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色んな色の名前が好きで使っております。
読み難いのもあるので、ルビふらさせて頂いてます。
「海波」
「はい」
師から呼ばれた彩香は直ぐに駆け寄った、周りに人はいない。
「母が、次の休みに料理をしに来ないか?って言ってたが、予定はどうだ?」
師に呼ばれて、緊張して駆け寄ったので、少し、気が抜けた彩香だが、この話は別の意味で緊張する。
「お休みの日に、特に予定はないのですが、そんなに度々、ほんとに、お伺いしてもよろしいのでしょうか?」
何だかこの前から急速に親しくなった気がするのだが、能々(よくよく)、考えてみれば、自分ごときが、名家の師の家に気軽に遊びに行って良いものか、疑問に思った。
「いいんじゃないか、何かわからないが、母は張り切っていたぞ」
師は彩香の心配事の根底を全く理解していなかった。
「はぁ、でも、お料理なら、お着物は止めた方が良いですよね、あ、割烹着、は、持っていないし、あ、材料とか必要でしょうか?」
「いや、特に言ってなかったし、材料は母が用意するだろう?呼んでいるのだから、着る物の心配か?では伝えておこう」
「いえいえ、それはいいです、伝えなくて」
慌てて、彩香は首を横に勢い良く振り、師に取り消しをしたが、本当は困っていた。
(だって、予定ではあの方も来るのでしょうから・・・)
そうなのだ、龍志朗が来るなら、あまりに寂しい装いにはしたくない。
さりとて洋装の外出着等持ってはいない、仕事に来ている時の服装では、飾り気が無く、あまりに寂しい物であるので、出来れば避けたいところである。
と、言って、代案は無い。
思案するも途方に暮れる彩香である。
「で、どうだった雅也さん」
雅也は帰るなり、妻ではなく、母に出迎えらた。
「ただいま帰りました、お母さん、僕は伝書鳩ではありませんよ」
雅也も一応、挨拶はするが、反論も試してはみる。
「あら、良いじゃない、どうせ会うんだから」
「そうではなくてですね」
ま、母にこの手の議論が通じた試しがないので、話題を戻そうと思った雅也である。
「休みの予定は大丈夫そうですが、着る物に困っていそうでしたよ、あ、後からこれは口止めされましたが」
口止めされたら、言ってはいけない事のはずなのに、そのまま伝えている。
含みがあるのかないのか、よくわからない雅也の言動である。
「あら、そうなの」
う~ん、椿は少し逡巡してから、閃いたようだった。
「雅也さん、後でまたこちらに来て下さる? 渡したい物があるから」
「はいはい、女王陛下の仰せの通り」
ひたすら平伏している雅也であった。
(確かこの辺に・・・あったと思ったのだけど・・・)
椿は衣裳部屋に来て、探しものをしていた。
綺麗に整頓されているとは言え、この数から1着を探すとなれば、なかなか骨が折れる。
雅也の話から、彩香にあげられる洋服を探しにきたのだが、もちろん、ただ、上げるのなら、いくらでも数ある中から、選べば良いが、上げるのにはそれなりの理由がいると考えている。
(あ、あったわ、これこれ、ふふふ)
薄萌葱色うすもえぎいろの地に小さな白い小花模様が、かわいらしいワンピースである、しかも、同じものが2着ある。
(そうそう、これをお揃いで着たいと言えば理由になるから)
元々、若い時にお気に入りで着ていたのだが、ちょっとした手違いで2着買ってしまったのだった。
(使い道あるわね~、私って偉い!)
一人で、浮かれながら居間に持って行く。
「これを、雅也さんに職場へ持たせるから、包んでくださる? こっちは私の部屋へ運んでおいてね」
「かしこまりました」
椿が使用人に渡して、ソファに座る。
(これで、良しと、後は何を作ろうかしら?龍志朗さんの好みで、簡単そうなもの、出来たら、食べるのに時間がかかるもの、そんな都合の良い物はないわよね~)
一人楽しむ椿であった。
「海波」
「はい」
師から呼ばれた彩香は直ぐに駆け寄った、周りに人はいない。
「あ、すまん、そんなに、急がなくても良いぞ、また、な、母がこれを今度の休みの日に着て、一緒に料理をしたいと、言っているのだが」
師から手渡されたのは、彩香には少し大きな包みであったが、
「もしかして、言われてしまったのですか?」
彩香は、服がなくて困っている事を、師が椿に伝えてしまったのだと、恥ずかしさから頬が少し赤くなった。
「いや、言ってないよ、何でもね、お揃いの服を着て、作りたいんだって、いやーまさかとは思うけど、年の離れ過ぎた双子、とか思ってないよね、って、拗ねそうだから聞けなかったんだけどね」
師は頭の後ろをかきながら、苦笑いをしていた。
彩香のための小さな嘘である。
「お揃い?あ、そうなんですか、でも、椿様なら、お綺麗なので、」
彩香は思ってもみなかった事を言われて驚いたが、双子みたいな事を椿なら考えそうだとも思い、二人で同じ服を着た絵を想像しながら、顔を上げて、師を見た。
「いや、年を考えよう、私の親なんだぞ」
今度は師の方が真顔で彩香を見つめ返した。
「あ、ま、確かに・・・」
年齢、と言われてしまえば、とっても離れているのは、わかっているのと、師があまりに真顔で言うので、
(でも、見た目には?)
と思った言葉は飲み込んだ。
「と、いう事で、また、迎えを出すから、よろしく頼むな」
雅也も仕事中なので、手短に話を切り上げた。
「はい」
何となく、レールを引かれて、歩いているような気がしてくるが、悪い事ではないので、そのまま従っていた。
(また、お話出来ると良いな)
温かな心持になる彩香だった。
大丈夫、だったかな?
少しでも皆様の気晴らしになったら良かったです。
引き続きよろしくお願いします。