31
すいません、好きなものを入れ込んでしまいました。。。
彩香が戻ってきて、多方面に御礼の挨拶をしてから、春の婚儀に向けて支度が始まった
何と言っても、はんなり屋での白無垢や色打掛等の衣裳作りが大事だ。
彩香と龍志朗は、休日にのんびりとサンルームのソファに座って相談していた。
白無垢の八掛の模様は、月と龍の月夜家の決まりなので、問題は無い。
白無垢は地染め模様になるので、その構図が大事になる。
「表は彩香の好きな紋様で織れば良いが、どういう紋様が良いのだ?」
龍志朗は『遠慮の塊』の彩香にこれだけは遠慮せず、好きな様にして欲しいと思っていた。
花嫁として一度しか着ないのだ。
そして、遠い未来、黄泉に旅立つ時に最後に着る衣裳なのだから、本当に好きな物を着て欲しかった。
「桜の花が好きなので、春ですし、お目出たいので、桜の花や花びらにしたいのですが、如何でしょうか?」
彩香は淡い色で一つ一つは儚げな花の桜が好きだった。
皆に好かれていて、咲き誇り、潔く散っていく、そんな様さまに憧れもあった。
「良いと思うよ、彩香は桜が好きなのか」
龍志朗は少し意外な気がした。
「はい、一つ一つは可愛らしい花ですし、大勢の人に好かれて、潔く散るとこもすごいなぁっとも思うのですが」
彩香は、やはり龍志朗に自分らしくないと思われたような気がして、少しだけ気持ちが後ろに向いた。
「彩香は散らなくて良いからな、確かに一つ一つは可愛らしい小さな花だから、彩香に似ているな、花びらも可愛らしい形だしな」
龍志朗は彩香をぎゅっと抱きしめて、言い聞かせるように告げ、最後は少し緩めた腕の中の彩香の顔を覗き込んでいた。
「あ、あの、ち、散らないです、はい、そうなんです、お花見の様に大きな木に沢山咲いている様子ももちろん好きなのですが、一つ、二つと咲いている時も可愛らしく好きなんです、色も淡い色から濃い色まで沢山ありますし」
彩香は何だか色々と誤解を生みそうな事になってしまって、言葉の難しさに小首を傾げた。
「それで、全体的にはどういうのが良いかな」
龍志朗が抱えたまま尋ねる。
「そうですね、束ね熨斗のしのように桜の花を右肩から裾にかけて流して、束ねに大きな桜をあしらって、束ねられた幾筋かの熨斗の太さを桜の大きさで変えて、全体的には裾に向かって小さくして、裾には桜の花びらを風に舞った様に散らした様に描ければ、良いのですが」
彩香が手を使って空で描きながら答えた。
とても具体的な構図で、彩香にしては珍しくはっきりとした主張だった。
「うむ、人との結びつきにも繋がる良い構図だな、色々な大きさや幅は動きがあって、美しく仕上がるな」
龍志朗も彩香の話から想像し、流れる様な桜の絵を思い浮かべた。
明確に自分の思いを主張する彩香に『遠慮の塊』を心配していた龍志朗も少しおどろいた。
「それで、宴の時に着る色打掛はどうするんだ?」
白無垢と色打掛の両方あるので、龍志朗も楽しみにしていた。
「あ、色打掛は、芍薬の花が良いかと思っています、花車に乗せて、出来れば沢山のお花にしたいのですが・・・」
彩香は沢山だとまた豪華になってしまうかと、少し気おくれして、言葉尻が小さくなる。
「何を気にしているんだ?好きな様に作れば良いんだ、今度は芍薬か、豪華な花だな」
龍志朗は芍薬なら、色打掛にしても映えるだろうし、良かったと思うが、桜に続いて彩香の意外な好みだと内心思っていた。
「はい、少し豪華過ぎると思うのですが、先日、椿様の所にご挨拶に伺った時に、薦められました、森野教授もご一緒に・・・」
彩香も芍薬の花がとっても好きと言う訳では無く、他に理由があったのだ。
「ああ、そう言えば、何か言ってたな・・・」
龍志朗もあまり思い出したくない記憶を辿った。
「芍薬の花は、異国では医学の神様の化身とも言われているらしいですし、幸せな結婚の意味もあるらしいので、折角なら色打掛の模様にしたらどうかと、薦められましたので、良いかと思ったのですが、やはり豪華過ぎて似合わないでしょうか?」
自分の様な貧相な体には、豪華過ぎて似合わないかと、彩香自身も思ってはいたが、龍志朗からそう思われたと感じて、眉尻が下がり悲しくなった。
「そんな事は無い、彩香に似合わないはずないだろう、芍薬の花の描き方や色や配置もあるだろうし、花車は可愛らしい、彩香に似合う、医学の神様に幸せな結婚か、そう言う事はやはり女性だな、ん?雅和伯父さんは医学の神様の方か?」
龍志朗がしきりに彩香の髪を撫でながら、彩香が下を向かないようにしている。
「はい、森野教授が椿様と牡丹様が盛り上がってお話されている横で、そっと教えて下さいました、だから、薬師見習いの私に丁度合うとおっしゃっていました」
彩香は、本当は雅和から『薬師』と言われて、まだ見習いですと慌てて訂正したのだが、『のんびり目指せば良い』と言われて嬉しかったのを思い出した。
「そうだね、彩香が頑張っている事の現れなら、それも良いな」
「ありがとうございます」
微笑み合う二人の距離は近かった。
「ああ、こうやってずっと腕の中に入れておけたら良いのだがな」
龍志朗の思い掛けない言葉に彩香は驚いた。
「りゅ、龍志朗様、そんな、そんな事、龍志朗様のお邪魔になってしまいます」
口をぱくぱくと慌てた彩香は腕から逃れようと身動ぎしている。
「そんな事はないぞ、このまま、こうしていられたら、私は幸せだ」
龍志朗が眩しいほどの余裕の笑みを彩香に降らせた。
向けられた笑みに体中の力が抜けて、こてんと、龍志朗の胸に頭を付けた。
「私も幸せです」
彩香の一言が零れた。
「彩香」
柔らかな、いつもより少し低い声で呼ばれた。
彩香は顔を上げ、龍志朗の方へと向けた。
龍志朗の顔が近づいてくると、合わせる様に目が瞑ってきた。
柔らかいものがそっと彩香の唇に乗って、そっと、離れていった。
ふわりとした意識のまま、瞼が上がってきた。
龍志朗の細められた目を見ると、彩香の体温は一気に上がり、真っ赤な顔を龍志朗の胸に伏せた。
喉の奥で笑っているような龍志朗は彩香の髪をそっと撫でている。
色打掛は、深こき緋ひ色の地に白の大きな芍薬の花を主として、細い線で描かれ、色鮮やかな大小幾つもの芍薬の花を花車に乗せ、金糸銀糸の縁取りも多く取り入れているのだが、描かれた線が細く、繊細なものだったので、艶やかで上品なものになった。
豪華絢爛の言葉に相応しい色打掛なのだが、それにふさわしく重くなった。
(重さに耐えられるだろうか?)
彩香も関係者も、密かに彩香の体力を心配していた。
大丈夫、だったかな?
うふっ、ふふふのふ♬
幸せな感じが伝わっていると良いのですが
少しでも皆様の気晴らしになったら良かったです。
引き続きよろしくお願いします。




