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お付き合い頂きありがとうございます。
ちょっとだけ近づいております。
龍志朗は『防御力』の使い手で、特殊部隊の『防御』にいる、同期であり相方の対馬つしまを訪ねた。
「対馬、いるか?」
同じ特殊部隊の中であり、攻撃と防御はよく打ち合わせもするので、行き来は自由であるから、ここに龍志朗がいるのは珍しくはない
「んーどうした、月夜?」
唐突に相方である龍志朗が来たので驚いた対馬が応える。
「お前、前に『封式ふうしき』で良いのを作ったと言ってたろ?」
「あー、我ながら、中々傑作だと思っている」
胸を張り、ちょっと自慢気に応える対馬である。
「ちょっと、こっち来い」
「何だよ」
二人は、人目を避けた場所に移動した、それならば龍志朗の執務室に呼び出せば済む話であったが、それすら思いが及ばなかった。
「その封式、俺にも教えてくれ」
「良いけど、どうしたんだよ、急に、普段使わないのに」
危ない戦場に行く話を、最近聞いていないので、対馬は戸惑を覚えた。
「使うんだよ、必要になったんだよ」
何を改めて聞くんだかといぶかし気に応える。
「えっ?必要に、なったぁ~?」
守るために使う物が必要になったと言われて驚き、およそ男性の声とは思えない甲高い声が出た。
「どっから声出しているんだよ」
驚いたのは龍志朗も、である。
「いや、なぁ~にに使うのかなぁ~月夜君、いや、だぁ~れに使うのかなぁ~龍志朗君」
当然、これは対人用で、防御部隊の方が得意としている。
そもそも、“誰かを守るための物”なので、必要になったと言われれば、それは当然、知りたくなる話である。
「誰でも良いだろう」
「いや、良くないだろう?術式に万が一不手際があった際には、直々に駆けつけて、修正しなければならないだろう、開発者の義務として」
眉根を寄せ、一気に捲し立て、さも、ありそうな事を対馬は述べてみた。
「そんないい加減なものなのか」
それでは、彼女を守れないので、ここは龍志朗も気になる事であったので、眉根が寄るのも気がつかずに対馬に聞いた。
「いや、そんな事はない、誰、が、気になるだけだ」
「ならば、却下」
急に、胸を張りながら、ぴしゃりと、対馬の言葉を切り捨てる。
対馬直樹つしまなおきは龍志朗の都大学からの学友でもある。
『防御力』の腕は確かで、龍志朗とは組んで戦場に行く相方であり、厳しい態度で周囲と接する龍志朗の良き理解者でもある。
「仕方がない、後で聞こう」
「後も前もない」
「頼みにきたのはお前だろう?」
「それがどうした」
やれやれ、相変わらずの龍志朗に、対馬の大きなため息が響く。
懐からおもむろに小さな紙を出して、
「これな、この人型に今術式を書いてやるから、それで、術者はお前にするから、お前の名前も書いて、あ、これ自分で書け」
「あー」
そこは大人しく従い、龍志朗が記述した物を、対馬に渡した。
「それで、これを封印して、術かけて、・・・完成と、これをその彼女に持たせて、何かあったら、これを強く握って、お前の名を呼べば、膜が張られて、彼女は防御される、同時に、膜が発動した事が術者のお前に伝わる、ま、お前ならそのまま飛べば良い、わかったか?ものすごく高いぞ」
最後の「高いぞ」と言う言葉に最大限語気を強めて顔を寄せた。
「おー、ありがとう、って、彼女ってなんだよ」
あからさまに言われると、気になるので、一応反論してみた龍志朗。
「こんなもん、野郎に持たせる男がどこにいる」
顔を更に近づけ、食い気味に、対馬がぴしゃりと言い返した。
「・・・そうか」
あまりの迫力に、流石の龍志朗も返す言葉が見つからない。
「当たり前だ、今度紹介しろ」
近づけた対馬の顔が、更に近づいた気がした。
「じゃ、じゃぁな」
するりとかわして龍志朗は去っていった。
それを遠くから見つめていた目があるのを、二人は知らない。
(どうやって渡すかだな)
龍志朗は早く彩香に渡して安心させたいと思ったが、日常的に接点があるわけでもない。対馬のところに行くように、いくら軍の中といえども、気軽に他の施設には行けない。
自分の仕事場に戻りながら、考えを巡らせた。
お昼になって、龍志朗は試しに、初めて彩香に会った公園に一人で行ってみた。
あれから、時折、この辺で彩香を見かけたが、いつも自分は誰かを連れていたので、話すことは出来なかったが、彩香は一人でいたのを思い出したのである。
淡い期待である。
(来るかなぁ)
公園の長椅子に一人で座っていた。
少したつと、遠くから彩香が一人で来るのが見えたので、手招きをした。
「こんにちは」
彩香が呼ばれた事に気が付き、小走りに近づいてきた。
「手を出せ」
「はい」
何だかわからないが、彩香は素直に従ってそっと両手を出す。
龍志朗は懐から小さな紙を取り出し、彩香の手のひらにそっとのせる。
「ん?」
自分の手のひらにのせられた、人型の小さな紙切れが、何を意味するかわからず、首を傾げている彩香に、龍志朗が説明する。
「お前を守るための『封式』だ、また、危ない目に合うかもしれないだろう、何かあったら、これを強く握って、私の名を呼べ、そうしたら、防御膜が出てきて、お前を包んで守る、いいな、絶対に無くすな、肌身離さず持っていろ、わかったな」
言葉が強く、低い声は命令に近いような印象だ。
「はい、ありがとうございます」
彩香は、圧倒されながらも、こくこくと頷きながら返事をした。
「あ、だからと言って、夜にふらふらしていいわけではないからな」
龍志朗は慌てて付け足した。
「はい」
彩香は、流石に同じ事は・・・とこくこくと頷いて返事をする。
「良し、仕事に戻る」
「あ、あの・・・」
彩香が言いかけた。
「なんだ」
龍志朗が問い掛ける。
「お、お借りしていた上着を、も、持ってきているので、お返ししないと、と、思って・・・」
封式をもらった手を更に強く握りしめていた。
「ああ、それか、いつでもいいぞ」
龍志朗は些末な事の様にぞんざいに応えた。
「え?でも?」
彩香は必要な物だろうから早く返した方が良いと思っていたので、龍志朗の反応に驚きを隠せなかった。
「まぁ、お前には不要な物で、邪魔だろうから、ここで待っていれば良いか?あまり時間も無いが」
何故か冷たい表情で、平坦な声は恐れを感じ、それが周囲の気配のためであったとしても、彩香に区別はつかない。
「あ、あの、では、今度、また、機会があった時に、の、方が、良い、でしょうか?」
彩香はあの夜や、森野家とは違う、龍志朗からそこはかとない冷気を感じた。
それが、ここに留まりたくないのではと感じた彩香は、恐る恐る言葉を探った。
「そうしてくれ、では」
噂通りの冷徹な表情の龍志朗であったが、立ち上がり、彩香の横を通る瞬間、自らの手を彩香の手に乗せてくれた。
そのわずかな時は他者からは伺い知れない程短い時であった。
「はい」
それでもその一瞬が彩香に元気な返事をさせた。
龍志朗は海で月を見て泣いていた少女を守りたいと思った。
それは、強い自分が弱い少女を守りたいと思ったに過ぎない、と、思っていた。
守られている事に彩香は仕事場に戻りながら、とてもうれしく思った。
両親が亡くなってから、誰かが守ってくれる事は無かった。
もちろん、育ててくれた葵おばさんは、優しかったけど、彩香が、一人で生きられるように厳しく育ててくれた。
だから、誰かに守られている、その感覚がうれしかった。
その夜、家に帰ってから、彩香はお守り袋を作ってみた。
首から下げられるので、仕事中もいつでも、こっそり身に付けていられる。
(これでいつも一緒、ふふ)
そう思えるだけでとても温かな感じがした。
笑っている自分に、彩香は気が付かないくらい、お守りを抱きしめていた。
大丈夫、だったかな?
少しでも皆様の気晴らしになったら良かったです。
引き続きよろしくお願いします。