【甘口ホラー】帰れない帰り道
夏のホラー2023参加作品です。
が、タイトル通り、普通のホラーとは怖さの方向性が違います。
夜寝られなくなる事はないと思いますので、怖いのが苦手な方もよろしければお読みください。
……妻が言っていた。
『プールから帰って来る時は、回り道して帰って来てね』
私はその意味が分からず、曖昧に頷いていた。
それがどれほど大切で、意味のある言葉かを知らずに……。
「パパ! プールたのしかったね!」
「あぁ。天気も良くて良かったな」
「うん!」
「さ、早く帰ってお風呂入ろうな」
「えー? プールのあとにシャワーしたからいいでしょー?」
「頭シャンプーしてないだろ? 髪の毛ごわごわになるぞ?」
「それはやだー」
「じゃあお風呂入ろう」
「……はーい」
少しむくれる華の手を握り、私は家路を急いだ。
プールの疲れから、早く家に帰りたいと思ったせいだろうか。
妻の言葉を私はすっかり忘れ、家への最短ルートを進んでしまった。
「あ! パパ! パンダこうえん!」
「お、そうだな」
「パンダさんのる!」
「え? いや、今日はもう帰ろう」
「やだ! パンダさんのるの!」
「えぇ……?」
華が指さすパンダさんは、空飛ぶヒーローのような形のパンダのお腹にバネがついた遊具だ。
前後左右に揺れるだけで、何も楽しくないだろうと思うが、華はどうしてもこれに乗りたいらしい。
無理に連れて帰ったら大泣きするだろうな……。
「しょうがない。ちょっとだけだよ」
「わーい!」
華は嬉しそうにパンダにまたがると、猛然と漕ぎ始めた。
まぁこんな単純な遊具、少し遊んだら飽きるだろう。
「たのしー!」
「そうか、良かったなー」
歓声を上げて喜ぶ華。
うん、無理に連れ帰らなくて良かった。
「つぎはゾウさんのるー!」
「えっ」
ゾウさんはその名の通り、ゾウの形の滑り台だ。
華は滑り台に乗ると長いんだよなぁ……。
「……なぁ、帰ろうよ……」
「やだ! ゾウさんのる!」
「……しょうがない。一回だけだよ」
「うん!」
ここで私はようやく妻の忠告を思い出した。
回り道をしていれば、この公園を避ける事ができたのに……。
「パパー! すべるとこみててー!」
「……あぁ、見てるよ……」
「きゃー!」
楽しそうな華。
傾いていく太陽。
このままでは夜まで遊びかねない……!
そうだ!
妻なら華を帰らせる、何か良い手を知っているかも!
急いで『パンダ公園に入ってしまった。どうしたらいい?』とメールを送る。
「パパー! すべるのみてー!」
「あ、うん、見てるよ」
ゾウさん滑り台の上で手を振る華を見守りながら、妻の返信を待つ。
あ、来た!
『長いよ。覚悟して』
「……」
この文面で私は理解した。
この帰れない帰り道は、まだ始まったばかりなのだと……。
読了ありがとうございます。
げに恐ろしきは子どもの「まだあそぶ!」ですねぇ……。
もう一つコメディーホラーを考えていますので、投稿の際には、よろしくお願いいたします。