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海に月の光が梳ける時  作者: 稜 香音
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最終話です。

 我も我もと別邸に人が集まった。


皆、まだ仕事していたはずなのに、龍斗と星北が一番に駆け付けたという事は軍部の仕事は完全に止まっているはずだ。


「お前残って処理しておけよ」


龍斗が星北を押しのける。


「何言ってんだ、戦下じゃないんだ、あの時に比べれば平時の『急ぎ』なんて『そうか』で終わりだ」


いつも『滞りなく』ときっちりさせてくる星北は何処に行ったのだろうか?


「否、それは違わないか?」


不図、立ち止まり、思い直すのは龍斗の方だった。


「今後の調整を考えたら、『現状把握』が一番重要事項だ」


「・・・否定はしないが・・・」


肯定はし難い、龍斗だが、否定はもっとし難かった。


「そうだろう、俺が正しい」


いつもは龍斗より控え目な星北の自信は怖いくらいだった。




龍斗は何を置いても龍志朗から『彩香が目を覚ました』と飛んできた式を見て、直ぐに自分が会いに行きたかったので、星北を生贄にしようとしたら、星北も一緒に飛び出してきたのだ。


それも、随分、都合の良い言い訳を付けて。


しかも、『揃って飛んできた』ので、着いたら、肩で息をしていた。


「流石に、この飛びはきつかったか」


「まぁ、俺を担いで飛んだからな」


これには星北も苦笑いだった。


星北は防御だから、自分で飛べない。




 「彩香・・・」


別邸に着いて、勢い込んで、龍志朗の名を呼ぶとサンルームから返事が返ってきた。


きっと、連絡をした皆が来るだろうと予測し、彩香を膝に乗せ、サンルームのソファに龍志朗は座っていた。


彩香はまだ、意識が戻ったばかりで、反応が遅く、小首を傾げている事がある。


そんな時は安心させるためにも頭を撫でる。


膝の上に置いて自分の胸に凭れさせれば、体温があるので安心するのか、呼吸が落ち着いている。


そんな彩香の前に陣取り、真正面から見たら、その瞳が自分を映すので、思わず声が漏れた。


「おとう・・・様」


先程、龍志や雪乃達で使い果たしたか、また、喉が強張る。


それでも、目の前の武人は膝を付き、大きな体を屈めて、彩香の手を取った。


「彩香さん」


先程の漏れた声ではなく、改めて本人に呼びかけた。


「はい」


「良かった・・・待っていた、本当に待っていたんだ、本邸の者達も皆、待っていた」


こくこくと小さく頷き、彩香も龍斗の手の中で指を握り返した。


「良かった、良かった」


龍斗の後ろで彩香をじっと見ながら、大きな体を揺らし、目を細めている星北は同じ言葉を繰り返した。


その声に彩香が目線を上に向けて、微笑む。


「星北様」


呼びかけに、星北は更に大きく頷く。


顔見て、声を聞いて、龍斗も漸く安堵した。


今後、もう少し様子を見た方が良いだろうから、落ち着いて移動が出来るようになったら本邸に向かうという事と、それまで数日は武田を毎日別邸に派遣する事が彩香の頭上で、龍斗と龍志朗が決めた。






 そんな中、玄関先が車の音で賑やかになってきたかと思えば、森野親子に柊や杉・檜ら担当医が駆けつけた。


雅和が涙ぐんで龍斗の肩に手を置いていた。


杉や檜は脈や血圧など簡易的に診察をして、ほっと息を吐き出す。


「思っていた以上に安定していますね」


「まるで、数日しか経っていないようです」


「ふぅ~む」


「・・・あの、柊、先生?」


杉や檜の意見に柊が納得し難い表情を見せると、彩香も不安げに小首を傾げた。


「記憶の不整合とか頭痛は無いのか?」


「立ち上がる事は出来るのか?」


雅和や雅也も疑問が残っていたらしく、龍志朗に問い掛ける。


「否、筋力は落ちています、だから、こうして支えている、声もずっとは出ない、今は人が入れ替わり来るから逆に意識が昂って起きていられるのではないだろうか」


龍志朗が目覚めてからの経緯も話した。


「ああ、眠っていた時よりも若干脈は高めかもしれませんが、それでも早い方では無いです」


杉が申し訳なさそうに付け加える。


「そうか」


龍志朗達の話を聞いて区切りをつける。




「では、一目会えたから、お暇して、もっと元気になってもらわないとだな」


雅也が嬉しそうに言うと雅和も頷いていた。


「そうですね、そろそろ、一度休ませた方が良いかもしれない、少し体温が高く感じます」


彩香を抱えている龍志朗の眉間に皺が寄っていた。


「ああ、それはいけない、早く休んで下さい、我々は引き上げて、また、明日診察に伺います」


「だい、じょうぶ、ですよ」


彩香が皆を安心させるため、声を上げた。


「否、休んだ方が良いと思う、ありがとうございます」


彩香の言葉に応え、医師に礼を言う龍志朗だった。


彩香を抱えたまま、立ち上がり、龍志朗は彩香の部屋へと向かった。




 対馬や北は遅い時間にやってきた。


「対馬さん、ご心配、お掛けしました」


少し休んだ後だったので、彩香は対馬に声を掛けて微笑んだ。


「いえ、いえいえ、良かった・・・本当に・・・よか、った」


声を掛けられた対馬はその場にしゃがみ込んでぼろぼろと涙を零していた。


「対馬、大丈夫だから」


彩香を抱えてサンルームのソファに座っているので、龍志朗も直接対馬の肩を叩いて宥めるわけにもいかず、苦笑していた。


「本当にお目覚めで良かったです」


北もしみじみと漏れた様に言葉を吐きだす。


「色々と面倒を懸けてすまなかった」


「いえ、時間との戦いでもありましたから、良かったです」


「ああ、そうだな」


久し振りに龍志朗に生気の戻った顔を見て北の表情も穏やかだ。


「体力戻るまで気を付けてね」


涙でぐしゃぐしゃな対馬が彩香に向けて笑みを向けた。




 皆、彩香の瞳を見て声を聞いて安堵して帰っていった。


その眼で見るまで信じられないと思っていたのか、一目見れば彩香が疲れないようにと、さっさと帰る。


そうして、翌日から、暫くは人の出入りもあったが、まさか、帝がお忍びで来るとは思わず、本邸に移ってからだったので、まだ、良かったが、護衛と称して龍斗が付いて来てくれたのもありがたかった。


椿や牡丹も度々訪れて、あれやこれやと物を置いて行った。


彩香の意識が戻ったので、桔梗と深水の術式は彩香に適応されなかったのだが、出産が困難な他の妊婦の命を大いに救った。


次第に二人でなくても他の医師も出来るようにと改良が加えられていったのは、暫く後の話である。






 「彩香、冷えないか?」


「はい、大丈夫です、雪乃さんがほら、」


彩香は、スカートの裾を少し摘まんで持ち上げ、足元の温石を見せた。


『冷えは大敵』と雪乃が持って来てくれたのだ。


その上から温かな毛布の様な膝掛けでぐるぐると自身の体は巻かれている。


「ん、それで出迎えが無かったのか、しかし、それは中々だな」


龍志朗も彩香に関しては過保護だが、雪乃のそれを見て、中々なものだと思った。


「あ、申し訳ありません」


彩香が目尻を下げた困り顔を見せた。


「否、こちらに居る間は仕方が無い、音も聴こえ難いし、そのためにこちらに来たのだから」


龍志朗が彩香の側にきて、背を撫でる。


もう、間も無く産み月なので、用心している。


彩香の意識が戻って落ち着くや否や、本邸にきているので、慣れてもきた。


ここは常に複数の人達がいるので、産気づいても安心。


龍志朗は勿論、周囲の温かい人達の中に彩香は居た。




 そして、可愛らしい男の子が生まれた。


大きな産声は晴れた青空に良く響いていた。


「無事に生まれてきてありがとう」


産後の息切れの中、側に来た我が子に彩香は頬を付け言葉をかけた。


「彩香、よく頑張ったね、3人で会えて嬉しいよ」


部屋に戻れば龍志朗が彩香の頭を撫でながら声をかけてくれた。


「龍志朗様が、諦めないでいてくれたからです、ありがとうございます」


晴れやかな笑顔の中の瞳は潤んでいる。


「諦めなかったのは彩香も、この子もだ、誰も諦めなかったからだ」


強い瞳を包むのは温かな笑顔だ。


「はい」


「一緒に幸せになると約束したからな」


蕩けるような柔らかな笑みをこの男がする時がくるとは。


「私、幸せです」


すーっと一筋の雫が彩香の頬を伝わる。


「大丈夫だ、傍にいる、私がお前を、お前達を守るから」


そっと、彩香の涙を龍志朗が拭ってくれる。


こくんと頷く彩香の笑みは陽だまりの様だった。

長らくお付き合い頂きありがとうございました。

お読み頂き、如何だったでしょうか?


彩香と龍志朗のお話はこれで終了となります。

もしかしたら、番外編など書けるかもしれませんが、完結とさせて頂いてます。


幸せになる女の子を書きたいと思って初めて書いてみたお話です。

虐待されていなくても、能力の無い落ちこぼれでなくても、

頑張っている女の子が幸せになって欲しいと思って、書き始めたお話です。

頑張っている努力が報われると良いなぁ、と思ったのです。

至らないところばかりかも、と思うのですが、自分なりに”出来た!”と思っております。

温かく、緩い目で見て頂ければ、助かります。。。


気が向きましたら☆など、付けてもらえると嬉しいです。


次は秋頃に新しいお話が載せられた良いなぁ~と思っておりますので、

マークなどして、のんびり待って頂けると、とっても嬉しいです。


お読み頂いたあなたに、

一つでも多くの幸せが降ってきますように、お祈りしています。


また、会えますように。

                        稜 香音


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