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称賛と嘲笑の狭間で

 長机の一角に座ったアキトたちは、

 それぞれの料理に手を伸ばしながら談笑を始めた。

 メイラはパンをちぎっては口に放り込み、

 ガルドは骨付き肉を豪快に噛みちぎる。

 シオンは相変わらず冷静にスープを口に運びつつ、知識を語り始めた。


 「――つまりだな、この学園では単に魔法や剣を学ぶだけじゃない。

  座学も、こうして食堂でのやり取りも“修行”の一環なんだ」

 「食堂でまで修行って……お堅いなぁ」


 メイラが頬をふくらませ、ガルドが笑いながら肩を叩く。


 「だがよ、そういうのが案外バカにできねぇんだ。

  俺はお前らと組めて正解だぜ」


 唐突に告げられた言葉に、アキトは少し驚いてガルドを見た。

 豪快で直情的だが、こういう時のガルドは妙に真っ直ぐだ。


 「……俺も、みんなと一緒にいて悪くないって思うよ」


 口にしたその言葉は、自分でも驚くほど自然で、温かかった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 一方そのやり取りを少し離れた席から眺めている影があった。

 ルナだ。

 彼女は小さくパンをかじりながら、

 何も言わずアキトの様子を見つめていた。

 ――笑い合う仲間たちの中で、まだ完全には溶け込めていないアキト。

 けれど、そこに確かな絆の芽が生まれつつあることを、

 ルナだけは敏感に察していた。


 (……意外と早いわね。彼が孤立せずに馴染むなんて)


 ルナの赤い瞳に、一瞬だけ揺らぎが走る。

 だがすぐに表情を整え、視線をそらした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「なぁアキト! 午後の実技授業、今度こそ俺たちでトップ取ろうぜ!」


 ガルドが意気込むと、アキトは苦笑して応じる。


 「おいおい、俺は昨日みたいにコケるかもしれないぞ」

 「その時は俺が引っ張ってやる!」


 そのやり取りに、メイラとシオンも笑い声を重ねた。

 食堂のざわめきの中、彼らの席には小さな輪が確かにできていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 昼食を終えたアキトたちは、ざわめく食堂をあとにして訓練場へと向かった。

 外の陽光は高く、砂地の広場を照らし出している。

 先ほど窓から見たとき以上に広大で、まるで闘技場のような迫力だった。


 円形に区切られた複数の訓練区画が並び、

 各区画ごとに簡易結界が張られている。

 すでに多くの生徒が剣を構えたり、

 魔法の詠唱を試したりと準備に余念がない。


 「おお……やっぱりデカいな」


 ガルドが思わず声を漏らす。


 「これだけ広ければ、全力を出しても問題なさそうだ」

 「ふむ、結界は高位魔導師の手によるものか。強度は相当だな」


 シオンが目を細め、淡々と観察している。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 やがて、教師のセイジが姿を現した。

 鋭い眼差しと落ち着いた口調で、場を一瞬にして引き締める。


 「よし、午後は実技だ。午前の座学で学んだ“魔力と技の理”――

  それを実際にどう使うか、身をもって体験してもらう」


 セイジの声が訓練場に響き渡り、

 生徒たちが一斉に緊張した面持ちを見せる。


 「各自、班ごとに指定区画へ。まずは基礎の動作確認から始める。

  剣士は素振りと模擬戦、魔導師は初級術式の発動確認だ」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 アキトたちは指示通り一つの区画に入り、

 それぞれ武器や術式の準備を整えた。

 熱気を帯びた空気の中、砂を踏みしめる音がやけに大きく響く。


 「……さて、どうなることやら」


 アキトは剣の柄を握りしめながら、

 胸の奥に広がる不安と期待を感じていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 セイジの号令が響き渡り、区画ごとに模擬訓練が始まった。

 アキトの班には、剣士のガルド、魔導師のシオン、補助術に長けたメイラ、

 そして――ルナが加わっていた。


 「アキト、まずは基本の攻防からだ。俺が相手をしてやる!」


 ガルドが木剣を構えて挑んでくる。


 「……ああ、やってみる」


 アキトも同じく木剣を握り、構えを取る。

 だが、剣を握る手には汗がにじみ、思うように力が入らない。

 食堂で仲間との絆を感じられたばかりだというのに――

 いざ実技となると、緊張で全身が固くなる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ガルドの木剣が容赦なく振り下ろされる。

 アキトはとっさに受け止めたものの、衝撃に腕がしびれ、バランスを崩した。


 「うわっ……!」


 体勢を崩した隙を突かれ、足払いを受ける。砂地に背中を打ちつけ、

 肺の中の空気が一気に押し出された。


 「アキト!」


 メイラが駆け寄ろうとするが、セイジが手を挙げて制止する。


 「まだだ。続けろ」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 立ち上がろうとした瞬間、

 アキトの視界が揺らぎ、数字の羅列が浮かび上がった。


 ≪回避成功率:38%≫

 ≪反撃成功率:12%≫

 ≪受け流し成功率:27%≫


 次々と脳裏に走る未来の断片。

 だが数値はどれも低く、アキトの胸を冷や汗が伝った。


 「……こんなの、全部……!」


 情報量が多すぎる。未来が重なり合い、

 頭蓋の内側を叩き割るような痛みが襲う。

 集中を乱されたアキトは動きが遅れ、最悪の未来を引き当ててしまった。


 ガルドの一撃が頬をかすめ、

 衝撃でアキトは後方の結界に叩きつけられる。

 防御の魔力が働いたとはいえ、体に走る痛みは現実だ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 砂を噛み、必死に立ち上がろうとするアキト。

 だが足が震え、剣を支える力さえ抜け落ちていく。

 その姿に、生徒たちの間からざわめきが広がった。


 「なにやってんだよ……」

 「入学したばかりとはいえ、ひどいな」

 「やっぱり普通の人間だったのか?」


 冷たい視線が背に突き刺さる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ≪次の攻撃を回避できる確率:0.9%≫


 その絶望的な数値が浮かんだ瞬間、ガルドの突きが一直線に胸を狙う――!


 「アキト!」


 鋭い声と共に、白銀の光が走った。

 ルナが素早く前に飛び出し、彼の剣を弾き飛ばす。

 紅の瞳が揺らめき、彼女はアキトを背に庇った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 紅の瞳が閃いた瞬間、ガルドの木剣は宙を舞い、砂地に突き刺さった。


 「なっ……!?」


 ガルドが驚愕に目を見開く。


 ルナは一歩、前へ進み出る。

 その動作は無駄がなく、静かでありながら鋭い。

 彼女の持つ木剣の切っ先が、わずかに揺れる光を帯びた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「……ここからは、わたしが相手をする」


 冷えた声音に、場の空気が張り詰める。

 クラスメイトたちの視線が一斉に集まり、

 セイジですら薄く笑みを浮かべて腕を組んだ。


 「ふっ、面白え……! いいだろう!」


 ガルドはすぐに気を取り直し、もう一本の木剣を拾い上げた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 次の瞬間、砂煙が舞った。


 ――速い。

 アキトは目を見開いた。

 ルナの剣筋はまるで疾風のようで、視界に残像が焼きつく。


 ≪ガルドの攻撃命中率:4%≫

 ≪ルナの反撃成功率:92%≫


 数字が鮮烈に浮かび上がり、アキトは息を呑む。

 その差は圧倒的だった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ガルドが豪腕を振り下ろす。

 だがルナは半歩の身捌きで避け、同時に突きを打ち込む。

 木剣の切っ先が喉元寸前で止まり、

 ガルドは凍りついたように動けなくなった。


 「……参った」


 彼は唇を噛み、木剣を下ろした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 静まり返る訓練場。

 やがて、生徒たちの間からどよめきが起こった。


 「すごい……あんな速さ、見えなかった……」

 「ルナって……何者なんだ?」

 「完全にガルドを圧倒してたぞ……」


 羨望と畏怖の視線が彼女に集まる。

 だがルナはそれらを一切意に介さず、

 背後で倒れかけているアキトを振り返った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「……立てる?」


 短く問う声。

 アキトは肩で息をしながら、震える膝に力を込める。


 「……あ、ああ……なんとか」


 ルナはその姿を見届けると、ほんの一瞬だけ表情を緩めた。

 けれどもすぐにまた無表情へと戻り、静かに木剣を下ろす。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 静まり返る訓練場に、乾いた音が響いた。

 セイジがゆっくりと両手を打ち合わせたのだ。


 「……見事だ、ルナ。剣速・間合い・判断、どれも一級品だな」


 褒め言葉であるにもかかわらず、その声音には甘さが一切ない。

 生徒たちは思わず姿勢を正し、張り詰めた空気に包まれる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 セイジの視線が、アキトへと移った。

 鋭い眼光が突き刺さり、彼の背筋が思わず強張る。


 「そして――アキト」


 名を呼ばれただけで、喉がひゅっと鳴った。


 「お前は、技量も体力もまだ未熟だ。今日の模擬戦、十点満点で二点」


 周囲から小さな笑いと囁き声が漏れる。

 アキトの耳に、そのすべてが冷たい刃となって突き刺さった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 しかし、セイジの言葉は続く。


 「だが――お前には一つ、他の誰も持っていない強みがある」

 「……強み?」


 アキトが思わず顔を上げる。


 「そうだ。凡人の剣ではない。

  だが凡人では見えぬ未来を掴む眼を持っている。

  問題は――それをどう使うか、だ」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 セイジは口角をわずかに上げ、砂地を踏み鳴らす。


 「戦場では、失敗も敗北も死に直結する。だが学園では違う。

  ここでなら、何度でも倒れていい。

  ……その代わり、立ち上がれ。何度でもだ」


 その言葉に、クラス全員が静まり返った。

 アキトは胸の奥に、重くも確かな熱を感じた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 最後にセイジはルナを一瞥し、淡々と告げる。


 「ルナ。お前の実力は確かだ。だが、班で動く以上、仲間を見捨てるな。

  ……以上だ。次の組、始めろ」


 号令と共に、訓練場のざわめきが再び動き出す。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 模擬戦が終わり、次の組が準備を整える中、

 アキトの周囲ではざわめきが止まらなかった。


 「ルナさん、やっぱり只者じゃないな……」

 「動きが見えなかった……あれ、もう上級生レベルだろ」

 「確かに強いけど……ガルドも一方的にやられてたな」


 称賛と驚きの声がルナへと集中する。

 当の本人は取り合わず、淡々と木剣を納めていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 一方で、アキトに向けられる声は冷たさを帯びていた。


 「おい、さっきのはなんだよ? 

  剣を持ってるだけで精一杯って感じだったぞ」

 「未来が見えるとか噂だったけど、あれで? 

  結局、口先だけじゃないのか?」

 「二点って……逆にすごいな」


 くすくすと笑う声が背後で響き、アキトの拳は無意識に震えた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 だが、すべてが揶揄ではなかった。


 「……でも、最後まで立ち上がろうとしてただろ」

 「うん。あの状況で諦めなかったのは、普通じゃないと思う」

 「セイジ先生も、わざわざ強みがあるって言ってたしな」


 ほんのわずかだが、肯定の声も混じっていた。

 それはアキトの心に小さな灯をともす。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「……ふん」


 冷笑を浮かべたのは、同じクラスの金髪の少年――ジェイルだった。

 彼は長いマントを翻し、あえて大きな声で言い放つ。


 「弱者が強者に庇われて喜ぶ……まるで絵本の中のお姫様だな。

  だが――この学園は舞台じゃない。

  お前が足を引っ張れば、全員の命が危うくなる」


 辛辣な言葉が突き刺さり、周囲は一瞬息を呑む。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 アキトは何も言い返せなかった。

 ルナが横目でジェイルを鋭く睨んだが、

 彼は気に留める様子もなく去っていく。


 ――確率が見える。

 だがそれを使いこなせなければ、ただの無力。


 アキトは、誰よりもその事実を痛感していた。

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