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もうすぐおひらきです
広間の皆が揃っている所へ、彩香の手を引いた龍志朗が入ってきた。
一段高い壇に龍志朗達が座る席があるのだが、その同じ壇上の少し離れた横に、口角の上がり切った帝が、今か今かと待っていた。
本来ならここは龍志朗達だけなのだが、流石に、帝を下に置く訳にはいかないと、「皆と一緒で構わない」とのたまう帝を説き伏せて、壇上に席を設けた。
「龍志朗、彩香、おめでとう、本当に美しい花嫁花婿だな、まるで絵姿から抜け出たようだ」
席に着くなり、帝が祝福の言葉を掛けた。
「ありがとうございます、身に余るお言葉です」
龍志朗がさっと、言葉を述べて、深いお辞儀をする。
「ありがとうございます」
彩香もお礼を述べて、同じ様にお辞儀をしようとした時、
「彩香は下げずに良い、折角綺麗に結い上げておる、崩れたら大変だ、しかも、頭は重たかろう?そっと、そっとしておれ」
帝が片手を大仰に振って、彩香を制した。
「あ、はい、ありがとうございます」
彩香は再び、帝の目を見てお礼を言い、そのまま、龍志朗に手を引かれて席についた。
席の後ろでは雪乃が介添えしてくれたの、無事に落ち着いて座れた。
どの席の者も笑顔だった。
彩也は龍斗の隣に座っていて、その光景が何より嬉しかった。
一族の巫女が皆に祝福されて、最愛の人の花嫁となった。
あの時、自らの娘を亡くして、石を打ち投げられるようにして追われた都で、自らの玄孫やしゃごである娘が最愛の人に手を引かれて、愛らしい花嫁姿で歩いていった。
幾年月、砂を噛む想いで生きてきた。
それが報われたと想った。
ここは帝の邸、帝も寿ぎを喜び祝福の言葉を掛けていた。
彩也は皺だらけの小さな手を擦り合わせて、『ありがたい、ありがたい』と小さく呟いていた。
宴は、日頃、帝の食事を作っている料理人達がお祝いの御膳を作って、帝の使用人達が皆に提供してくれている。
その間に龍志朗達は入れ替わり立ち代わり、客人から祝いの言葉をもらっている。
皆が彩香の美しさを褒め、龍志朗を祝ってくれる。
大広間いっぱいの客人達もそれぞれに交流を深め、語り合っていた。
誰にとっても楽しい宴となった。
客人が多いので、それなりの時間が設けられたが、お開きの刻限となり、龍志朗達が先に出口に向かい、客人を見送る場に付くと、扉が開かれた。
お一人ずつ、二人が選んだ菓子を手渡しする。
宴に来てもらったお礼に、家に帰ってから、この宴が楽しかったものでありますように、ご家族へ語ってもらえますようにと、願いを込めて、淡屋に特別に作ってもらった。
龍と月と波の形をした干菓子と、桜の花を模した上生菓子と、花びらを練り切りで作って、求肥で小豆餡を包んだものの上に乗せた、上生菓子。
碧い箱に入れ、紅白の水引を鮮やかに結んである。
一頻り(ひとしきり)、客人を見送った後、龍斗や星北、国境警備隊長の信濃、沿岸警備隊長の田沢、第四部隊長播磨、北らが小間で寛いでいた。
「中々、この面子は揃いませんよね?」
北が率直な思いを言う。
「まぁ、先の様な大戦でもあれば別だろうが、今は、それ程大きな戦になる事はないからな」
播磨も答える。
「大きな戦など無いに越した事はない」
星北も続く。
「まぁ、何も無くても互いの任務の理解や適材適所という事もあるだから、交流はあった方が良いのだがな」
龍斗らしく、大局的な言葉が出る。
「はい、我々の様な一般兵士は軍属でありながら、魔力軍の実際の事は、よくわかりませんので」
信濃が龍斗に向かって緊張した面持ちで話す。
「それを言うなら、私共も同じで、たまたま。今回、場所が警備範囲だったから、と言うだけですから、それだけで、参可したようなものです」
田沢も妙に姿勢が良いままでの発言だ。
「まぁ、これから、色々と交流の機会があっても良いだろう、魔力を持っている、持っていないはあるが」
龍斗の応えに一同が頷く。
「彩香様、お疲れ様でございました、ゆっくりお風呂を頂いて、お着替え致しましょう、少しお休みになった方がようございましょう」
お見送りが終わった後に、雪乃が声を掛けてくれた。
「え?でも・・・」
彩香は婚礼衣装を着替えるのはわかるのだが、龍志朗が居るのに勝手に休むわけにはいかないと思って戸惑った。
「そうだな、彩香は先に少し休んだ方が良い、夕食までまだ間があるし、朝早くから重たい衣裳で、宴も気を張っていたから、疲れただろう?」
龍志朗が彩香を気遣って促す。
「龍志朗様は?」
彩香の一番の関心事だ。
「私は着替えたら、小間に父上や隊長達がまだ居るらしいので、そちらに顔を出してくる、珍しい面子が集まっているから、ちょっと話したいと父上が小間に誘ったらしいから」
「そうですか・・・」
彩香は少し眉尻が下がった。
「晩ご飯は一緒に取れる、そんなに長い時間ではないだろう、私は彩香より強い、男だし、いつも鍛錬している軍人だ、だから、彩香は私より沢山休まないといけない、彩香は私よりか弱くて良いんだよ、それが普通の事なのだから」
龍志朗が彩香の頬を優しく、その大きな掌で撫でている。
「はい、では晩ご飯の時を楽しみにしております、少し休ませて頂きます」
彩香も安心したのか、嬉しそうに龍志朗を見つめる。
控室に戻り、龍志朗はさっと、簡単な外出着に着替え、龍斗達がいる小間へと向かった。
彩香も雪乃を伴って控え室に戻った。
「さぁ、彩香様、お風呂の支度は出来ておりますから、こちらの部屋着にお着替え頂いて、お風呂に向かいましょう、上がったら、本日も念入りに雪乃が整えて差し上げますから」
「えっ?えっ?」
きりっとした笑顔の雪乃に、瞬きが止まらない程彩香は驚いていた。
「それはもう、当然でございましょう、花嫁様初めての夜でございますから」
「あっ・・・」
真っ赤な顔を俯け、口をぱくぱくさせているが、声にはなっていない彩香だった。
「大丈夫でございますよ、坊ちゃまにお任せしておけば、誰よりも彩香様を大切にされていますから、お気持ちのままで」
彩香に雪乃が優しい、慈愛に満ちた笑顔を向けてくれる。
この笑顔に、今までも、何度も救われた。
何も持たない、全く自信の無い彩香を素のまま受け止めてくれる笑顔だ。
「はい」
彩香も想う。
解らない事、知らない事でも、龍志朗が傍に居てくれたら大丈夫だと。
「さぁ、帝様が特別仕立ての花嫁用お風呂にして下さったそうですから、ゆっくりお入り下さいね」
婚礼衣装から部屋着に着替えて、雪乃に連れられてお風呂場に来た。
「広い・・・一人用なのかしら?違うわよね、きっと・・・」
彩香は雪乃に見送られてお風呂場に入ると、二人はゆっくり入れそうな大きな浴槽に、花が浮いており、湯気の中に甘い香りが漂っていた。
洗い場の石鹸を使って体を洗えば、また、別の花の香がして、泡がもこもこと立つ。
髪は香油が付いていたので、念入りに洗えば、石鹸と同じような花の香りがしてきた。
さっぱりと髪も体も洗い流すと、すっきりとした。
ちゃぽんと、浴槽に入ると思っていた以上に花が浮いていたようで、甘い香りに包まれた。
手で花をすくってみたりして、手を動かすと、お湯が後から付いてくるように纏わる。
その加減が心地良い。
手足を伸ばして、お湯を堪能した。
「こんなにして頂いて、私は幸せ者だわ、私に出来る事を少しでもお返し出来たら良いのだけど、少しずつ、出来る事を増やせていけるようにしなくちゃ」
伸び伸びとした手足にぎゅっと力を込めて、決意した彩香だった。
のんびりお風呂を頂いてから、出ると、脱衣所に着替えが置いてあり、扉を開けると雪乃が待っていた。
「彩香様、客間にお昼寝の支度をしておきましたから、マッサージをしたら、お昼寝しましょう」
「はい、あ、でも、マッサージは昨日もして頂いたし、今日はもう・・・」
彩香はそんなに毎日雪乃にしてもらうのは悪いと思った。
「いえいえ、夜に備えて、万全を期して臨みましょう」
「・・・」
雪乃の鼻息が荒かったので、彩香は黙っていた。
自分には未知の世界だし、閨の事は無知な上に恥ずかしい。
用意してもらった部屋は、今晩泊めて頂く寝室とは違って、一人用のベッドと小さなテーブルとソファがあっただけの簡素な部屋だった。
「ほんとに、お昼寝用のお部屋みたい」
彩香は、フフッと小さく笑っていた。
雪乃にさぁさぁと急かされて、ベッドに横たわり、昨日同様、全身を隈なく淡い香油でマッサージされているうちに、うとうとと眠りについてしまった。
大丈夫、だったかな?
大事の前の小休止です
少しでも皆様の気晴らしになったら良かったです。
引き続きよろしくお願いします。




