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も少しですので、よろしくお願いします。
「彩香、冷えていないかい?」
龍志朗が彩香の顔にかかった前髪をそっと横に流す。
彩香の意識が無くなってから何度目かの満月の夜。
龍志朗は彩香を膝の上に抱いたまま、ソファに座りながら、海と満月を眺めていた。
「今日も満月が綺麗だよ」
窓の向こうには月の光に煌めく波が見える。
「彩香の体温を始めて背に感じたのも、満月の夜だったね、背負った時、軽くて驚いていたんだよ、あの時は随分華奢だと思っていたけど、こうして、お腹の中の子が育ってきて、ふっくらしてきた彩香が見れるとは思っていなかったなぁ」
龍志朗が彩香の頬を撫でていた。
「彩香と家族になるなんて、思っていなかったなぁ、あの頃は」
龍志朗が彩香のお腹をそっと撫ぜた。
ぴくりと、お腹の中が動く。
「そうだね、もう直ぐ君も家族になるね、会えるのを待っているからね」
その声に応えるかのように、のっそりとお腹の中が動いた。
「3人で、この綺麗な月を見たいね」
龍志朗が彩香の頭を撫ぜた。
月の光に煌めく波もまた光となっていた。
光は窓の向こうからこちらに淡く届く。
「・・・れ・・・」
「えっ?」
龍志朗は、自分以外の声が聞こえたような気がして、体が強張るのを感じた。
「き・・・れ・・・い・・・」
「あ・・・やか?」
気のせいかと思っていたが、今度は掠れながらも焦がれていた声を聞きとれた。
龍志朗が体を折って彩香の顔を覗き込んだ。
潤んだ碧い瞳が龍志朗を映していた。
「彩香、彩香」
嗚咽を漏らしながら、龍志朗はぎゅっと抱えていた腕に力を入れ、そのまま彩香を胸に抱き込んだ。
「りゅう・・・し・・・ろうさま」
己の腕の中から、身動ぎし、掠れた声で龍志朗の名を呼ぶ彩香がいた。
「ああ、彩香、水を飲むか?」
腕の力を緩め、彩香に問い掛けて、ソファに凭れさせる。
側のテーブルに手を伸ばしグラスに水を注ぎ、彩香の口元に近づける。
少しずつ傾けいけば小さく喉が動いた。
龍志朗は彩香が生きていると実感し、体が熱くなる。
「龍、志、朗、様」
彩香の龍志朗を呼ぶ声。
どれ程、望んでいただろう。
自分を呼んでもらう事を。
「彩香、ああ、良かった、気が付いて、どこか痛むか?気分はどうだ?手は動かせるか?脚は?ああ、彩香、彩香」
龍志朗は彩香の正面に体を向け、片手を彩香の頬に当てたまま、もう片方の手で彩香の体のそこここに手で触れ、確認していた。
最後は両手で頬を挟んでいた。
「痛、くは・・・ない、です・・・」
彩香が頬を挟まれたまま、小さな声で応えた。
「そうか、痛くないか、良かった」
彩香がゆっくりと手を上げ、龍志朗の頬に触れ、その目尻へと指先で辿り、流れてきている涙を拭った。
「あ、私は泣いていたのか」
龍志朗はあまりに嬉しくて彩香に気が集中し過ぎて、自分が泣いている事に気が付いていなかった。
「龍志朗様」
彩香はまだ、状況が理解出来ず、ただ、龍志朗が泣いている事が辛かった。
「大丈夫だよ、彩香、これは嬉しく泣いているだけだから」
龍志朗が自分の頬にあった彩香の手をそっと包みながら外していく。
ふわりと、彩香が笑んだ。
「彩香」
「龍志朗様」
龍志朗はあまりに綺麗な彩香の笑みに儚さを感じ、消えてなくなるのではないかと、怖くて慌てて呼びかけた。
直ぐに呼び返してくる声に心が落ち着いた。
「彩香、雪乃も心配していたから、呼ぼう、皆、皆、彩香の事を心配してたよ、彩香が、気が付いてくれて、皆も喜んでくれる、本当に、本当に心配してくれて・・・」
龍志朗も、込み上げてくるものが言葉を詰まらせる。
彩香の側を離れたくないので、大声で雪乃を呼んだ。
雪乃が何事かと慌てて来た。
「坊ちゃま、どうされました?」
彩香をソファに座らせて、その前に屈んでいる龍志朗の体勢を不思議に思いながら、雪乃は声を掛けた。
「雪乃、彩香が・・・彩香が・・・」
小さな頃に見た切りの、龍志朗の泣いた後の顔に息を飲んだ。
雪乃は一瞬で血の気が引いた。
龍志朗に言われ彩香の方に目を向けると、ゆっくりと彩香が振り返った。
「彩香様・・・」
振り返った彩香の瞳が雪乃を捉えていた。
「彩香様、彩香様・・・」
雪乃が彩香の足元に駆け寄り、その手を握って見上げていた。
「雪乃・・・さん」
彩香が小さな声で呼びかけた。
「はい、はい、雪乃でございます、ここにおります、ああ、彩香様、よく・・・よく・・・お目覚めで、お待ちしておりました、ええ、信じておりました、雪乃はきっと、お目覚めになると信じておりました」
ぽろぽろ溢れる涙を拭う事も無く、雪乃は彩香を見上げていた。
「雪乃、彩香はまだ、声があまりでない、白湯を持ってきくれるか、水は少し飲んだのだが、白湯の方が良いかもしれない」
龍志朗が人心地付いた雪乃に頼んだ。
「はい、今、持って参りますね」
もう一度、ぎゅっと彩香の手を握ってから離し、台所へと雪乃が向かった。
「彩香、座っているのも辛いだろ?ほら、私が支えていよう」
龍志朗が彩香を抱き上げ、膝に乗せてソファに座った。
「龍志朗様」
「ん?」
「ありがとう・・・ございます」
「ああ、こうして支えているから寄りかかれば良い」
龍志朗の胸に彩香が頭を寄せた。
雪乃が白湯を持ってきた。
「彩香様、白湯をお持ちしました」
頭を起こし、ゆっくりと雪乃を見た。
龍志朗が雪乃から白湯を受け取ると、片手で彩香の口元に寄せる。
彩香も両手を湯呑に添えて、ゆっくりと飲み始めた。
体の中から温かいものが広がっていく感じがした。
「ふっうぅ」
溜息とも何とも言えぬ声が彩香から漏れた。
瞳はまだぼんやりしていた。
「彩香、腹が減っている感じはあるか?」
龍志朗が飲み終わった湯呑を雪乃に返し、彩香の顔を覗き込んで尋ねる。
「あまり・・・」
彩香が悩む様に小首を傾げる。
「そうだろうな、まだ、意識が戻ったばかりで、よくわからないだろう、一先ず、ベッドに横になろう、その間に式を飛ばして連絡するから」
龍志朗が彩香を抱えたまま、彩香の部屋に向かう。
掛布をめくり、そっと彩香を寝かせると掛布を戻す。
彩香が立ちあがった龍志朗を目で追う。
「大丈夫だよ、そこから隣の部屋に行って、式を飛ばしてくるだけだから、雪乃がついているからね」
彩香はこくりと小さく頷く。
龍志朗がベッドから離れると、雪乃が側に寄ってきた。
彩香が一度瞬きをする。
掛布の中の手をそっと雪乃が握った。
「彩香様、坊ちゃまは直ぐお戻りですから、大丈夫でございますよ、直ぐです、直ぐ」
雪乃が彩香の手をそっと撫でながら、ゆっくりゆっくり、言葉をつなぐ。
「父上、彩香の意識が戻りました、これから、各方面に式を飛ばします、今の処、問題はなさそうです」
式に言い含めると、飛ばした。
同じ様に、柊医師、森野家、待っていてくれる対馬、代わりを務めてくれている北へと、礼と共に言葉を式に乗せて飛ばした。
彩香の部屋へと内扉から戻る。
大丈夫、だったかな?
少しでも皆様の気晴らしになったら良かったです。
引き続きよろしくお願いします。




