確率の異能、学園への門
影獣が霧散し、静寂が戻った広場には、
まだ焦げた匂いと緊張の余韻が漂っていた。
学生たちはざわめきながらも、視線を一斉にアキトへ注いでいる。
その中心で教師は、ゆったりと両手を打ち合わせた。
「――見事。これ以上ないほど、愉快な見せ物だったよ」
眼鏡の奥の瞳が冷たく光る。
だがその声音には、どこか試験官としての誇りのような響きもあった。
「少年。君は正式に、アルカナ魔導学園への入学を認められた」
≪学園正式入学確率:100%≫
視界に浮かんだ数値を見て、アキトは思わず肩の力を抜いた。
「……はぁ、やっと“確定”かよ」
胸中で安堵を噛みしめながらも、同時に背筋を汗が伝う。
ほんの少し前までは
≪生還確率3%≫
なんて悪夢みたいな数字を突きつけられていたのだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
教師は学生たちを手で制し、石畳の中央に円を描くように歩み出る。
指先から淡い光が散り、広場の地面に幾何学模様の魔法陣が浮かび上がった。
「さて――
君の合格を学園の正式な“記録”として残すため、入学の儀を執り行おう」
≪儀式の成功確率:96%≫
≪失敗して魔力暴発する確率:4%≫
「……いやいや、失敗するのも確率に出んのかよ……」
苦笑しながらも、アキトは教師に促されて魔法陣の中央へ進んだ。
周囲を取り囲む学生たちは興味と警戒が入り混じった視線を投げてくる。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「改めて名乗ろう。私は名倉セイジ
――アルカナ魔導学園の高等部で戦術魔導論を教えている者だ」
その名を聞いた瞬間、周囲の学生たちがざわめいた。
「セイジ先生が……?」
「試験に幻影獣を出すなんて……やっぱり特別だな」
≪教師の権威を恐れる確率:82%≫
≪尊敬する確率:15%≫
学生たちの反応を見て、アキトは内心で呟く。
(……なるほどな。権威もあるし、嫌われてもいるタイプか。クセが強ぇわ)
セイジはそんなざわめきも意に介さず、淡々と続けた。
「学園は“才覚ある者”の集う場だ。剣、魔法、学問、どれを極めるも自由。
ただし――生き残れるかどうかは、己の資質と努力次第。
少年、君もまた例外ではない」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
魔法陣が光を増し、中央に立つアキトの足元から淡い光柱が立ち昇る。
セイジの声が広場に響いた。
「名を述べよ。
――ここに立つ者、己の力を示し、
アルカナ魔導学園の一員となることを誓うか?」
視界に数字が浮かぶ。
≪名乗らず黙る確率:12%≫
≪名を告げて受け入れられる確率:88%≫
「(まぁ、選択肢なんざひとつしかねぇよな)」
アキトは一歩前に出て、胸を張った。
「――アキト。……ただの流れ者だが、ここで学ぶことを誓う」
その言葉が紋章へ刻まれた瞬間、光が一際強く輝き、空へと散っていった。
≪入学の儀式完了確率:100%≫
学生たちから小さなどよめきが起こる。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
セイジは満足そうに頷き、眼鏡を押し上げた。
「これで君は正式に学園の一員だ。
だが、今日からすぐに授業というわけにはいかん。
まずは寮に入れ。
そこから生活を整え、数日後に行われる“基礎適性試験”を受けてもらう」
≪適性試験合格確率:47%≫
≪落第確率:39%≫
「……またギリギリな確率出しやがって……」
アキトは心中で悪態をついたが、口元には乾いた笑みを浮かべた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
学生たちはまだざわめきを止めない。
「あんな戦い方……初めて見た」
「運任せなのか、それとも本当に先を読んでるのか……」
「セイジ先生が認めたってことは……」
≪同級生から興味を持たれる確率:62%≫
≪敵視される確率:24%≫
好奇心と疑念、その両方の視線を浴びながら、アキトは深呼吸を一つついた。
(……学園か。
まぁ、どう転ぶかは“確率”次第……いや、俺の選び方次第ってことだな)
セイジはローブを翻し、背を向けて歩き出す。
「ついて来い。寮まで案内してやろう」
アキトは彼の背を追いながら、
広場に残された学生たちの視線を一身に浴び続けていた。
≪この先、仲間と出会う確率:73%≫
≪ライバルと衝突する確率:81%≫
未来のオッズはすでに動き出している。
元ギャンブラーの新しい舞台――学園生活が、本格的に始まろうとしていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
夕暮れ時、アルカナ魔導学園の石畳の道を歩きながら、
アキトはセイジに案内されていた。
校舎から少し離れた場所には、三階建ての巨大な建物が並んでいる。
白壁に赤い屋根、窓からは灯りが漏れ、
学生たちの笑い声や楽器の音が響いていた。
「ここが――学生寮だ。
学園に在籍する生徒は、基本的に全員ここで共同生活を送る」
セイジの声にアキトは思わず眉をひそめる。
「全員って……こんな人数、何千人もいるんじゃねぇの?」
「ふむ。寮は全部で五棟。性別・学年・系統によって分けられている。
君は例外的な入学だから、とりあえず――“暁寮”に入ってもらおう」
≪暁寮に割り振られる確率:100%≫
≪隣人が厄介者である確率:72%≫
「……なんでそういう未来まで出るんだよ……」
アキトは額を押さえながら、石造りの門をくぐった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「広っ……」
寮の玄関ホールに足を踏み入れた瞬間、思わず声が漏れる。
天井は高く、魔石のランプが柔らかな光を放ち、
壁には古い絵画や紋章が飾られている。
奥には食堂へ続く廊下があり、漂ってくる香ばしい匂いが腹を刺激した。
≪夕食を無事に食べられる確率:89%≫
≪食堂で揉め事を起こす確率:23%≫
「……食うだけでトラブル起きんのかよ……」
セイジは肩越しに振り返り、飄々と告げた。
「寮生活は学園の縮図だ。
食事、風呂、寝床、すべては学生同士で分け合い、競い合う。
――君がどう立ち回るか、楽しみにしているぞ」
「楽しみにって……アンタは見物する側かよ……」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
寮母と呼ばれる女性が記録簿をめくりながら、アキトに鍵を手渡した。
「二階の端の部屋だよ。
相部屋だからね、もう一人の同室者と仲良くするんだよ」
≪同室者がまともな性格である確率:44%≫
≪同室者と即衝突する確率:39%≫
「……あー、また嫌な確率が出たな」
階段を上がり、扉を開けると、
そこにはすでに一人の少年が荷物を広げていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「お、やっと来たか。同室になる奴ってお前か?」
振り返ったのは、短く刈り込んだ茶髪の少年。
体格は細身だが筋肉質で、腰には練習用の木剣がぶら下がっている。
「俺はガルド。剣術科一年。よろしくな!」
元気よく右手を差し出すガルド。
アキトは少し面食らいながらも、その手を握り返した。
「……アキト。よろしくな」
≪友情が芽生える確率:63%≫
≪口論に発展する確率:18%≫
悪くない数字が浮かび、アキトはようやく口元を緩めた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
その夜、二人は寮の食堂へと足を運んだ。
大広間には長いテーブルが並び、
百人近い生徒たちが一斉に談笑しながら食事をとっている。
肉と野菜のシチュー、焼きたてのパン、香ばしいチーズ――
空腹の胃に匂いだけで響いた。
「おお、うまそうだな!」
とガルドは目を輝かせ、席を探す。
≪無事に夕食を済ませる確率:76%≫
≪食堂で絡まれる確率:19%≫
アキトはトレーを持ちながら、ちらりと数字を見て溜め息をついた。
(……どうせまた絡まれるんだろ、俺)
案の定、席につこうとした瞬間、背後から声が飛んできた。
「おい、見ねぇ顔だな。新入りか?」
振り返れば、二人組の生徒が立っていた。
一人は派手なローブを着た魔法科の生徒、
もう一人は肩幅の広い大柄な少年。
≪口論になる確率:42%≫
≪殴り合いに発展する確率:17%≫
≪無事にやり過ごせる確率:39%≫
「……はぁ、やっぱりな」
アキトは心中で悪態をつきながらも、
ギャンブラーらしい笑みを浮かべるのだった――。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
大広間に笑い声と食器の音が響く中、アキトの背後から挑発的な声が飛んだ。
「見ねぇ顔だな。どこの村から流れてきた?」
派手なローブを着た魔法科の生徒が鼻で笑い、隣の大柄な少年が腕を組む。
周囲の学生たちは面白がるように視線を向け、場の空気は一気にざわついた。
≪口論に発展する確率:47%≫
≪暴力沙汰に発展する確率:21%≫
≪平和に切り抜ける確率:32%≫
「……またかよ。数字、悪い方に寄ってやがんな」
アキトは額を押さえつつ、乾いた笑みを浮かべた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「なぁ、新入り。ここは俺たちの席なんだわ。分かるよな?」
大柄な生徒がわざと声を張り上げ、周囲の注目を集める。
≪従う確率:28%≫
≪逆らう確率:52%≫
≪機転で切り抜ける確率:20%≫
(……従ってもナメられるだけ。
逆らえば面倒になる。なら、第三の道を引くしかねぇな)
アキトはトレーを机に置き、にやりと笑った。
「俺、博打打ちでさ。どっちに座るかも“確率”で決めるんだ」
≪周囲が興味を持つ確率:63%≫
≪相手が逆上する確率:31%≫
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
アキトはパンをひとつ手に取り、指先で軽く放り投げた。
「表が出たら俺が座る。裏なら譲る。――それでどうだ?」
≪表が出る確率:51%≫
≪裏が出る確率:49%≫
魔法科の生徒が鼻で笑った。
「ふん……運任せか。面白ぇ、やってみろよ」
パンが宙を舞い、コロリと机に落ちた。
その断面は――見事に「表」。
≪勝負に勝つ確率:100%≫
アキトは肩をすくめ、淡々と言った。
「……ほらな。運ってのは偏るもんなんだよ」
その一言に、周囲の生徒たちがざわめき始めた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
しかし大柄な生徒が顔を赤くし、椅子を蹴って立ち上がった。
「ふざけんな!運で俺らをバカにしてんのか!」
≪殴られる確率:62%≫
≪回避成功確率:38%≫
拳が振り上げられる。
だがアキトの目には別の数字が浮かんでいた。
≪椅子に足を引っ掛けて転倒する確率:74%≫
「……そっちが勝手にコケんだよ」
アキトが半歩横にずれると、大柄な生徒の足は椅子の脚に絡まり
――見事に前のめりに倒れた。
ドン、と床に顔をぶつけた音に、食堂は大爆笑に包まれる。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「なっ……!」
と魔法科の生徒が顔を真っ赤にするが、
もう場の空気は完全にアキトの側に傾いていた。
≪この場を無事に切り抜ける確率:91%≫
≪再び絡まれる確率:14%≫
アキトは涼しい顔で席につき、パンをちぎりながら一言。
「だから言ったろ? オッズは俺の味方だって」
周囲の学生たちは笑い、興味深そうに彼を見つめる。
中には感心したように頷く者もいれば、逆に嫉妬の視線を送る者もいた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ガルドが隣に腰を下ろし、ニカッと笑う。
「ははっ!お前、最高だな!俺、余計に気に入ったぜ!」
≪友情が深まる確率:72%≫
アキトは小さくため息をつきつつも、心の奥でわずかな安堵を覚えていた。
(……まぁ、なんとか切り抜けたな。
けど――こうやって敵も味方も作っちまうのか、この学園じゃ)
≪今後、寮内で因縁が続く確率:77%≫
未来はまた、新しい賭けの舞台を示していた。