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めげずに読んで頂けるとうれしいです。
「彩香、今日は天気が良いから、ここで過ごそう」
彩香の返事は無い。
龍志朗は暫く軍を休む事にした。
龍斗は本邸に一緒に来いと言うのだが、龍志朗は彩香が気に入っているこの海が見える別邸に居た方が良いと譲らなかった。
あの日以来、龍志朗は片時も彩香から離れなかった。
落ち着いて考えたら、もしかしたら、自分が助かった対価を彩香が負ったのではないか思った疑問。
月海一族のお陰で助かったのなら、対価を払えるのは彩香だけになる。
「俺が生きるために、彩香の身が・・・」
そう、考えると、我が身を切られるよりも心が抉られた。
だから、彩香を取り戻すために、出来る事をする。
「彩香、ほら、海が綺麗だ」
ふわっと彩香の頬を海風が撫でる。
龍志朗が彩香を抱えたまま、ソファに座って海を見せていた。
「今日も様態は落ち着いていらっしゃいますね」
意識の無い彩香に栄養を摂らせるため柊医師の部下の杉医師と檜医師が交代で別邸に来てくれていた。
「毎日ありがとうございます」
日々、繰り返されている言葉に慣れてきた龍志朗だった。
「いえ、こちらとしても改善の手段が無くて申し訳ありません」
少しも前進が見られないのに、お礼を言われ、いつもながらバツが悪い杉だった。
「否、それは仕方が無い事ですし、柊先生や森野先生も時折お見舞いに来て頂きながら研究のお話をされていきます」
多くの方に支えられていると実感する事もある。
龍志朗には心からの感謝の言葉だった。
「ええ、今、軍の医療部はもとより、医療界上げてあらゆる方面から研究しております」
尊敬する人の名を聞けば背筋も伸びる。
「ありがとうございます、まだ、産み月まで、間がありますから・・・」
それは儚いが希望の持てる時間があるという事だった。
今の処、彩香の意識が戻らないが、お腹の子供も順調に生育しているとの事で、差し迫った危機は訪れていない。
どうにか産み月までの間に、彩香の意識を取り戻すか、意識の無いままでも、出産を無事に出来ないだろうかと、治療方法や薬の開発が進められていた。
「本当に、これだけしか栄養を摂り込んでいないのに、お腹の子も正常に発育しているようなんですよね、検査結果も彩香さんの肌の色艶も問題ないようなので、心配していた低栄養にも陥らなくて、そこは安心しております」
手元の患者に目を向ければ良好な様態に安堵する。
「ええ、以前彩香が言っていた、『私、低燃費なので』という言葉がこんな時に活きてくるとは思いもしませんでした」
彩香との会話を思い出せば自然と口元が緩む。
「成程、それは、納得ですね」
杉医師から納得の笑顔が零れた。
「もう少し、何とか」
桔梗は今日も血塗れになって実験をしていた。
「少し休んだらどうかな?」
そんな桔梗を心配そうに深水が宥める。
「でも、まだ術式が定まらなくて、もっと大型の動物の実験にも進めなくて」
眉間に皺を寄せ、かつての美貌は見る影もない。
「否、せめて一息入れよう、倒れてからでは遅い」
穏やかな深水が珍しく語気を強めた。
「でも、間に合わせたいの、どうしても間に合わせたいの」
陶器の様な白い肌は、睡眠不足の熊が色濃く浮き出て、青白い肌と対照的だ。
艶の無い髪は無造作に結われていた。
「その気持ちはわかっている、でもね、まだ、日にちがあるから、まだ、産み月まで時間があるから、焦らないで」
深水は何度も宥めている言葉を繰り返す。
「あの人が言ったから、私に言ったから、『貴女に言われた言葉にとても傷ついたのも、辛かった事も消える事はありません、無かった事には出来ない、でも、貴女にも幸せになって欲しいです、私は貴女が幸せになる事を願ってます』そう言ったから、あんな、あんな事言った私に、そのせいで、あの人あんな辛い目にあったのに、許すとは言われなかったけど、許されるとも思っていなかったけど、幸せになって欲しいって言ってくれたから、だから、あの人がちゃんと赤ちゃん産んで、一緒に幸せになって欲しいの、だから・・・」
「ああ、そうだったね」
深水が、涙をぽろぽろと零しながら華奢な体を震わせて語る桔梗の肩をそっと抱きながら、頭を撫でる。
「さ、手を洗って、座ろう」
そっと実験器具を桔梗の手から外し、そのまま流しに連れて行く。
桔梗の父は医療魔術軍所属でもあり、臨床研究の実力者でもあった。
桔梗も若くても技術と知識は買われていたので、今回の彩香の事も最優先研究とされており、師である深水や他の研究室員と共に進めていた。
しかし、他の研究員とは気迫が違った。
周りの研究員も『昔の恋敵のために何故?』と疑問に思いながら、一緒に進めていた。
同じ軍属という事で、偶然、数か月前にそんな接点があった事は深水しか知らない。
否、彼女たちには必然だったのだろう。
彩香、一個人のためだけでは無く、この研究の応用が多くの患者を救う事になると、説明されて医療魔術軍でも、薬師界、医療界でも優秀な頭脳が多く充てられていた。
出産が女性の命懸けの時代でもあった。
「森野先生、この薬の解析データここに置いておきます」
ぱさりと紙の音がした。
「ああ、ありがとう、結果どうだった?」
身体を半身だけ向ければ、暗い顔が見えた。
「明確な有意差無しですね」
「・・・駄目かぁ」
答えなければならないが、何度も悪い結果を報告するのは気が重い。
聞かなければ良かった答えでも、聞かない訳にはいかない。
「ああ、でも、前回よりは今回の薬物の方が末端の反応有りですが、胎児への影響が心配ですね、量が多いので」
一筋にも満たない光の話だ。
「やっぱり、そこだなぁ、比較しても、状態の正確な再現が出来てないから、確信もてないよな」
誰よりも期待したい人達なのに、誰よりも厳しく見ないといけない医療者達だった。
「そうですね、原因が解ってないですもんね」
「ああ」
少しでも可能性のある薬物実験の解析を続けている。
そもそも、可能性のある薬物自体見つけるのが困難で、その探索を続けながら、傍らで投与実験を実施していた。
「何か・・・何か、あるはずだ」
そう呟いて次に目を向ける森野雅也の顔色は悪かった。
大丈夫、だったかな?
それぞれの思いが出てきます。
少しでも皆様の気晴らしになったら良かったです。
引き続きよろしくお願いします。




