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おめでたいです
つづきです
月夜家の縁のある神社で、龍斗もここで紫と式を挙げた場所である。
(紫、彩香さんが龍志朗の花嫁に今日なるよ、そちらから良く見えているかい?)
龍斗は鳥居を潜ると青く澄んだ空を見上げた。
最愛の妻は唯一人、今も心に住んでいる、見上げれば見つめ合っていたあの頃と同じ想いが過る。
式には親族の極、限られた者だけだが、森野家の面々も当然来ていた。
「きゃー、可愛い可愛い可愛い可愛い、もう、月夜家じゃなくて、森野家に来ればいいのに、今からでも良いわよ」
式場の控室で既に待っていた、椿は彩香が入ってくるなり、近づいてきて叫んでいた。
それを見て、慌てて、椿の手から彩香の手を取り返した。
「椿おばさん、彩香は私の花嫁ですからね、月夜家の花嫁です、何で、森野家に行くんですか?間に合っているでしょう」
お目出たい席に似つかわしくない、龍志朗の冷たく低い声が響く。
「えー、別に良いじゃない、可愛いんだもん」
全く、理屈の合わない返答が椿から返ってくるので、龍志朗は思わず雅和を見て、助けを乞う。
「椿、お目出たい席なんだし、君は若い二人を見守る年頃だよ、彩香さんはこれからも家に遊びに来れるんだから、今日くらい龍志朗君に独り占めさせてあげないと」
雅和は彩香に綺麗だね、良かったねと声を掛けながら、椿を窘たしなめていた。
「伯父さん、今日くらいって何ですか?今日くらいって、いつまででも彩香は私の花嫁なんですから、私の独り占めです」
龍志朗は、森野家でも彩香の後見人的存在で安心していた雅和の含みのある発言に、またもキリキリとして異論を唱えていた。
「今に始まった事ではないんだから、一々反論しなくても大丈夫だから・・・」
雅也が龍志朗を宥める様に言葉を添える。
「彩香さん、おめでとうございます、よくお似合いですよ、本当に綺麗です」
やっとまともな祝辞が牡丹から聞かれ、その手には二人の幼子がいた。
「ありがとうございます、皆様のお陰で、今日を迎えられました、本当に感謝しております」
彩香も、しっかりと挨拶をしている。
「良かったよね、これから、楽しい事がきっとたくさんあるから」
気軽な声は柊先生が親族として、紅緋と4人の子供達と来ていた。
子供が汚しては大変と思ってか、少し離れた所に陣取っている。
「皆様、神殿に向かう時間となりました」
神社の係りの者が始まりを告げに来た。
「さぁ、行こう」
「はい」
龍志朗が手を差し伸べ、その手に小さな彩香の手が乗せられて、そっと握りこまれた。
静かに神殿まで二人が並んで歩んでいく。
厳かに神に誓いをたて、水晶の龍の指環をはめてもらい、滞りなく式を済ませて、控室に戻ると、そのまま一行は帝邸の広間へと向かった。
「彩香、苦しくないか?」
龍志朗は華奢な体に重い衣裳を着けている彩香を気遣った。
「大丈夫です、緊張しているせいか、体が苦しいという事は感じないです」
彩香は綿帽子を被っているので、龍志朗が見えないが少しだけ上に顔を向ける。
「無理はしなくて良いからな、苦しかったり、何か気になる事があったら直ぐに言え、それに、そんなに緊張しなくても良いから、何があっても、隣にいるのだから大丈夫だ」
龍志朗も彩香も『大丈夫』と言う言葉に力を込める。
「はい、ありがとうございます、安心はしているのですよ、龍志朗様の側にいるので、ただ、やはり初めての事ですし、一生に一回の事ですし、大事なお式とかお披露目の会なので、緊張はします」
龍志朗が綿帽子の中を覗き込んでくれたので、目を見て話せた。
お互い、自然と笑みが零れる。
「ま、それはそうだな、でも、私は緊張より、彩香の綺麗な姿を一番近くで見られるので、嬉しい方が勝るな」
龍志朗柔らかな声でそんな事を言われれば、直ぐに彩香の頬が朱に染まってくる。
「龍志朗様に喜んで頂けて、私も嬉しいです、それに、私も龍志朗様の素敵なお姿を拝見出来るのはとても嬉しいです」
彩香は龍志朗と並んでいられる事が本当に嬉しかった。
龍志朗に握られている手からその温もりが伝わる。
「あ、でも、今更ではありますが、本当に帝の邸の広間を使わせて頂くなんて大それたことよろしいのでしょうか?」
彩香は、向かっているこの直前でも、些か、恐れ多いと思っていた。
「どちらかと言うと、帝は自分が宴に出たいから使わせているような節があるし、そもそも命令という形にしたくらいだから、仕方なく使ってあげているんだよ」
龍志朗は、昔から少し年上の帝とは、何かと顔を合わせる事も多く、色々と手伝った事もあるので、慣れ親しんでいた。
「・・・龍志朗様、凄いです」
確認したものの、龍志朗からの斜め上からの返答に言葉が無かった。
「さて、もうすぐ着きそうだ」
衛兵達が並ぶ門を潜り、広間専用の入口へと車が進んだ。
車が止まり、ドアが開けられた。
「隊長、お待ちしておりました」
車のドアを開けたのは北だった。
「ああ、って何故、北がドア係りしているのだ?」
開かれたドアの向こうが見知った顔で、龍志朗は目を見開いて瞬きを何度も繰り返した。
「いえ、宴には彩香さんが色打掛で臨まれると思ったので、白無垢姿見るなら、着いた時しか機会はないのではないかと皆で相談した結果、ここで待機となって、光栄にも私がドア係りを勝ち取りました」
晴れやかな顔で流れる様な説明を北はした。
北の視線は既に車の中の彩香を捉えていた。
「おめでとうございます、彩香さん、お美しいですね」
龍志朗の返事を待たずに言葉を続けていた。
「あ、ありがとうございます」
彩香は綿帽子の陰で北の姿がはっきり見えた訳ではないのだが、見知った声と龍志朗の言葉から、北だと思い、素直にお礼を言った。
「そうか・・・皆って、あ・・・皆な」
北の説明に一点の隙も無く、皆とは誰の事かと思えば、すぐ後ろに全員と思しき皆が揃って満面の笑みをこちらに向けていた。
「おめでとう月夜、ほら、早く綺麗な花嫁を出せ」
待ちきれずに催促をしてきたのは対馬だった。
ここの中では誰よりも早くから、誰よりも多く貢献したと思っている。
「出せって、お前なぁ」
今日はお目出たい日の筈なのに、朝から眉間に皺が寄りがちな龍志朗だった。
「彩香、手を、頭、気を付けて、ゆっくりで良いよ」
振り返って龍志朗が彩香に手を差し伸べ、そっと引き出す。
「ありがとうございます」
彩香も龍志朗の誘導に従って、ゆっくりと車から降りた。
「あ、皆様、お忙しい中、お越し頂き、ありがとうございます」
車から降りたら、直ぐ目の前の龍志朗の後ろに特殊部隊の面々が揃って自分を見ているのに気が付き、挨拶を彩香はした。
「おめでとうございます、眼福、眼福、彩香さん、綺麗です、花の精みたいですよ」
早速、対馬が声を掛ける。
「ありがとうございます、そんな、そんな・・・ないです」
彩香は北にも対馬にも大仰に褒められて、頬を染めていた。
そんな姿もまた初々しく映る。
折角だからと龍志朗が綿帽子をそっと取ってあげた。
「彩香、この方が皆を見やすいだろう、下から見上げるのも大変だろう」
「あ、ありがとうございます、でも、少し恥ずかしいです・・・」
彩香は褒められ過ぎて赤くなっていたので、隠れ蓑にしていたところもあった。
「そうか、被るか?」
龍志朗は顔を上げた彩香が少し赤くなっていたので、問いかけた。
「いえ、折角なので、皆様のお顔も拝見したいので、このままで」
彩香は頬を染めながらはにかんだ笑顔を龍志朗に向ける。
「そうか、そうだな」
龍志朗は手の綿帽子を後ろから来た雪乃に渡し、彩香の手を引いた。
「おめでとうございます、美しい、まさに純白の妖精みたいです」
星北も最大限の誉め言葉を伝える。
皆が心から美しいと純白の花嫁を褒め称えた。
一通り、迎えてくれた親しい軍の関係者に彩香をお披露目したら、支度のためにまた、後でと広間の控室にそれぞれが入っていった。
龍志朗関係の特殊部隊は攻撃も防御はもちろん、龍斗の諜報部も、沿岸警備でこの前の作戦に参加した者も来てくれていた。
龍志朗は有難いとも思ったのだが、これだけ主要な軍の関係者がここに集っているという事は、任務は大丈夫なのだろうかと心配になり、ここに爆撃があった場合を考えると、それはそれで恐ろしかった。
そんな感情はもちろん、彩香の前では微塵も出さない。
大丈夫、だったかな?
幸せを振りまいている感じです
少しでも皆様の気晴らしになったら良かったです。
引き続きよろしくお願いします。




