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海に月の光が梳ける時  作者: 稜 香音
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30

前に進みましょう。

「龍志朗は強いのか?」


腕が鈍ると、朝稽古を欠かさないが、時間が空くと昼前にも素振りをしている龍志朗に八十助がぽつりと聞いた。


「ん~、強いと言えば都の中では強い、この前の隣国との小競合いでも、戦自体は勝ったけど、強いかどうかは比較対象に寄るから、どうかな?」


龍志朗は八十助の意図が解らず考えながら応えた。


「そうか」


八十助の答えは短い。


「何故?」


龍志朗が気になったので首を傾げながら尋ねる。


「ここでは俺より強い者はいない、だが、それではこれ以上強くなれない、そして、お前達みたいな強い者が来た時に彩也様を守り切れない」


八十助はもっと強くなりたいと思っていた。


それは、龍志朗達が攻めて来る前から、密かに思っていた。


この島での暮らしは決して豊かではない。


島に無い物を都から密かに調達してくる日々だ。


それも、彩也達がここへ戻って来た時に持っていた金貨を少しずつ減らして、何とか凌いでいたに過ぎない。


早晩、足りなくなった時に争いごとになるか、朽ち果てるかのどちらかだと思っていた。


「島を出れば、また、昔の様に彩也様に危害が及ぶと思っていた」


「成程、だが、それなら、もう、不要な心配だ、危害が及ぶことは無い、島に無くて必要な物は月夜家から持って行けば良い」


龍志朗が事も無げに言い含める。


「それは、彩也様は良いが、他の島民は良くない」


意外に頑なな八十助だった。


「それならば、彩也様からのお下がりなら良いんじゃないか?」


龍志朗の言葉に、じっと睨んできた八十助だった。


その眼に口の端をゆっくりと上げて、不敵な笑みを浮かべた。




「龍志朗様、こちらにいらしたのですか?」


春風のように優しい声が届いた。


「彩香、どうした?」


声を掛けるが早いか、手を掴むのが早いか、彩香の答えを聞く頃にはしっかり腕の中に収めている。


「お昼の用意が出来たと言われましたので、お声がけに参りました」


見上げればすぐ目の前に、龍志朗の美麗な顔が迫って来る、それだけで、彩香の頬が染まる。


「そんな時間だった、直ぐに行こう、八十助も、さぁ」


振り向きざまに八十助に声を掛ければ、黙って頷いて付いてくる。




昼食を摂った後、彩香と二人で裏の小高い丘に散歩に来ていた。


「おばぁ様、最近は落ち着いていらっしゃるの、お疲れの様子も無いし、一通り巫女の術のお話も伺いました」


大きな木の木陰で、のんびりと彩香の膝枕に頭を預けている龍志朗に話しかけた。


「そうか、では、そろそろ話を切り出しても大丈夫かもしれないな」


龍志朗は片手を上げ、自分を見下ろしている彩香の頬を撫ぜる。


その言葉に小首を傾げて不思議そうな瞳を向ける。


「彩香を連れて帰る話だよ、私もいつまでも休んでいるわけにはいかない、北が激怒してくる、さりとて、無策で彩香をここから連れ出せはしないだろう? おばぁ様にも島民にも少し安心してもらう期間も必要だし、今後の話を切り出すにしても信頼関係が有ると無いとでは別次元だ、都では父上が帝と決め事を進めているだろうから、こちらもそろそろ話さないと進めない」


「私だけ龍志朗様と戻っても良いものでしょうか?」


龍志朗の言葉に息を飲んだが、やがて眉尻を下げて悲し気な目をして、彩香が問う。


「ここだけでの暮らしは限界がある、いずれは、都とも接点を持たねばならなかったのだろう、で、あれば、今が一番良い、彩香の一族を迎える準備が出来る、もちろん一族はここでの暮らしを望むだろう、でも、彩香は元々都で暮らしていたのだし、航路を開けばここを訪れる事も出来る、衰退の道はおばぁ様も望まないだろう」


龍志朗の言葉に安心して胸が温かくなった彩香だ。


「ありがとうございます、龍志朗様がそのように皆さんの事を考えて下さって、とても、嬉しく思います」


野に咲く花の零れんばかりの笑みが向けられた。


「彩香が心に憂いなく過ごせる事が大事だからな、いずれおばぁ様が亡くなっても、島民が安心してここで暮らして活けるように、八十助は彩香の護衛に向かえても良いし、ここで暮らしたい女性の手仕事で出来た物を都で売って、先々も暮らせるようにすれば良い、贅沢は出来ないかもしれないが暮らしてはいけると思う」


龍志朗が彩香の長い髪を指先に絡ましながら話す。


「そうですね、おばぁ様に長生きして下さい、と、この前お願いしましたら、もう、十分長生きしている、と言われてしまいました」


口元に手を当て小さく笑いながら、彩香は思い出していた。


「それはそうだろう、いくら一族が早婚とは言え、高祖母に当たるのだから、十分だと言われても、文句のつけようが無い、寧ろ、これだけ長生きして頂き有難き事と思わなければな」


龍志朗もわざと目を丸くさせて、笑っていた。




龍志朗と彩香が、揃って彩也の前に座っていた。


「して、策が見つかったか?」


彩也の声は穏やかだった。


「はい、こちらからご提案がございます」


龍志朗が真っ直ぐ彩也の眼を見る。


「彩香を連れて帰らせて頂きます」


はっきりと、淀みなく龍志朗が彩也に伝える。


「そうか、で?」


澄んだ瞳で返された。


龍志朗は、先程、彩香に話をしていた事を更に具体的に話した。


彩香が一通り巫女としての役割を学んだのであれば、必要な儀式なり、定期的に船でこちらに出向く事、日々の護衛は都の沿岸警備隊の警戒航路に組み込み、他国から進撃されないよう、また、都からも攻撃が無いよう軍内で徹底する事、民衆には既に先の事は忘れている者が多いので、敢えて、騒ぎ立てない事、必要物資は当面月夜家から提供し、先々島民の暮らしが成り立つように助成する事、彩也が亡くなった後でも変わらない事、それらを丁寧に伝えた。




「おばぁ様、ここに戻って来る事も出来ると、龍志朗様がおしゃっているし、皆さんを守って頂けるの」


彩香も口添える。


「そうか、戻るか・・・」


彩也が小さく漏らした声を彩香は逃さなかった。


「ごめんなさい、おばぁ様に助けて頂いたのに・・・」


彩香は自分の想いを優先してしまい、彩也や皆を捨てる様な真似をする自分が、不甲斐なく、申し訳ないと思い、唇を噛んで俯いた。


「彩香、『戻る』と言ったのは、お前が都に『戻る』事では無く、島に『戻る』と言った方だよ、お前はここに来るとは言わなかったろ、それだけでも嬉しいよ」


彩也の目尻に小さく光るものが見えた。


顔を上げた彩香の瞳から小さな雫がぽろぽろ零れる。


「お、おばぁ様・・・」


「それだけの事を言って、若造に出来るのか?」


彩也の凛とした声が静かに響く。


「もちろん、今頃、父上が帝と話していると思われます、こちらに来る前に今回の事は帝直下のご命令で動いている事だと聞いておりますし、彩香を月夜家に迎えるためにはそれくらい必要な事ですから、私も戻りましたら遂行の一端を担います」


龍志朗の凛とした顔から、揺らがぬ強さが見えた。


「そうか」


彩也の一言にまた静まった。




「龍志朗坊、彩香を、島の民を頼む」


彩也が龍志朗の目を真っ直ぐに見た。


その眼は鋭さよりも慈愛に満ちていた。


「はい、全力でお守りします」


龍志朗が応えると彩也は頭を下げた。


龍志朗も彩也より低く頭を下げ返した。


彩香も隣で同じ様に彩也に頭を下げた。


お互いが頭を上げると彩也が彩香の手を取り、側に寄せた。


「海の巫女の事を忘れるな、彩香、お前は一族の誇りを持って、だが、奢るな、海に愛されている今を大事に、心を持て」


「はい、おばぁ様」


泣き笑いの微笑みを彩香が彩也に向けた。




後日、龍斗が密かに帝を連れて、彩也の所に龍志朗達を迎えに来た。


非公式とは言え、帝が庶民の所に来たのである。


しかも、時の帝の行いを謝罪しにきたので、流石の彩也も驚き、慌てていた。


龍志朗の言っていた策の通り、今後は、沿岸警備隊が、毎日、警備航路として敵国との境界海域や、島の周囲を警備してくれる事になり、日々の幻術からは解放された。


それだけでも彩也の体力温存には十分であった。


「死ねぬ、かもしれぬな」


と、皆の前で高笑いをした彩也だった。


彩香達が都に戻り、また、寂しくなった島だが、龍志朗と彩香の結婚式には呼ぶから、元気にしていて欲しいと頼まれ、ゆりや八十助にも葉っぱを掛けられていた彩也だった。






彩香が龍志朗と別邸に戻った。


「あ、彩香様~」


雪乃の号泣と絶叫と抱擁に迎えられた。


「ご無事で、ご無事で、お戻りで、良かったです、良かったです、もう、雪乃の寿命が尽きるかと思いましたぁ」


次から次へと溢れる涙を拭う暇もなく、畳み掛ける様に語られる。


「ご、ごめんなさい、心配をかけてしまって、本当にごめんなさい」


只々、詫びるしかない彩香だった。


「いいんですよ、いいんですよ、ご無事で戻ってきて頂いて、もう、どこへも行かないでいてくだされば、いいんです」


雪乃は涙で散らかした顔で、何度も頷いていた。


「はい、ここに戻ってきましたから」


彩香の目尻にも雫が光る。



大丈夫、だったかな?


少しでも皆様の気晴らしになったら良かったです。

引き続きよろしくお願いします。

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