがねえ!

 おめえは部屋で待ってな!

 ちいっと、捌いてくっからよ!」


「え?」


 ロウガは勢いよく己の尻を叩き、立ち上がったのである。

 いや、そればかりではない……。


「ようようよう、ミドリ!

 随分と繁盛してるじゃねえか!

 この宿がこんなに賑わうなんざ、いつぶりだあ?」


 浴衣とやらの袖をまくると、この国流の下着が見えそうなほど大股でズカズカと歩き、宴会場の中へ乱入していったのだ。


「ちょっと、ロウガ君! どうしたの!?

 その格好を見ると、またうちのお風呂勝手に使ったわね!?」


「しょうがねえだろうが!

 ちいっとばかり油断してたせいで、体中泥だらけだったんだからよ!

 それより、風呂の代わりに手伝うぜ!」


 ミドリさんと素早くやり取りしたロウガが、宴会場をぐるりと見回す。

 すると、さほど広くもない宴会場で騒いでいた客たちは、大盛り上がりとなったのである。


「おお、あんちゃんがロウガか!」


「あの……!」


「「異人さんに負けたっていう!」」


 酔っ払いたちが酒臭い息を合わせ、ロウガにそう言い放つ。

 すると、いかにも喧嘩っ早そうな忍者は、意外にも余裕の笑みを見せたのだ。


「おうおう、今回は華を持たせただけさ!

 次やった時は、必ず俺が勝つからよ!

 それよりあんた、酒飲みのくせして杯が乾いてやがるぜ!

 おら、好みの燗具合を教えてみな!」


「おおう、じゃあぬるにしてくんな!」


 負け惜しみも交えつつさらりと受け流し、さらなる追加注文を促すロウガ。

 忍者の華麗なる接客は、それだけに留まらない。


「ロウガ君! 燗するついでに、溜まっている洗い物も片付けていって!」


「あいよ!

 ……と、ほらほら、聞いたろ? 洗い物するって。

 空いてる皿は下げさせてもらうぜい」


 ミドリさんの頼みを引き受けつつも、酔客たちの膳から邪魔な皿を下げていったのだ。

 なんという鮮やかな手並み。

 そして、ミドリさんとの息の合い方だろうか。

 まるで、何度も冒険を共にし、パーティーと呼ばれるようになった間柄のようである。

 だが、『かめ吉』に集った酔漢たちの抱いた感想は、ラミンと異なるものであった。


「お、負けちまった忍者のあんちゃん、いい感じだねー」


「負けちまった忍者のあんちゃん、女将ちゃんとできてんのかあ?」


 “戦神”の鋭い聴覚が、彼らの言葉を余さず拾い……。

 それに、ラミンの心臓はドクンと鳴り響く。


「誰が負けちまった忍者だ! 誰が!」


 ロウガはむくれながら答えているが、それどころではない。


(僕も……)


 ラミンの心に湧き上がった衝動は、ただ一つ。


(僕も、負けてはいられない……)


 このことであった。

 男児たるならば、絶対に退いてはならない瞬間というものがあるし、それは直感的に悟るものだ。

 ニウ・ラミンにとっては、これまで経験してきたいかなる戦いよりも困難で、それでいて、絶対に退いてはならない場面が今なのである。


(もし、ここで何もしなかったら、僕は多分、ミドリさんと二度と向かい合えない!)


 故に決心した。

 だが、問題がないわけではない。


(かといって、酔っ払ったヤーパンのおじさんたちが怖くないわけじゃない……!)


 別段、ビビりが克服されたわけではないことである。

 しかしながら、この時、ラミンの脳裏には、幾度も冒険を共にしたベストパートナーの姿が浮かび上がっていたのだ。


(そうだ……! こういう時は……!)




--




 それまで、わいわいざわざわと騒がしかった小宿の宴会場が急激に静まり返ったのは、新たに姿を現したその人物が、あまりに異様な風体であったから……。

 何が異様なのか?

 ずばり、その格好である。

 袴をさらに絞ったような下半身の装いが特徴的な装束は、西洋由来のものとみて間違いない。

 また、ヤーパン男よりも頭二つか三つは高い長身も、印象的であった。

 だが、何より問題なのは、その長身で最も高い位置に収まっているもの……。


 素材は、何らかの強大な魔力が秘められているのだろう蒼き鋼……。

 黄金の装飾が見事で、両のこめかみ部から生えている真紅の角は、雄牛もさながらという勇壮さである。

 その上で、顔面部は蒼き鉄仮面が下ろされているのだから、これは……このド迫力は……!


「「「コワイ!」」」


「ドーモ、ヤーパンの皆さん。はじめまして。

 “戦神”ニウです。

 僕も宴会のお手伝いをします」


 兜だけ大急ぎで装着してきたラミンは、やや固い口調でお辞儀したのである。

 お読み頂きありがとうございます。

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