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海に月の光が梳ける時  作者: 稜 香音
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結び編1

最終章「結び編」です。

よろしくお願いします。

「大丈夫でしょうか?」


「大丈夫でございますよ、坊ちゃまはお強いですから」


「それはそうだと思うのですが・・・」


彩香は言いようの無い不安を胸に抱えていた。


雪乃は懸命にその不安を取り除こうとして、彩香に微笑む。


また、(いくさ)が始まったのだ。






 数か月前、国境の海域に不穏な動きがあった。


長い間戦いを繰り返してきた、海の向こうの国。


先の戦でも、彩香の一族・彩望を犠牲にして辛うじて勝った戦いだった。


その相手国が、また、動いたのだ。


国境付近を、敵の戦艦が頻繁に出没するようになり、その大砲が常にこちら側を狙っているように見えたのだ。


日増しに増えて行く目撃報告に黙っている訳にはいかなかった。


巡視船を増やして監視を強め、こちらも対戦できるだけの戦艦の航行もしていた。


ついに一定の距離を保っていたところ、向こうから砲撃された。


術者が同乗していたので、瞬時に結界を張り、こちらに犠牲者が出た訳では無いが、それでも、仕掛けられれば迎撃する。


龍志朗達、特殊部隊が呼ばれ、戦場に向かう。


始まってしまったのだ。




 「ご武運をお祈り致します」


「ああ、早く片付けて戻ってくる、腹の子に(さわり)の無い様に」


「ええ、早くご無事にお戻り下さい、この子とお待ちしております」


戦に向かうため、龍志朗にも出撃の命が出ていた。


数日の準備の日の中、細やかな日常である。


彩香のお腹の中には龍志朗との初めての子が宿っていた。


まだ、2ヶ月と安定している訳では無いので、知る者は限られているのだが、皆は心待ちにしていた。


本邸にいる者達も皆、夫人である(ゆかり)が亡くなってからの悲壮な本邸が、彩香が来てから春の陽射しの様に変った邸内を喜んでおり、今度は更に明るい話題と、手を取り合わんばかりに喜んでいた。


過保護な龍斗は龍志朗が戦地に赴いている間、大事をとって本邸に雪乃と共に来るように再三言っていたが、一先ずは別邸にて待ち、長くなるようでしたら、本邸にと、答えていた。


必ず龍志朗は彩香の元に帰ってくると、互いに信じて見送った。






 龍志朗が戦地に赴いてひと月程経った頃、突然、その知らせがきた。


「えっ」


「本当に、なんて・・・申し訳ない、守り切れなかった・・・う、海を、出来るだけ広く探したんだが、見つけられずに、戻ってきてしまった」


トン、っと彩香が膝から崩れ落ち、その場に座り込んだ。


闇に包まれて、辺りはもう月が輝いている頃、龍志朗と一緒に戦地に赴いている筈の対馬が突然、彩香が留守を預かっている別邸に訪れた。


「龍志朗様が・・・」


「最後の攻撃となった時に、龍志朗が深追いして、もう、俺の防御が届くぎりぎりだったから、戻れと言ったんだが、後、一息で止めが刺せると、二度と戦など起こす気にならないくらいの止めをと、最後の攻撃を打ったところで、防御が外れてしまって、相手の最後の攻撃を喰らってしまって、海へ落ちていったんだ、敵はそのまま艦隊ごと燃え尽きて、先に逃げていた船だけが逃げたと思うんだけど、そこに戦力はもう残っていなかったから、龍志朗が落ちた付近まで戦艦を進めて探したんだが、見つけられなくて・・・」


「そんな・・・」


「ほんとに、俺の力が足りないばかりに、何と・・・」


雪乃が座り込んでいる彩香の背中を支えていた。




『早く戻ってくる』


『体調はどうだ?』


『彩香の傍にいる』


「いやぁぁぁぁ」


優しい龍志朗の笑顔と声が目の前に広がっては消えて行く。


彩香の頬を止めどなく雫が伝わっている。




彩香は別邸を出て浜辺へと駆けだしていた。


「あ、彩香様」


雪乃の手から離れた彩香の背を追うように声を上げた。


対馬も慌てて追いかける。


満月が水平線の上に輝いている。


月の光が波間に揺れて一直線にこちらに向かっていた。


彩香は波打ち際に膝を付いていた。


両手を海の中に付いて、足に波が寄せて来る。




『ずっと一緒に居て欲しい』


『彩香、愛している』


『彩香の事は守る』


満月の光の中、龍志朗の顔が浮かび、優しい声が聞こえる。


ほんの少し前の事なのに、今、どうして、龍志朗様が自分の傍に居ないのか、彩香の心が追い付かなかった。


対馬が言った事が本当ならば、あの優しい時は戻らない。


幸せが指の隙間から零れて落ちて行く。


溢れる涙は海へと落ちて行く。


「りゅ・・・りゅう・・・りゅうしろうさま・・・」


涙でむせ返る中、その名を呼んでも返事は無い。


「りゅうーしろうーさまー」


満月に向かって彩香が龍志朗の名を叫んだ。


その時、満月からの光が鋭く細い刃の様に彩香の体を無数に通り過ぎる。


赤く細い線が彩香の腕に、頬に、胸に、足に刻まれて行く。


無意識に彩香は己の腹を腕で包み庇った。


容赦なく彩香の服も刻まれ、なおも赤い筋が増えていく。




目の前で、海が割れた。


満月の下の水平線から、水で包まれた繭の様な物が割れた海の上をすべる様にしてこちらに向かってきた。


彩香は痛みの感覚よりもその光景に目を奪われ、向かってくる繭を一心に見つめた。


繭が彩香の目の前に辿り着くと、声が聞こえた。


『届けたよ』


それは懐かしい様な温かい声が、耳に届いたというより、心に聞こえた様に思えた。


繭の水の膜が左右に流れていくと、中から龍志朗が現れた。


月の光が眩しいのか、目を(すが)めて開き始めて、ゆっくりと起き上がってくる。


「りゅう・・・し、ろう・・・さま・・・」


目の前の光景が信じ難く、彩香は自分が龍志朗の名を呼んでいる自覚も無い。


「あ・・・やか・・・」


龍志朗も何が起きているか理解が出来ず、ただ、目の前にいる彩香が無数の傷を負っている事に気が付いた。


「彩香、その傷」


動きの鈍い自身の体を引きずるように彩香の前に行き、その肩に手を伸ばす。


「龍志朗様」


彩香もどんな理由であれ、龍志朗が自分の元に帰って来てくれたのならそれで良かった。


彩香も伸ばされた龍志朗の手を掴みその温かさを感じて、涙の乾いていない顔に笑みを浮かべた。


「彩香」


龍志朗が彩香の手を取り、片手でその背中ごと抱きしめて、温もりを分け合った。



だが、腕の中に抱きしめた彩香が突然意識を失くして崩れていった。


「彩香、彩香」




慌てた龍志朗が始めてそこにいた雪乃や対馬に気が付いた様で、自分のいる場所が解ったようだ。


「雪乃、屋敷へ」


「はい」


亡くなったと聞かされていた龍志朗が生きて帰ってきた。


しかし、今、彩香が倒れた。


慌てる心を押さえつけながら、雪乃も屋敷へ向かう。


対馬もそれに追随する。


龍志朗が抱えている彩香の体温はまだ温かいままだ。


その顔に苦痛は感じられない。


だが、いくら呼びかけても反応は無い。


彩香を着替えさせてベッドに寝かせていれば、やがて、対馬が呼んでくれた医師がきた。


無数の傷はいずれも浅く、後に残る様な傷も無いと言われ、お腹の子も異変は見られない。


何故意識が無いかわからないが、命に別状は無く、物理的な障害はなさそうだとの事だった。




 龍志朗が彩香の側に居るので、代わりに対馬が龍斗に連絡を取り、慌てて龍斗が別邸にやってきた。


「龍志朗・・・」


流石の龍斗も言葉が繋がらず、ただ、龍志朗の肩に手を置き、しっかりと掴んだまま立ち竦んでいた。


そんな中、海辺の出来事を対馬が龍志朗や龍斗に話、月海一族のお陰かという結論に至ったのだが、それなら、彩香のこの状態は何故かという疑問は残ったままだった。


唯一の一族の彩也は既に他界している。


命に別条がなく、お腹の子も順調であれば、暫く様子を見て大事にする以外ないという事になった。

大丈夫、だったかな?

前回の絆編より、少し時間が経ってからの設定です。


少しでも皆様の気晴らしになったら良かったです。

引き続きよろしくお願いします。

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