『かめ吉』大繁盛
幼い頃から抱いてきた夢というものは、誰もが持ち合わせているものだろう。
それも、一つや二つではない。
成長する過程において、願いとは多少形を変えつつも、次々と増えていくものだ。
ミドリにとっても、それは同じ。
いや、スイキョウ先生に師事して普通の人間より様々な知識を得ている分、より多いと考えていいだろう。
ミドリが自分を幸福であると思うのは、その中で、最も叶えがたいと思っていた願いが、思いもかけず容易に実現したことだ。
すなわち、大国セネクアへの留学。
王都冒険者ギルドでは地味眼鏡呼ばわりされ、ぞんざいな扱いを受けたが、それはそれとして、有益な学びも数多かった。
国外どころか、生まれ育った地を離れることすらなく一生を終える者が大半であることを思えば、まさに望外の幸運である。
そしてこの晩……やはり思いがけぬ唐突さで、ミドリが長年抱いていた夢が叶うこととなっていた。
これすなわち、『かめ吉』の繁盛。
それも、ちょっとやそっとの繁盛ではない。
二階に六つ存在する部屋は、ラミンが半永久滞在することになったそれも含めて満室。
加えて、一階の小規模な宴会場にまで人々が押し寄せるほどの大繁盛である。
何故、かかる状況となったのか?
「それで、噂の異人さんはどちらにおられるんだい?」
「聞いた話じゃ、身の丈八尺はあろうかという大男だとか」
「その上、青一色の服に身を包んだ筋肉男なんだろう?」
「ああ、忍者の足首ひっ捕まえて、叩きつけたんだとか」
「ヒュー……!
超絶な技だねえ!」
……それは、押し寄せた酔客たちの会話を聞けば、おのずと想像がつくであろう。
そう、ロウガとラミンの立ち会いに関する噂話は、風のごとき速さで市中に広まっていた。
それを耳にした物好きどもが押し寄せ、また、結果生まれた賑わいを宿の人気と見た旅人たちが目ざとく宿泊し、この有様に至ったのだ。
難点があるとすれば、それは二つ。
一つは、噂話の常としておかしな方向に事実を歪められていること。
そしてもう一つは、対応すべき従業員がミドリただ一人ということである。
「女将ちゃん! こっちに燗を一つ追加してくんな!」
「承知しました!」
「こっちは、たくあんもう一皿くれい!」
「はい! ただいま!」
このような具合で、ミドリはせわしなく客たちの注文に応えていたのであった。
それにしても驚異的なのは、通常ならば一人では回しきれないだろう数の客を、どうにか捌き続けていること。
これは、ミドリの工夫と実力によって生まれた拮抗だ。
まず工夫の一つ目は、ラミン含む二階の宿泊客たちには、事前に夕餉の膳を提供し、後は自由に楽しんでもらっていること。
その際、今日は世話をするだけの余裕がない詫びとして、とっくり五本ばかりをサービスしたのは、気が利いていたといえるだろう。
ヤーパンで旅をするような男というのは、おおよそ、酒好きであると見て間違いないのだ。
工夫の二つ目は、ミドリが独自に考案した『かめ吉』の看板料理である。
その名も、ずばり……。
「にしても、このもつ煮ってえのは、うめえもんだなあ。
おりゃあよ。豚の腸ってやつがこんなにも美味いもんだってのを、初めて知ったよ」
「おお、そりゃあ驚いた。
お前さん、もつを食えるもんだと思ってたのかい?
おれは、まず食い物になってるってのが驚きだね」
……もつ煮。
この料理こそ、王都冒険者ギルドで学んだ大陸側の調理技術を礎に、この地この宿にそぐうよう考案した料理なのであった。
提供する側であるミドリにありがたいのは、一度火を入れて温めておけば、あとはさっとよそって客に出すだけだという点。
提供の簡易さに、最後の要素……実力が加わることで、にわかな大繁盛をどうにか捌いているのである。
「女将ちゃん! こっちは――」
「――はい、人肌の燗でよろしいですか?」
「おう、それそれ!」
「じゃあ、おれっちの好みは覚えてっかい?」
「もちろんです。
チンチンの熱燗ですね?」
「おお、いいねえ」
賑わう中でも、客の好みを瞬時に把握しているミドリの接客に、酔漢たちは笑みを漏らす。
ヤーパンの酒飲みというのは、酒の温度にうるさいもの。
それを把握してもらうというのは、我が事を理解してもらったということなのだ。
これこそ繁盛状態を維持する最後のピース――実力。
王都冒険者ギルドの同僚らは、体格差などからミドリの見た目を蔑視し、必要以上に能力も低く見積もっていた。
だが、彼女らが言うところの地味眼鏡も、伊達に世界最大最高峰の冒険者ギルドで働いてはいなかったということだ。
それにしても、酔客らとの小気味良いやり取りは――楽しい。
繁盛ぶりとミドリの処理能力とで均衡が崩れる寸前のところまでいっているが、これは商売をする側にとって、まさしく本懐なのであった。
しかも、力作であるもつ煮が大いに受けている。
「いやあ、にしても、こいつぁ染みるねえ。
今時分、体を芯から温めてくれるのは、ありがてえぜ」
「このもつの噛み応えよ。
くにくにとしていて、餅なんかともまた違う!
この食感が面白え」
「それに、脂が乗ってやがる。
とろっと舌の上で溶けていくんだな」
「おう、魚の脂たあまた違う味わいだな。
それが、赤味噌の濃厚さとよく合ってやがるぜ」
……このような、具合。
そもそも、肉食というものが一般的ではなかったここヤーパンにおいて、畜産業はまだ拡充中の分野であり、肉は基本的に――高い。
その中で例外であったのが、ヤーパン人は活用法を知らぬ臓物の類であった。
大陸でその処理法などを学んでいたミドリはそこに目をつけ、スイキョウ先生経由で解体人たち――ヤクザの下部組織である――に接触。
他部位も含めて臭みの出ない処理方法や調理法を伝え、対価として格安で腸類を仕入れているのである。
かくして、新しい時代に相応しく、かつ、ヤーパン人の味覚に合う『かめ吉』の新料理――もつ煮が生まれたのだ。
とはいえ、良い物を作れば売れるなどというのは、単なる幻想。
小宿に過ぎず再開後間もない『かめ吉』では、ちらほらと訪れる宿泊客にこれを堪能してもらい、その口コミでもって徐々に名を知らしめようとしている段階だった。
それが、ロウガとラミンの立ち会いにより過程を飛ばし、一気にこの状態へと至ったのである。
幸いだったのは、『かめ吉』の宿泊客数に対しては過剰ともいえる量のもつ煮を、常に仕込んでいたこと。
これは、余ったもつ煮を運搬役の小僧に渡し、代金の値引きをしてもらっていたためである。
従って、これだけ大勢の客が押しかけてきても、十分に行き渡る量のもつ煮が用意できていたのだ。
また、一人であらかじめ大量に調理しておける点は、発案者であるミドリ自身気づいていなかった利点と言えよう。
「女将ちゃん! もつ煮おかわり!」
「はい! 少々お待ちください!」
「こっちもおかわり!」
「かしこまりました!」
それにしても、これは――忙しい。
スイキョウ先生から頂いた眼鏡が、上がった体温で曇りそうなほどだ。
ああ、誰か手伝いがいたならば……。
伝手を頼って、働き手を雇うことはできるだろうか?
どのように食器を下げ、どこから配膳するかを目まぐるしく考えながらも、頭の片隅で検討するミドリなのであった。
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さて、賢明なる読者ならばお気付きであろう。
ここは本作におけるヒーロー役であり、スパダリ枠であるラミンがさっそうと駆けつけ、ミドリを手伝う場面であると。
そして、酔っ払ったおっさんたちから「まるで夫婦だ」とからかわれる場面なのだ。
では、ミドリが忙しくしている中、肝心の彼はどうしていたのか?
「行け……行くんだラミン……!
ミドリさんを手伝うんだ……!
ああでも、知らない酔っ払いのおじさんたち怖い……!」
……ドラゴンも恐れぬ最強勇者様は、酔っ払いたちにビビり散らして階段から様子を窺うに留まっていた。
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