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色々な方々のそれぞれの思惑があるんですが、受け取る方は、ねぇ
龍志朗から彩香に贈るものに水晶の指環がある。
できればこれは早めに作りたかった。
婚儀の式典の前にこれは彩香にはめてもらえるので、龍志朗の存在を示知らせる役割となるからだ。
龍志朗は一応、彩香に「どんな龍が良いか」聞いてはみたが、龍の顔の変化等、普通は想像し難いので、首を傾げるばかりであった。
悩んだ末に出てきた言葉は「龍志朗様に似ている龍」だったので、彫り師にそのまま伝え、上がってきた図案は細く鋭い眼の龍だった。
彩香にも見せたら、「龍志朗様が龍になるとこうなるのですね」と繁々と見ていたので、そのまま採用として作らせている。
結婚指輪には、お互いの名を裏に彫り、表には波模様を彫りこんだ。
波は、途切れる事が無い、絶え間ない愛を誓う意味を龍志朗が込めて、彩香に提案した。
彩香は波にそのような願いを込めてくれる龍志朗に涙を浮かべながら嬉しそうに頬を染めて微笑んだ。
結婚の儀は月夜家の守り神社で執り行い、続けて、お披露目の宴を執り行う事となっている。
今回の事で、帝が彩香に何かしたいと言い始めた時は驚いた。
「月海一族に何か出来る機会があるなら、出来る限りの事をしたいと思うだろう?何なら婚儀の儀の一式、我が支度するが、どうだ?無論、彩香嬢の望むままだ、何でも良いぞ、どうじゃ?」
身を乗り出して、頬を紅潮させている様は、ご自身の婚儀の時より乗る気の様に見えた。
「いえ、お気持ちだけ有難く頂きとうございます」
丁重に、丁重に、龍志朗がお断りをさせて頂いた。
「なら、せめて、祝いの宴を我の邸の広間でせよ、さすれば何の憂いも無く我が出れる、うむ、名案だ、良いか、これは勅命である」
声を高らかに張り、口角を上げて湛えた笑みは為政者のものと言うより、良い悪戯を思いついた子供の様だった。
「帝・・・」
開けかけた口を閉じれずに眉間に皺を寄せた龍志朗だった。
龍斗に相談すれば、
「勅命では仕方があるまい・・・」
こちらも眉間に皺を寄せ、不承不承が顔全体に現れていた。
仕方なく、龍斗も龍志朗も帝の邸の広間でお披露目の宴を執り行う事にしたが、これには彩香も真丸の目をして、そのまま後ろに倒れかけた。
帝は龍志朗と年が近いので昔からの馴染である。
方や次代の帝、方や軍の総帥の子息、いずれ、それぞれが継いだ時には協力せざるを得ない関係であったので、何かと幼少期の頃から親しくしていた。
帝の方が、少し年が上だった事も、先々代が早くに亡くなった事もあり、龍志朗よりも早く継いだのだった。
結婚の儀までの間、彩香も龍志朗に連れられ、帝と話す機会を作ったため、彩也との橋渡しも役割に加わった。
「彩香、龍志朗は冷たい事が多いかもしれないが、大丈夫か?」
帝が心配して、彩香に聞いてきた。
「はい、とても・・・優しくして頂いておりますので、大丈夫です」
彩香は帝からそんな質問が来るとは思っていなかったので、少し驚いてしまった。
「帝、その様な事、ご案じ為されるに及びません、私は彩香をとても大事にしておりますので」
龍志朗は帝にそんな事を言われて、心外だった。
「そうか?龍志朗が『優しい』などと誰からも聞いた事が無いから、心配になってな、彩香が何か我慢しているのではないかと、心配で心配で」
帝はわざと『心配』を強く言い、下げられるだけ眉尻を下げた。
「当然です、彩香意外に優しくする必要など無いのですから」
どうだと言わんばかりの龍志朗の顔に、帝も彩香も少し退いた。
「否、人は普通、他の者にも、多少は、その優しさの片鱗みたいなものを、見せると思うがの」
その顔に帝は揶揄う意欲が削がれたのか、訥々と龍志朗に言い聞かせた。
「意味が無い」
全く、取り合う気が無い返事の龍志朗だった。
「あの、本当に、龍志朗様には大事にして頂いております、婚儀の衣裳も私の願いを叶えてもらって、とても素敵になると思いますし、他にも沢山頂いてばかりですし、いつも守って頂いています」
彩香が帝を見上げながら、丁寧に説明した。
「そうか、彩香が良ければ良いのだ、そうかそうか、彩香には優しいのか、彩香は大事にされているのか、はいはい、彩香だけな」
何の事は無い、帝は惚気を聞かされたわけだ。
そんな帝の言葉を聞いて、改めて、自分が惚気ていた事に気が付いた彩香は真っ赤な顔を俯かせた。
「当然です、大事なのは彩香だけなのですから」
凛とした顔で彩香の腰を引き寄せて、龍志朗が帝を見ていた。
「まぁ、仲良き事なら、良き事なのだがな」
帝も喉を鳴らしながら、苦笑していた。
「彩香ちゃん、体調は大丈夫? 戻ってきてからも色々と忙しいだろうから、気になっていたのよ」
椿は相変わらず温かく包んでくれる。
「はい、何だか、沢山する事があるのですが、どれも楽しくて、色々な方々に教えて頂きながら、取り組んでおります」
皆が彩香に負担の掛からないようにと、ゆるりとした調整をしてくれているのだが、それでも婚儀の準備など、すべき事は多かった。
「そう、じゃ、今日はしっかり息抜きして、美味しく頂きましょうね」
「はい、よろしくお願い致します」
今日は森野邸で、椿に教わりながら、お弁当作りを楽しむ事になっていた。
春になったら公園にお出かけも良いかもしれないが、別邸には広めのサンルームがあるので、冬の間はその陽だまりの中で、ゆったりと龍志朗と話をする事が楽しみであった。
そんな時に、お弁当があれば、雪乃にもゆっくりしてもらえる。
椿に手軽に片手で食べられるサンドウィッチなるものを作ろうと言われて、今の彩香達にはピッタリだと思い、『たまには楽しんでおいで』と龍志朗に言われて、龍志朗の休日出勤の日に調整されたのである。
勿論、『逃げたわね』と言う椿の台詞に彩香は俯くばかりであった。
「パンに色んな具を挟んで食べる物なのだけど、色んな具が楽しめるのよ」
「本当に、色々並んでいますね」
椿用の台所には、素材が沢山並んでいた。
青菜、牛蒡、芋、大根、茸、人参等、中には生では食さない物も並んでいる。
「冷蔵庫にもあるからね」
彩香は、椿の言葉に小首を傾げて見つめ返した。
「お肉とかお魚とかもあるのよ」
フフッと微笑みを返されて、一緒に冷蔵庫を見れば、扱いやすそうに切り分けられている食材が、行儀よく並んでいた。
「さて、沢山作りましょうね」
椿の掛け声と共に『新しくて美味しい料理』が始まった。
料理中は彩香の「あれ?」「あふっ」「わぁ」「う~~~ん」と感嘆詞に、椿の屈託のない笑い声と悪魔の囁きが応じていた。
青菜を主体に野菜だけを挟んだもの、肉を薄く裂いて香辛料で焼いたものを挟んだもの、魚の切り身を焼いて、解して、炒めた茸や人参と合わせて挟んだもの、牛蒡や大根を細切りにして炒めた物を挟んだもの、等々、具を替え、味を替えて色々と作れたので、晩ご飯用にお土産の分も出来た。
雪乃に晩ご飯の支度は要らないだろうと相談しておいて良かった、と笑みが溢れた。
出来上がったサンドウィッチを味見と称して、牡丹と三人で頂いた。
「龍志朗さんは優しい?」
「一緒に暮らして、どう?」
二人掛かりで質問されると、大事にされている事を伝えるだけでは中々、問い掛けが終わらず、顔が真っ赤になってきてしまった。
重ねて聞かれた際に、彩香の唇に触れた柔らかな感覚を思い出してしまったのだ。
赤い顔に真っ白な頭の中であった。
大丈夫、だったかな?
誰もが好意なんだけど、それぞれの方向性という事で
少しでも皆様の気晴らしになったら良かったです。
引き続きよろしくお願いします。




