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海に月の光が梳ける時  作者: 稜 香音
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ちょっと、嫌な感じの場面があります。

しっかりフォローが入りますので、この回だけでも安心してもらえるかなと思いますが、

”ちょっとも嫌!!”と言う方はスルーして下さい。

それから、たまに初めて出会った、軍の敷地内の公園で、見かける事もあるが、龍志朗が一人でいる事はないので、会釈をするだけですれ違う日々だった。


 ある日、仕事が立て込んで、帰りが遅くなった龍志朗が、見上げた夜空に満月が輝いていた。


「満月か、明るいわけだ」


満月かぁ、満月・・・満月・・・、何と無く嫌な予感がした。




「どうしたの?彼女、一人なら遊ばない?」


恐ろしく軽薄な声が静寂を破る。


驚いて振り返った彩香は、見知らぬ男がすぐ後ろにいて、怯えた。


「あれ~泣いてるの、可哀そうに、俺達が遊んであげるよ」


手を掴まれそうになったので、咄嗟に後退りしたため、海に入ってしまった。


「ほらほら、そっちは海だから危ないよ~」


男二人はいやらしい笑いを浮かべながら彩香に迫る。


「楽しい事をしようよ」


彩香は少しずつ、避けるように海に入って、後退りしていった。


「海はまだ冷たいよ、手を貸してあげるから」


男の一人が伸ばした手に彩香の袖が摑まれる。


「ひっあっ」


彩香は息を飲みながら腕を大きく動かすと、男に摑まれた袖口から布の避ける音がした。


「何だ、そういうのが好きなんだ」


袖が破られた代わりに、手は離されたが、男の目に明らかに今まで違う色が纏った。


「ほら、こっちもしようか」


反対の手を掴まれそうになった。


恐怖に顔から色を失くした彩香は、更に沖へと逃れようとするが、足が思うように動かない。


片方の男が構わず海に入ってきて、彩香を海から引きずり出し、そのまま、浜辺に数歩歩くと、力任せに腕ごと彩香を砂の上に放った。




「いっ」


彩香は短い悲鳴をあげた。


放られた腕も痛んだが、砂に打ち付けられた尻や腰も痛かった。


無意識に身を縮めていた。


「これから気持ち良くさせてあげるから」


「とっても楽しくなるよ」


「何度でも良くしてあげるよ」


「お互い気持ち良くなるんだから、良いよねぇ」


歪んだ男の顔が近づいてきて、その湿った息が顔にかかり、彩香は恐怖で声も出せなくなっていた。


男に両足首を強く摑まれ、反射的に脚を自分に引き付けようと、身を捩って抵抗しても、男の力は強く、脚を真っ直ぐに伸ばされてしまう。


スカートがその勢いで膝上まで捲れ、白い脚がむき出しになった。


別の男に片手で両手首を掴まれ頭の上に引き上げられ、残った片手が彩香のブラウスの襟へと伸びて来る。


彩香は全身が凍り付き、固く目を瞑った。






龍志朗は浜辺に着くなり、舌打ちをして、指を鳴らした。


「うっ」


「はぁっ」


恐怖に怯えていた彩香は、大きな物音に肩が跳ねた。




「彩香」


龍志朗が倒れた男を超えて、彩香の側に膝を付く。


聞き覚えのある優しい声に固く瞑っていた目を恐る恐る開いた。


その両手足首から強く握られていた感覚が無くなった代わりに、背中に逞しい腕が通され、そっと上体を起こされた。


大きな手にそっと包みこまれて、自分の手が胸元に降ろされた。




「ああ・・・」


開いた碧い瞳から雫が溢れた。


龍志朗はその雫を指で拭いながら、スカートの裾をさり気なく直して、彩香の全身に目を配った。


「怪我は?痛むところは?」


彩香の背中に腕を回し上体を支えながら、顔を覗いた。


「だ、だい・・・じょうぶ・・・です・・・」


彩香は喉が張り付いたように声が出し難かったが、龍志朗に答えた。


「怖かったな、もう大丈夫だ」


龍志朗は彩香の背中の砂を払い、自身の上着を脱いでその肩にかけ、胸に彩香の顔を寄せ、頭を撫で続けた。




上着から伝わる龍志朗の匂いに包まれ、頬から伝わる龍志朗の体温に寄って、彩香の心に温もりが甦った。


「立てるか?」


龍志朗は彩香から少し離れ、腰を抱いて立ち上がらせた。


ふらつきながらも立ち上がった彩香の砂を払った。


「これだけか?」


龍志朗が彩香の破れた袖ごと手首を持ち、尋ねた。


こくりと小さく頷き、俯いた。






頭の上に大きな溜息が降りて来た。


「夜に一人で出歩くなど、危ないことはしない方が良いと、言っただろう」


龍志朗も落ち着いたのか、少し怒気を含んだ声だった。


「も、もう・・・、し・・・わけ・・・あり・・・ま・・・せん」


龍志朗の胸に抱かれて安堵し、涙も止まっていたが、言われれば、止められていた事を思い出し、悪い事をしていたのだと、自分の愚かさに身が竦んだ。


龍志朗が怒るのは当然だと、紙より白い顔は俯き、体が小刻みに震えた。


他に言葉が見つからず、震えながら絞り出す声は小さい。


「も、もう・・・、しわけ・・・あり・・・ません」


繰り返し同じ言葉しか出て来ない。




もう一度大きな溜息を龍志朗が吐き出していたが、その黒い瞳に怒りの色は無い。


彩香の碧い瞳は、今度は零すまいと懸命に涙を堪えている。


「間に合って良かった、無事で良かった」


龍志朗は言葉が漏れ出たように、何度も良かったと繰り返した。


その言葉に恐る恐る、彩香は顔を上げて見た。


彩香が映る瞳に怒りの色は見られなかった。


龍志朗が、心から安堵した顔を彩香に向けた。


雫が一つ零れた。




零れた雫を指で拭いながら、龍志朗が彩香に問いかける。


「あの後も、また来ていたのか?」


「いえ・・・、今日、始めて・・・」


彩香はまだ震えながら、小さな声で龍志朗に応える。


龍志朗が安心させるように、彩香の頭を撫でながら側に寄せる。


「満月を見て嫌な予感がしたんだ、来て良かった」


優しい手は彩香に温もりを伝える。


その優しさにまだ、不安を覚える。




「今日も背負っていくか?」


龍志朗は屈んで彩香の目線に合わせた。


「お前の大丈夫は当てにならないからな」


それを聞いて彩香は真っ赤になって顔で俯いた。


龍志朗は彩香のその様子を見て、喉を鳴らして小さく笑っていた。


「白かったり、赤かったり、忙しいな、お前は」


龍志朗は笑ったまま、呟いた。


俯いたままの彩香に、龍志朗の顔は見えないが、声音の優しさが聞こえて来る。


「ほら、帰るぞ」


言い終わらないうちに龍志朗は彩香を背負った。


「はい」


龍志朗の首に腕を回し、ぎゅっと縋りついた。






「ど、どう、しよう・・・」


今朝、目覚めてみれば、彩香は体中に鈍い痛みを覚えた。


覚めきらぬ頭で、それが、ベッドで寝ておらず、床の上で、ベッドに凭れて眠ったせいではなく、昨日、乱暴されかけた為だと、思い出し、鎮静薬の塗薬をと思って起き上がった時に、肩から滑り落ちた物が、魔力軍の制服の上着、と認識して、漸く、頭が覚めた。




「ああ、借りた、まま・・・」


昨日、また、助けてもらった。


両手に持って向き合ったまま、固まっていたが、不意に顔を埋めてみた。


優しい龍志朗の匂いに包み込まれる。


身体全体が、ふわっとしたものに包まれるような感覚になる。


ふわふわとふわふわと・・・




「はっ、こんな事している場合では無い!」


そう、軍の制服であれば、毎日着る物であろう、勿論、替えが無い訳では無いだろうが、必要な物の筈であり、自分が持っていて良い物では無い。


「どうやって、返そう、入れる袋は、あ、何か外から見えないように包まないと、あ、でも、そんな、包装紙みたいな高価な物ないし、あ、夏用のリネンが、あ、でも、絹でないけど、ああ、袋、ああ、これ、紙質が悪い、ええ、これ可愛すぎる?ああ、これなら、うう、こっちなら、ええ、これで、でも、どうやって返そう?訪ねる訳には、行かないわよね?誰それって?周りから見られちゃうし、ご自宅は知らないし、森野家に持って行ったら変だし、師に頼む?いや、まさか師を使うなんて、そんな恐ろしい・・・ええええ・・・」




『彩香、母国語くらい、伝わるようにしようか』


そんな天から仏様の声が聞こえるかのような、狼狽えぶりでした。


ぶつぶつと独り言葉を発しながら、狭い部屋中、ひっくり返して物を探し、朝ご飯も食べずにどうにか、上着を収めた包みを持って部屋を出た。


仕事場に着いてから、体中の痛みを再認識させられた。






「坊ちゃま、おはようございます」


「ああ、雪乃、おはよう」


「坊ちゃま、上着をどうなされました?」


「失くした」


「えっ、置き忘れでしたら、雪乃が取って参りますが?」


「いや、いい、代わりがあるだろう?」


「はい、替えはございますが・・・」


「じゃ、今日はそれで」


「畏まりました、“取りに”はよろしいのですね?」


「ああ」


「はい、では、朝ご飯を」


「ああ」


釈然としなくても、日常を恙無く進める雪乃の姿と、心は別の事に想いを馳せている龍志朗の朝であった。




出勤する為に靴を履きながら龍志朗が雪乃に声を掛けた。


「雪乃、女性物のブラウスを1枚用意しておいてくれ」


「えっ、ブラウスですか?」


無表情のままの龍志朗から発せられた言葉に、瞳が零れるのではないかと思うくらい大きく雪乃の目が開かれ驚きを隠さなかった。


「そうだ」


「どの様な物を?」


困惑したまま、雪乃が龍志朗に問い掛ける。


「適当に見繕ってくれ」


「はいぃ?お年頃は、体形は?せめてそれくらいのご情報は、頂きとうございますが・・・」


「17歳で、小さくて細い、」


「畏まりました、お若いお嬢様の外出着ですね、可愛らしい物をご用意致します、英国屋が女性物も扱うようになったと、先日連絡して参りましたので、早速、本日行って参ります、お昼にお届けに上がりましょうか?」


「いや、そこまでは急がない、清楚な物が良い、だろう、たぶん、行ってくる」


「いってらっしゃいませ」


頬に少し朱が見られる龍志朗は、振り向かずに、出て行く。


それを見送りながら、口角が上がりっぱなしの雪乃であった。


「急がなくては!」


満面の笑みを湛え、誰にともなく宣言をした、仕事の早い雪乃であった。

大丈夫、だったかな?


少しでも皆様の気晴らしになったら良かったです。

引き続きよろしくお願いします。

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