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海に月の光が梳ける時  作者: 稜 香音
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可愛いです

もうすぐ晩ご飯の時間と言う頃、彩香は瞼を開けた。


見慣れぬ天井に首を横に向けた。


小さなソファに龍志朗が座ってこちらを向いていた。


「目が覚めたか?」


優しい声音と共に立ち上がり、こちらに近づいてくる。


「ふぃぁ」


自分でも驚くような拙い声が出た。


「よく休めたか?喉は乾いていないか?」


くくっと、喉に笑いを含み込みながら問い掛け、優しく頭を撫でてもらっていた。


「はい、とっても眠ってしまいました、龍志朗様、いつからそこにいらしたのですか?」


思わず寝顔を見られたのかと思って頬に朱が浮かぶ。


「否、今し方、父上達が帰って、こちらに来たばかりだ」


そういうと、テーブルに戻り、果実水が入った水差しからグラスに注いで彩香の元まで持ってきてくれた。


「ありがとうございます」


そっと差し出されたグラスの果実水を両手で受け取り、飲む。


「美味しいです」


こくんと飲んだ果実水が身体に沁み渡っていった。


「良かった、起き上がれるか?」


「はい」


背中に回し支えていた腕で更に押し上げて立ち上がるのを手伝った。


「着替えたら部屋を移ろう、そこで晩ご飯を頂く事になっている」


「はい」


テーブルの横の籠に一揃い着替えが入れてあった。


それを持ち、不図、龍志朗と目が合った。


「ん?彩香が着替えたら一緒に部屋を移るぞ」


その顔はどことなく悪い笑顔が滲んでいた。


「りゅ、龍志朗様、あの、出来ましたら、きが、着替える間、扉のお外に居て、頂きたいのですが・・・」


言葉を紡いでいくうちに、頬から耳まで赤く染まっていった彩香だった。


「そうか、私は気にしないが、彩香が望むなら外で待とう」


片方の口角が上がっているその笑顔は紛れもなく、悪い笑顔であった。


「は、はい、よろしくお願い致します」


彩香は着替えをぎゅっと抱きしめて、深々と龍志朗にお辞儀をしていた。


パタンっと、静かに扉が閉まると、フッーーと大きな息が彩香から吐き出された。


「お着替え、お着替え、もう、龍志朗様ったら、絶対に、揶揄われた気がします、ほんとに、もう、もうぅ、もうぅぅぅ」


ぱたぱたと赤い顔をしながら急いで着替えを済ました。




扉を開けるとそこに壁に寄りかかっている龍志朗が、手を差し伸べてくれて、そっと手を乗せた。


案内された部屋は、晩ご飯用にテーブルと椅子が置かれて、準備されており、奥に寝室へ続く扉があった。


二人が部屋に入ると、帝の邸付の使用人が水をグラスに注ぎ、料理を運び始めた。


メインは料理長が自ら持ってきて、彩香の好きなソースをかけてくれた。


彩香用に、龍志朗の量より少なめに同じ品数が用意されていた。


その心遣いが彩香はとても嬉しくて、同じものを龍志朗と楽しめ、始終笑顔だった。


今日の甘味は、彩香の好きな、料理長特性の餡蜜が、小ぶりの椀に入っていた。


そこだけ、龍志朗の方が少ない量で、龍志朗も苦笑いだった。


「美味しかったです、本当にどれもこれも美味しくて、たくさん頂けて嬉しかったです」


彩香が頬を紅潮させて料理長にお礼を言う。


「お気に召して頂けたなら、何よりです、また、召し上がって頂く機会がありますように願っておりますので」


料理長もにこやかに応える。


「はい、ありがとうございます、是非、お願いしたいです」


弾むような声で彩香が答えた。


「良かったな、食の細い彩香がしっかり完食出来たのだから、ありがとう」


龍志朗も料理長に礼を言う。


「いえいえ、本当に美味しそうに召し上がって頂けますので、作り甲斐があります、あ、帝様が美味しくなさそうとか、そう言う事では無いのですが・・・」


料理長があまりに嬉しそうにしたので、日頃が違うと思われてもと、慌てて断りを入れてきた。


「大丈夫だ、そんな事は思っていないし、誰にも言わない、彩香は本当に嬉しそうにするから、見た目の話だ」


龍志朗も心得ていると、大きく頷く。


「ありがとうございます、彩香様は本当に楽しそうに召し上がられます」


料理長が重ねて湛える。


「だって、本当に美味しいんですもの」


笑顔が零れたままの彩香だった。


料理長が退席し、使用人達が片づけをしてくれて、綺麗になったテーブルの上に、少しの果物と果実水が置かれた。




「さて、風呂に入る、彩香はどうする?もう一度風呂に入るか?」


龍志朗が彩香に訊ねた。


「あ、どうしましょう、寝間着に着替えるから、お湯は掛けた方が良い、かな?」


お風呂から上がってそのまま眠ってしまい、起きて晩ご飯を食べただけで、外には出ていない、でも、眠る前の習慣としては・・・と普段と違う事に少し戸惑った。


「気になるなら、湯を浴びるだけでも、すっきりするだろう、先に入るか?一緒に入るか?」


その瞬間、ほわんとしていた彩香が耳まで赤くなった。


「いっ、いっ、あ、後で、ひっ、ひっ、一人で、一人で、入ります」


あまり驚きに声が裏返り、肩で息をしていた。


「わかった、では、ソファでゆっくり休んでいてくれ」


彩香の様子を見て、肩を震わせながら、それでも眉尻が下がって少し、残念そうな、愉快そうな顔の龍志朗が風呂へと入っていった。


広い湯船に浸かり、手足を伸ばす。


「ああ、まだ、無理だよな」


ぽそりと呟かれた言葉は、己の願望の行く末を思っての事だろう。


その頃、彩香はまだ、肩で息をしており、「もうぉ、もうぉ、龍志朗様は、もうぉ」と牛になっていた。




今日の疲れを湯船で癒しながら、身体の隅々まで洗い上げ、すっきりとして、風呂場から出てきた龍志朗は寝間着を浅めに着ていた。


肌が少し覗ける。


「彩香、待たせた、湯を浴びてくるか」


ソファに座って、じっとこちらを凝視している彩香に龍志朗は声を掛けた。


「は、あひ」


龍志朗の風呂上がりの肌を見てしまい、心音が脳天までこだましている彩香は、声が上ずり、言葉も思っている事と違うものが声に乗った。


「ああ、気をつけてな」


いつもと様子の違う彩香に、不安を感じる龍志朗も、声の掛け様が無かった。


そのまま、手をぎゅっと握りしめて風呂場に辿り着いた。


「ああ、ああ、どうしましょう、心の音が龍志朗様に聞こえてしまう、何だか体が変な感じがする」


小さく呟いても、解決策は無く、「落ち着いて、落ち着いて」と、唱えながら湯を浴びていた。


先に雪乃が用意してくれた寝間着は、白地に朱鷺とき色いろの小さな花や大きな花が散りばめてあった。


ただ、帯がいつもの帯ではなく、一回りで結ぶ程しかない、短い朱鷺色の物だった。


短いので結び難く、前で蝶々結びを小さめに結んだ。


「こんな感じで良いかしら?」


独り言を言いながら、誰に確認出来る訳でも無く、寝室へと向かった。




「彩香、可愛いね」


風呂場から出てくれば、こちらに向いていた龍志朗から、声を掛けてもらえた。


「あの、雪乃さんは何もおっしゃっていなかったのですが、一緒にあった帯はこれしかなくて、こういう結びしか出来なかったのですが、おかしくないですか?」


褒めてもらえたが、本来の帯とは違っていたため、出来る事をしてみたのだが、と言い訳めいた事を彩香は龍志朗に聞いてみた。


「ん?可愛いから別に良いのではないか?」


「そ、そうですか」


急に、“可愛い”が身に染みて、また、赤くなってくる。


立ったままでいた彩香の目の前にいつの間にか、龍志朗が立っていた。


「少し、果実水を飲むか?風呂上りだから水分を摂った方が良い」


そう言われると、急に体が軽くなった。


「あふっ」


彩香の体を横抱きにしてソファの方へと龍志朗が運んでいた。


「りゅ、龍志朗様、歩けます」


腕の中で口をぱくぱくさせている彩香に構わず、あっと言う間にソファに辿り着く。


膝の上に乗せたまま、器用にグラスに注ぐ。


「ほら、飲めるか?」


「はい、頂きます」


手渡せば素直にグラスから果実水を飲んでいる。


身体に沁み渡る清涼感と水分。


空になったグラスを龍志朗が彩香の手から抜き取り、テーブルの上に置く。


「彩香、これから、色んな事が起きると思う、私は軍人だし、月夜家の当主にもなる、良い事ばかりではないかもしれない、でも、必ず、彩香の事は守る、何があっても絶対に彩香の事は守る、だから、ずっと一緒に居て欲しい、ずっと傍に居て欲しい、良いだろうか?」


龍志朗の思い掛けない真剣な瞳に、吸い込まれて行きそうな彩香は、龍志朗の声が心に凛と響いた。


「はい、至らぬところばかりの私ですが、ずっと、龍志朗様のお傍に居たいです」


彩香の碧い瞳は喜びに満ちて潤んで見えた。


「ありがとう」


彩香の髪を撫でていた手を止めると、そのまま、抱き上げ、ベッドに運んだ。


「彩香、愛している、何よりも、大切な私の妻だ」


「私も龍志朗様を、愛しています」


彩香の言葉を飲み込むように、龍志朗がその唇を塞いだ。

大丈夫、だったかな?


絆編、この回で終了でございます。

長くお付き合い頂き、ありがとうございました。

色々とあるのですが、二人一緒にいて、幸福を嚙みしめてもらっています。


次で最終章ですが、少し間が空くかと思います。

少しの間ですので、お待ち頂ければ、嬉しいです。


引き続きよろしくお願いします。


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