2.
「ここだけの話なんだけどさ、スイホウ様実家に帰る準備してるんだって」
「いや、結婚してまだ2カ月よ。止めなさいよ。マスコミが荒れるじゃない」
今日も今日とて、シャンヅェンは鍵を返しにきたついでに機密事項を置いていく。
今日は定時内に来ているが、会合があるとかでカノコ以外のメンバーは出払っている日だったのが幸いか。
ーーそういえば、今までもカノコがここに一人でいる時しか宮中の話題をしてこないなと思った。
シャンヅェンが来る時に課の人や利用者が他にいる場合は、返却のやり取りのみで帰っていくことが多い。
……一応、この男にも分別というものがあるらしい。
「スイホウ様頑固だから止められる訳ないって。一応俺はカタバミ様に報告したからちゃんと仕事したよ」
「あー、えらいえらい」
「褒め方雑ー」
「ていうかカタバミ様の護衛なのに、そんな話題どこで聞くのよ。カタバミ様の傍にいたら聞けないでしょ」
「スイホウ様の侍女さん情報網で教えてもらうんだよ」
「ふーん、流石の女たらしですね」
「言い方良くねえなぁ」
けらけらと笑うシャンヅェンをじっとりした目で見てしまうのは仕方がない。
「カタバミ様この報告したらめっちゃブチ切れてスイホウ様の部屋に走って行ったから、これでようやく赤子こさえてくれんじゃないかな」
「言い方良くないわねぇ」
先程のシャンヅェンに合わせてそんな返事をしたら、シャンヅェンは更にけらけらと笑っていた。
「やっぱカノコちゃんとの会話は楽しいなあ」
「それはどうも」
この男はさらりとこんな台詞を吐くから無性に腹が立つ。
異性からの素直な褒め言葉に耐性が無いものだから、カノコは俯いて熱くなった顔を隠した。
見られたくないときに限って、察しの良いこの男はまじまじと覗き込んできた。
「あ、照れてる?」
「思い上がんじゃねーですよ」
「怒られた」
そこで定時の鐘が鳴った。
「ーー今日のところはこれでおしまいですね。明日どうなったか教えてください」
とんとんと纏めた書類の角を揃えながら言うと、カウンターに頬杖をついた男はこてんと首を傾げた。
いかつい筋肉野郎なのに、妙にその仕草が似合うのがまた癪に障る。
「カノコちゃん、明日も聞いてくれるの?」
「非常に不本意ですが乗り掛かった船ですからねえ」
「優しいー、カノコちゃん絶対モテるでしょ」
「喧嘩売ってます? 彼氏のかの字もありませんが? どっかの誰かさんと違って」
「ふうん。そっか」
シャンヅェンの口元がむずむずと緩む。
「馬鹿にしてます?」
「そんなこと無いって。管財総務課の人達も見る目が無いなぁって思っただけで」
「なんとうちの課おっさんと既婚者しかいないんですよ悲しいですねえ」
「ふーーん」
「なんか腹立つ相槌ですねぇ」
「安心して。うちもおっさんとむさ苦しい筋肉しかいないから」
「そりゃそうでしょうよ……!」
「筋肉は暑苦しいし、カタバミ様はスイホウ様と不仲でじめじめしてるしでキノコが生えてきそうな職場環境だよ」
肩をすくめるシャンヅェンを見て、軽くため息を吐き出した。
「……まぁ、そのうち良くなりますよ。スイホウ様も憎からず思っておられると思いますし」
シャンヅェンはきょとんとした顔でカノコを見た。
「カノコちゃん、なんでそんなことわかるの?」
「シャンヅェンさんから話を聞く限り、スイホウ様結構意固地というか、苛烈というか……決めたら絶対曲げない人でしょう? そんな人が本当に逃げ出したかったら侍女にすら言わずに逃げていると思うので」
「なるほど」
「カタバミ様が報告後にすぐさまスイホウ様の元に向かって良かったです。これが夜だともぬけの殻になりかねないので。多分侍女経由で情報が伝わるのも計画どおりですよ」
「……怖いねえ。どうしてそんなこと考えるのか」
シャンヅェンは引きつった顔で笑っている。
このモテそうな男でもわからないものらしい。
カノコは両手を組んで眉間に当てたーーこれは、精霊信仰の人々が精霊に祈るためのポーズである。
「簡単ですよ。愛されたいんです」
翌日。
「スイホウ様実家に帰っちゃったって」
「ねぇカタバミ様とんだ唐変木なの??? 嘘でしょ???」
「表向きは魔石採掘の視察ってことになってるから……その言い訳が通じるうちに帰ってきて欲しいんだけどな」
遠い目で胃の辺りを押さえるシャンヅェンがなんだか可哀想で、初めてこの男に同情してしまった。
「カタバミ様は今何やってるの?」
「あっちもぶち切れて『離婚だ! 帰ってくるな!』って知らんぷりしてる」
「似た者夫婦か」
「だからこじれてんだよ」




