第6章 『監視する眼』
■第6章 『監視する眼』
数日後の朝。校舎の渡り廊下を歩く足音が、久々に周囲の空気を引き締めた。
その人物の姿を見た生徒たちは、驚きと戸惑いの入り混じった表情を浮かべる。だが誰一人、声をかけることはできなかった。まるで、そこに立っていること自体が不思議な現象のようだったからだ。
「……アリア先生?」
教室の扉を開けて姿を現したのは、銀髪のボブカットに白のジャケットを羽織った少女──否、教師だった。彼女はゆっくりと教卓に向かい、整然とした所作で端末を起動させる。
「今日から授業を再開する。休講が続いて迷惑をかけたね。でも、理由は各自察して。詮索する必要はないよ」
その言葉に、教室は水を打ったように静まり返った。少しして、ぽつりとリースが口を開いた。
「……ほんとに、戻ってきたんだね」
「ええ。少しだけ、おやすみをいただいていただけ」
「寝てただけにしては、話題になりすぎだけど」
リースが皮肉混じりに言うと、アリアはふっと微笑んだ。
「なら、次は君が話題をさらう番ね。成績不振とか、規則違反とか、拘束歴とか」
「うわ、もう完全に元に戻ってる……」
「安心して。悪い子は解剖なんて、今は言わないから」
教室の空気が、少しだけやわらいだ。その場にいた誰もが、まだ心のどこかに警戒を残していたが、それでも──彼女がここに戻ってきたことは、確かな現実だった。
ユノは廊下の窓からその様子を見ていた。手に持った端末の画面には、アリアの復職承認の通知。すでに正式な手続きは完了している。
「……これで、やっと始められる。真犯人探しも、アリアと一緒に」
彼女は小さく呟くと、静かにその場を後にした。
昼休み。校内のカフェテリアには、軽食を取るリザレクテッドたちの雑談がにぎやかに響いていたが、突如として全員の視線がホログラムディスプレイに集まった。
《速報です。倫理委員会から発表がありました。新たに“生殖機能を持つ男性型リザレクテッド”が、第一段階の認証を通過し、本日午前、正式に社会登録されたとのことです》
画面には、整った顔立ちをした中性的な少年の映像が映し出される。やや長い黒髪、伏し目がちで無表情。だが、その詳細が告げられたとき、周囲は静まり返った。
《外見年齢はおよそ15歳相当、全身の生体組織および生殖機能において完全な再現が確認されています》
「……ついに、出たんだね」
カフェテリアの一角で、リースがジュースのストローを止めたままつぶやいた。
「リース、知ってたの?」
とルシアンが小声で尋ねる。
「なんとなく、そんな予感はあったよ。でも本当に“男”で、それも……生殖できるって……」
ホログラムの中では、倫理委員会の広報担当が淡々と続ける。
《なお、このリザレクテッドの所有者に関しては、今後審査と抽選が行われるとのことですす》
画面が切り替わり、倫理委員会の建物前で行われている抗議の様子が映し出される。掲げられたプラカードには「人類の再生を止めろ」「生殖機能の付与は越えてはならぬ一線だ」といったスローガンが踊っていた。
「始まるね」
誰ともなく漏らしたその言葉に、部屋の空気が少し冷えた。