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海に月の光が梳ける時  作者: 稜 香音
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5

続々と・・・

「どうだった?」


無いのだろうと思いながらも、もしかしてと思いながら、問い掛ける柊の声は低い。


「今日も変わらず順調でした」


応え難いと思いながら同じ言葉を答える。


「そうか」


悪くなっていないだけ、良かったとは思えなくなってきている自分に蓋をする。


「ええ、でも、胎動もありましたし、顔色も相変わらず良かったです、汗もかくことあるらしいですよ」


檜は僅かな光を声に乗せる。


「そうか、代謝機能も落ちていないんだな」


「ええ、皮膚の張り具合も変わりません」


柊は救急の合間に後輩で彩香の点滴を担当している檜医師を訊ねていた。


「そう言えば、杉先生が行った時に『低燃費』と言われたらしいですよ、月夜さんに」


不意に浮かんだらしい言葉を告げる。


「低燃費?」


唐突過ぎて接点が見えない柊が瞬く。


「ええ、何でも、月夜さんが彩香さんに以前、食が細いのに随分動ける様な話をした時に、本人から言われたそうです、『私、低燃費なので』ってだから、今もこんな栄養の摂り方でも順調なのではないかと杉先生に話されたらしいですよ」


檜は杉から聞いた時に意外過ぎて驚いた事も伝えたかった。


「低燃費、ねぇ、成程、食は細かったって、そう言えば紅緋が実家から聞いてきていたな、そんな事も要素になるんだな」


全く思いもしない言葉を聞いて、新鮮な驚きを感じた柊だった。


「そうですね、何がプラスに働くかわかりませんよね」


「そうだな、よろしく頼むな」


「はい、勿論です」


一瞬が過ぎれば、厳しい現実が纏わりつく。


柊が悲しそうな笑みを浮かべて、立ち去って行った。






 「私は来るべき時が来たら、彩香を優先します」


「そうか」


冷たい空気に肌が切れそうだった。


彩香に出会う前の龍志朗と龍斗に戻ったようだった。


緊張して、固い声の龍志朗と、見えない壁があるように感じていた龍斗。


そう、ほんの少し前までと同じ。


「・・・良い、のですか?」


父から他の言葉が出て来るのを待っていたが、何も告げられなかったので、先に沈黙に耐えられなくなったのは龍志朗だった。


「他に、選べるのか?」


龍斗も心に鉛を乗せられた様な声で尋ね返した。


「いえ、・・・選べません」


強張りは無くなったが、低い声は変らない。


「そうだろう、そう言う事だ」


想いが深い分声も深い。


「ありがとうございます」


温かくはなったのだが、重たい場に変りはなかった。


多くの言葉を交わさなくても、それが何を意味する事なのか、お互いが知り尽くしている。


まだ、希望を捨てた訳では無い。


二人とも望む事は一緒だ。


それが、薄氷の希望としても、『彩香も子も』望んでいる。






 「おかえりなさいませ」


雪乃が出迎えてくれる。


「ただいま、彩香は?」


何事も起きてなかった様に聞く。


「お変わりございませんよ、ゆっくりされております」


まるでサンルームでお茶を飲んでいるかの様に雪乃は応える。


「そうか」


上着を脱いで、手を清めれば、いそいそと彩香の部屋に行く。


ベッドの上で静かに寝息をたてている彩香を見れば、安堵した。


「彩香、私は、何があっても彩香を守るからね、父上も了承してくれた、でも、それは子を諦めるという事ではないからね、きっと二人とも無事に会えるようになるから、もう少し待っててね、皆が願ってくれているのだから、きっと、会えるよ」


彩香の髪をそっと撫でながら微笑みかける。






 「思っていた以上に負荷が掛かる方法でしたね」


会議室に入れば張り詰めた空気が痛い程だった。


日向桔梗が演台に立てば、あからさまに悪意を向ける者もいた。


発表が進む程、空気が変った。


この短期間でこなした実験数の多さと手技の多さに驚かれた。


分かる者程、顔が引きつる。


いくら『研究者』と言っても1日の時間は同じしかない。


『血塗れの亡霊』は噂ではなく、『血塗れの研究者』だったらしい。


結果を出してきた。


それも、真似が出来ない程高度な術だ。


「そうだな、でも、今のところ深水室長の手段が一番近いだろう」


情報共有という事で話があったのは深水の所だけだった。


他はまだ、発表出来る程では無いという事だ。


「そうですね、あそこまでの技術は日向さんと、深水室長の魔力量と技量ならではでしょうか?」


「日向さんの技術なら柊先生でも同等でしょうが、深水室長程の魔力量と合わせてですからね」


「ああ、何度も手合わせしていないと、厳しいな」


発表された術は二人掛かりなのだ。


どちらも高度な技術と豊富な魔力量を持って、息を合わせて進めないと、母体と赤子の両方が救えない。


「でも、あのまま、進めて頂ければ、確かに、ぎりぎり産み月には間に合うでしょうね」


この件は期限があるのだ。


皆がそこに向かっての時間軸で動いている。




「そうだな、森野先生のところでも良い結果は出てないようだし、一番近いだろうな」


森野と柊は会えばこの話だ。


「切迫した感じがしたからな」


「何故でしょうね、流石に今更後釜を狙ってはいないでしょうけど」


「良心の呵責ですか?」


自分達も方法を探ってはいる。


出来てはいないのだが、決して手を抜いている訳では無い。


それでも尚、自分達の方が日向桔梗から気概を受けたのだ。


「否、義父の話では少し違うようだ」


柊が緊張を解いた穏やかな顔をする。


「そうなんですか?」


意外な話の続きが気になった。


「ああ、願っているそうだ、彩香ちゃんと龍志朗と子が笑顔になる事を」


自分の願いと同じなので、和かい声になる。


「えっ」


「何か、一番遠い人の様に感じますが・・・」


二人とも目を見開き過ぎて落ちそうだ。


「彩香ちゃんの言葉に救われたそうだ」


柊はその反応をもっともだと思ったので、納得するだろう理由を教える。


「彩香ちゃんの・・・」


「彩香ちゃんですか・・・」


どこか恥ずかしそうに、それでいて可愛らしい笑みを浮かべる彩香を思い出していた。


「良い子だからね」


「そうですね」


「良い子です」


深水から打診があって臨床医療側との情報交換会が行われた後、感慨深そうに柊や杉、檜らの臨床医も話し込んでいた。



大丈夫、だったかな?


少しでも皆様の気晴らしになったら良かったです。

引き続きよろしくお願いします。

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