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海に月の光が梳ける時  作者: 稜 香音
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穏やかにしめられていきます

「仕事は続ける訳だから、何を主体に海波がするのか考えよう、まぁ、あれだ、毎日仕事に“がっつり”していると龍志朗君に恐い事されても困るから、俺が恨まれるから、程々に続けられる感じで頼むな」


「はい、ご配慮ありがとうございます」


森野雅也は、彩香が仕事に復帰する際、今後、どう仕事と関わっていくかを一緒に考えた。


折角学んだのだから薬師を目指したい、という気持ちと、月夜家の女主人としての仕事も慣れない中大変であろう、という現実、この折り合いを探りながら、既に助手が一人増えているので、薬師を目指すための仕事を優先的にする事にした。


「働きながら学ぶ時間もあるが、座学にも通った方が良いかもしれないな、そこは親父に聞いてみよう、専門なんだし、子供を授かったとしても、ゆっくり進めていけば良いから、締切りはないからな」


雅也はははっと明るく笑っていた。


「ありがとうございます、頑張ります」


「いや、あんまり頑張るな、何かあると直ぐに龍志朗君が牙を向く」


「・・・」


二人してきっと、同じ事を想像したようだった。


彩香を軍属にしておきたい理由が別にあった。


目立たない様にではあるが、護衛をつけやすい。


月海一族であるという事で、護衛が必要となってしまったのであった。


彩香が月海一族であると言うのは、極、限られた者しか知らない。


出来れば、二度と、その能力を使う事が無いようにと、皆が願っていた。






「おめでとう、彩香」


「龍志朗様、明けましておめでとうございます」


清々しく晴れた青空から陽が降り注ぐサンルームに二人はいた。




昨日、年越しの除夜の鐘を聞きながら、一口、年越しそばを頂いた。


「本当に、色々あった年だが、もうじき終わるな」


龍志朗がぐい飲みを手で弄もてあそびながら、彩香に語る。


食事の後、年越し用にと、一口分だけ蕎麦を用意してもらい、居間で食した後、龍志朗が少し飲んでいた。


「はい、春に初めて龍志朗様にお会いしてから、あっと言う間の様な、随分と色々な事があったので、もう、何年も経った様な気がします」


彩香もしみじみと振り返っていた。


決して、忘れられない出来事が幾つもあって、静かな年の瀬が迎えられる事自体、奇跡の様だった。


「そうだな、年の初めには、こうして彩香と除夜の鐘を聞いているなどと、想像すらしなかったからな」


ぐい飲みに残った酒をくっと、飲み干す。


「私も、龍志朗様のお傍に居られるとは夢にも思っていませんでした」


いつも冬の寒さは独りぼっちなのが身に応えていた。


それが今は目の前に見つめ返してくれる相手がいる。


そんな想いを心の隅に置いたまま、小首を傾げて龍志朗を見つめた。


「これからは、来年も、再来年も、一緒だ」


「はい」


微笑み合う二人は温かい。




少しのんびりとした朝を過ごしてから、初詣に出掛けるため、着替え直し、改めて挨拶を交わした。


二度目の挨拶となってしまい、少し照れくさい笑みが漏れてしまったが、春になれば婚儀を行う神社へ向かう。


「冷えるな、寒くないか?」


龍志朗は呉須ごす色いろの着物に合わせた羽織、藍色のマントを上から着ている。


彩香は、お正月用にと新たに作ってもらった、鳥の子色地に宝尽くし模様の小紋に、赤あか香ごう色いろ地に南天と雪笹模様の羽織に白のマントを着ている。


髪はゆったりとまとめて結い上げた。


この日にために、南天の模様が入った塗ぬり簪かんざしも買ってもらったので、挿している。


二人とも冷えるので手袋もしている。


「これだけ着こめば大丈夫です」


彩香は心配性な龍志朗に笑みを返す。


「温かい所から寒い外に出るから、気を付けないと、彩香は華奢なのだから、すぐに冷えてしまう」


そう言いながら、龍志朗も同じ様に厚着だ。


「足元に気を付けて、さ、行こうか」


「はい」


すっと、差し伸べてくれた龍志朗の手に、そっと自分の手を乗せれば、ぎゅっと握り返してもらえる。


そんな事の繰り返しが、何度も彩香の心に温かい想いを灯す。




お正月の賑やかな街中を通り過ぎ、鳥居を潜り抜けて出店の並ぶ境内を歩けば、お参りの列に並んだ。


「大勢の人がいらっしゃいますね」


彩香が少し浮ついた声を龍志朗に掛ける。


「そうだな、いつもこんなものだったかな」


龍志朗はあまり記憶に無いが、特に珍しい程でも無いと思った。


そっと、彩香が龍志朗の側に寄った。


「手を繋いでいるから、逸れたりはしない」


彩香の不安げな気配を感じたのか、繋いだ手を引き寄せた。


「あ、あの、あまりこういう人の多い所に、慣れて、いないので、その・・・」


彩香は施設に居た時もこうして初詣に来る事は無かった。


大勢の子供達を連れて出歩くのは大変なので、施設の中の神棚に皆でご挨拶をしていただけだった。


だから、一人で暮らし始めても、初詣の意識が無かったのだ。


「そうか、では、しっかり手を繋いでいよう、一緒に居れば大丈夫だ」


「はい、ありがとうございます」


繋いでいる手を、龍志朗がぎゅっと握ってくれるだけで、彩香は不安が晴れていく。


並んでいた列も賽銭箱の前に来て、お参りが出来るようになった。


彩香は知識としてわかってはいても、実践が初めてだったので、隣の龍志朗を横目に見ながら、見様見真似で作法にのっとった。


『都が穏やかでありますように、彩香に災いが起きませんように』


『龍志朗様がお怪我なさりませんように、お傍に居られますように』


龍志朗と彩香がそれぞれの事を思って、祈った。




参拝が終わり、境内の主参道から外れた参道を歩くと広い場所に出た。


「今はまだ、咲いていないが、もうすぐ梅が咲く」


大きな枝ぶりの木の側にきたら、龍志朗が彩香に教えてくれた。


「ああ、蕾が沢山あります」


見上げると幾つもの蕾が、咲くのが待ちきれないとばかりに膨らんでいた。


「ここは、四季折々の花が沢山咲くんだ、秋は紅葉狩りも出来る程、綺麗に色づく、昨年は見に来る暇など無かったが、今年は出来れば、何度も来たいな」


龍志朗が彩香に指で指示した方向には、藤棚や、幾つもの木があった。


「そうなのですか、公園も楽しかったですが、ここもそのような楽しみがあるのですね」


彩香は花が沢山あると言われて、弾んだ声を返した。


「そうなんだ、神社なのだが、人々が憩う場所としても有りたい、と昔の神職の方々が木を植えたり、手入れをしてきたらしい、だから、色んな花や木があるんだ」


「春がいっそう楽しみですね」


龍志朗が彩香に楽しんでもらえそうで、嬉しかった。


穏やかに、ゆったりと過ごして欲しいと、心から願っていた。




「月夜家のご子息かな」


掠れた老人の声が横から聞こえた。


声に反応して、龍志朗が横を向くと、少し離れた所に声の主は居た。


「ああ、神主様でしたか」


一瞬で殺気を消し、龍志朗も声を掛ける。


「いやいや、もう代替わりしているので、唯の神職ですよ、正月は忙しいので、こんな老人も駆り出されているだけなのですがな」


好好爺のように目を細め、ゆっくりと寄ってくる。


「それはそれはお疲れ様です」


龍志朗も労いの声を掛けた。


「そちらのご令嬢が春に婚儀を上げる方かな?」


神職が龍志朗の後ろにいた彩香に目線を向ける。


「はい、婚約者の彩香です」


「初めまして、海波彩香と申します」


龍志朗に紹介され、一歩出て、彩香も挨拶する。


「初めまして、おめでとうございます、彩・・・」


不意に神職が途中で口ごもった。


「どうかされましたか?」


龍志朗が不審に思い、訊ねた。


「否、昔、彩也様という方が居て、その方にとても似ていらっしゃると思ったもので、失礼致しました」


神職が遠い過去を思い出すように首を傾げるが、その眼はとても寂しそうに見えた。




「神職の言う、彩也様とはどんな方だったのですか?」


龍志朗が探りを入れる。


彩香が月海一族であるという事は極秘事項なので、迂闊に話す訳にはいかないが、知っているならば、話は聞きたい。


「もう、知る者もほとんどいないと思いますが、月夜様の先々代のご当主の頃の話でございます、私が知っている事等ほんの一欠けらの事でしかないと思いますが」


神職が語り始めたのは、当時、戦が激しい中、絶大な力を持った幼い巫女がその命と引き換えにこの都を救った事。


しかし、先々代の帝が急に態度を替えて、一族を追い払ってしまった事。


その時、幼い巫女の母だった彩也様が一族を率いて逃げるのに、月夜家の当時のご当主が力を貸して、逃がしてあげた。


その際、いくら月夜家の力が強くても、帝に正面から逆らうのも、躊躇われて、この神社の巫女や神職の衣を着せて、『神に遣わし者』として、逃した。


「まだ幼い巫女が生きていた頃、龍真様とこっそりこの神殿の前で、婚儀の真似事をしたのですよ、私の初めての神職としてのお勤めでした、勿論、私も幼かったので、真似事ではあるのですが、龍真様が本当のご婚儀の儀式を上げられる前に、こっそり私の所に来て、『神様は二心と怒らないだろうか?』と心配されていましたから、『生きている者の幸せを怒ったりしませんよ』と言って差し上げました、本当に、龍真様も奥様と仲睦まじかったですものね」


寂しそうな辛そうな瞳に最後は笑みが溢れていた。


「そうですか、祖父にそんな事がありましたか、彩也様を救って頂いたのですね、ありがとうございました」


龍志朗は噛みしめる様に呟いた。


その言葉に神職の瞳が空を捉えてから、彩香を一瞬見た。


「いえいえ、老人の昔話にお付き合い頂いて、ありがとうございます、もうじきあちらに向かえば、彩也様にもお会いできるやも、しれませんし、何より、龍志朗様と彩香様のご婚儀となれば、念願が叶ったのではないでしょうか、嬉しい限りでございます」


神職の目尻に光が跳ねる。


「あまりお急ぎになりませんように、また、打ち合わせにも寄らせて頂く事もありますので、春もよろしくお願い致します」


あまり、話すと、彩也様が無事で、彩香が巫女であるから、ご安心をと、言ってしまいそうになる。


春になればわかる事だ。


「また、お世話になりますので、よろしくお願い致します」


彩香も言葉少なく深々とお辞儀をした。


静かな参道を家路に向かう。


「多くの方のご厚意があって、一族は生き延びてきたのですね」


「ああ、彩あや望の様がその命と引き換えに守った者達だ」


「それでも、有難い事です、生かされているのですもの」


「そうだな、大事にしていかねばな」


繋いだ手から温かさが伝わってくる。

大丈夫、だったかな?


重ねて行く想いも新たに


少しでも皆様の気晴らしになったら良かったです。

引き続きよろしくお願いします。

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