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予約が出来ていました!
進めます。
「そろそろ、お昼になさらない?」
椿ののんびりした声が扉を開けながら入ってきた。
「あ、そうだね、彩香さんは、好き嫌いは無いかな?」
雅和が気を使って聞いてくれる。
「はい、ありません」
これは、結構自信あるので、元気に答えられた。
「ほんとに、何でも食えるのか」
「え、何でも?」
龍志朗にそう言われると、何故か、食べた事が無い物が、この世にたくさんあって、それはなかなか、普通の人は食べたがらない物で、それも食べると言えるのか?と無理難題を言われているような気がしてきて、心配になってきて、視線が泳ぎ始める。
「龍志朗さん、そんな変わったお食事を、我が家では出しませんわよ」
椿が優しく諫める。
「そう」
龍志朗の口角が少し上がっているように見えたが、彩香はどうして良いかわからず、俯いているので、それに気が付かない。
(一食分なんだろうか?お昼って言ってたから、一食分なんだろうなぁ)
椿に案内されて、入った食堂に並べられていた料理は、彩香の何日か分のお昼ではないかと思われた。
「彩香さんは何がお好きかしら?お口に合うと良いのだけれど?」
「はい、大丈夫です」
(いえ、お口を合わせます、きっと、美味しいです!)
椿の心配そうな眼差しを見ると、悲しませてはいけない!と、思わずにはいられなくなる程、椿の笑顔は優しい、彩香も真っすぐに椿を見つめる。
森野家ともなると食事は基本、抱えている料理人が作る、ただ、椿は料理が好きなので、一緒に作ることも多く、腕前は確かだ。
「筍か、季節だね」
「ふふ、良い物があったの」
雅和は季節を楽しむのが好きだ。
仕事柄、薬の材料というものは、時期的に収穫しておかなければならない物もある、その調達時期を誤れば、必要な時に薬の材料が足りないという失態を招くからだ。
だからこそ、季節に敏感であり、楽しむ余裕が大事だと思っている。
並んでいたのは、筍の先端とわかめの和え物、きくらげの寒天寄せ、里芋と茸の煮物、しし唐と椎茸の焼き物、ゆり根と青物のお浸し、鰆の焼き魚、茗荷の吸い物、青豆のご飯、と小鉢や小皿が並んでいる。
「相変わらず、ここのご飯は多いね」
「龍志朗さんは食べたいものだけ、召し上がれ」
龍志朗は見ただけでお腹一杯になりそうな気配だが、幼少期と違い、今は少し食べられるようになったし、椿の料理は雪乃の料理と違っていても、食べやすい。
(そうなんだ、やっぱり、この量は多いで合っているのね、食べきれはしないかも、困ったわ)
彩香は何食分ものお昼ではないかと思うくらいなので、味よりもそちらを心配した。
「彩香さんも食べられ分だけで良いのよ、残ったらお土産にするから」
彩香の心配を察したのか、椿が提案する。
「ありがとうございます。」
彩香はご飯代が浮く喜びと、出された物を粗末にしないで済むと、ほっとした。
使用人に椅子を引かれ、座った。
「さぁさぁ、召し上がれ」
椿が皆を促す。
「いただきます」
(龍志朗様、茸、好きなのかな?)
密かに龍志朗が食べる様を見て、彩香も茸を食べてみた。
和やかに食事は進んだ。
「彩香さんは、お料理はお好き?」
椿が唐突に尋ねた。
「自炊をしている程度ですが・・・」
彩香は好きとか嫌いとかよりも、必要なのでしているので、特別考えた事はなかった。
「あら、でも、出来ない方もいらっしゃるから、すごいわね」
椿は出来ない女学校時代の友人を思い出し答えた。
「いえ、簡単な物ばかりですから」
彩香は自分で作れなければ、飢え死にしてしまうので、必要に迫られているだけだ。
「じゃ、今度、一緒に作りましょう、のんびり作ると楽しいわよ」
「はい、ありがとうございます」
食事をしながら、椿の笑顔についつい、つられて彩香は応えてしまったが、何だか変な事に答えたような気がした。
椿のいたずらっぽい瞳がキラキラ輝いているのを見ると、変更は言い出せない。
食事の後、「少しだけな」と龍志朗が彩香に教えてくれた。
「『医療』以外の魔力とは、『攻撃力』と『防御力』に分かれていて、私の家は『攻撃力』だ、特に私は火力を使う攻撃で、瞬時に移動が可能なので、敵を、如何に素早く、殲滅させるかにかかってくる能力だ。
当然、能力を行使するには、本人の体力と判断力が必要になるので、日々の鍛錬は欠かせないし、どんな手段を使うか、戦法を覚えることも必要だ。
一撃に効果があればあるほど、戦局は有利になるし、『防御力』の家の者と組んで戦うことが多いが、その理由は自分が、攻撃に専念できるからだ。
我が身の防御を他の者に任せれば全力で攻撃できる、ただし、これは、自分と同等の魔力を必要とするから難しい。
『防御力』の家系は主に『膜』を張る事が任務となり、この『膜』がどのくらいの防御力を持っているかで、その魔力の強さがわかる。
防御の方は、移動ができない代わりに遠隔操作ができる。
どちらか片方しか使えないわけではないが、力量の差は激しい、なので、通常はどちらかに専念する。
後は、お互いが使う『封式』かな、これは、自分の意思伝達を離れている者にする事もあるし、第三者に自分の魔力の一部を使う事もある、その場合『防御力』の『膜』が使われる事の方が多いけどな、なんとなくわかるか?」
「はい、すごいですね、そんな風に違いがあるなんて知りませんでした」
魔力について、龍志朗が丁寧に説明してくれた事もうれしく、初めて知った魔力についても興味がわき、心が躍った彩香は瞳を輝かせて、素直に心のままを伝えた。
(あ、しまった、子供みたいな感想になってしまったかしら)
彩香は感じた事をそのまま口にしたのだが、折角説明してくれた龍志朗には、物足りない感想になってしまったのではと危惧した。
「そうか」
平坦な声で一言返しただけの龍志朗だったが、自分の説明に、瞳を輝かせて真っすぐ自分を見つめてくる彩香が、心からそう思っているだろう、と推察される言葉の方が、思ってもいない美辞麗句を並べ立てられるより、心地良かった。
一頻り説明した龍志朗は「そろそろ帰る」と言い始めたので、「私も」と彩香も暇乞いを申し出た。
そんな所に師の雅也が出てきて、彩香に声をかけた。
「進んだか」
「はい、勉強になりました」
「羅学の文献もあったろう?」
「え?」
彩香は読んでいない事を言われたので、戸惑った。
「じゃ、帰ります」
立ち上がっている龍志朗が告げた。
「今度、彩香さんとお料理するから、食べに来てね」
椿に声をかけられた。
「・・・、何故?」
龍志朗は言葉を選びながら答えた。
「いいじゃない、食べてくれる人がいる方が、作るのは楽しいもの、ねぇ」
椿に微笑まれて問われると、その微笑みにつられてまた、彩香が返事をした。
「はい」
(あー、返事しちゃった、どうしよう、絶対迷惑な話なはず)
反射的に返事をした彩香は、俯いているが赤い耳が見えていた。
身体が硬くなっているのは手に取るようにわかる。
そんな困った様子の彩香を見て、龍志朗は軽いため息をつきながら、仕方なく応えた。
「・・・ わかった、わかった、休みが合えばな」
「はぁーい、待ってるわ」
手をひらひらさせながら、玄関を後にする龍志朗の背に、椿の甘い声が響く。
結局、その後、師に追加の文献を読まされてから、また、森野家の車で寮まで送られて帰ってきた。
部屋に入るなり、彩香は床に座り込んだ。
「なんか、すごい事になっちゃった」
誰に語るわけでもない独り言だが、今日一日で何年分の体験をしたのだろう?というくらい驚きの連続であった。
「聞いていた人と違う気がする」
流石に、世情に疎い彩香でも、初めて龍志朗に助けてもらった時から、同僚のうわさ話が聞こえて来る時は、聞き耳を立てていた。
冷酷無慈悲の鬼隊長で、少しの落ち度でも容赦なく平手打ちが飛んできて、怒鳴られたりして、日々の訓練は厳しく、脱落する者もいるし、一度役に立たないと評されたら即刻、他の部隊に異動させられる。
名家であるので、そもそも家柄ありきの物言い、父親は軍の将校で、当代もその実力は折り紙付きと言われ、とても厳しいらしく、母方はお呼ばれした『薬師界』の重鎮である。
おまけに、学生時代から女性を寄せ付けず、その非道なものの言いように、立ち直れないくらい傷ついた女性が山ほどいる、らしい・・・。
「どれも思い当たらない・・・」
彩香は呟きながら、龍志朗から温かさすら、感じている自分に驚いている。
もちろん、何か言われるとどう対応していいいかわからず、困る事の方が多いのだが、困っているのは自分だけで、龍志朗には迷惑がかかっていないような気がする。
誰にも頼れない彩香にとって、他人と関わって迷惑をかけるのは不安を通り越して、恐ろしく感じてしまう。
龍志朗はその事を感じさせない。
しかも、謝らなくて良いと言ってくれる。
それは彩香にとって、自分の存在を認めてくれる『居ても良い』と同じような響きを持っているので安心する。
ふわふわとした温かさにくるまれながら、今日のあれこれ思い出すと、赤くなったり、知らずに口角が上がったりして、不思議な感覚だった。
「ただいま」
「おかえりなさいまし、坊ちゃま、如何でした?」
帰るなり、満面の笑みで問いてくる雪乃に対して、龍志朗は、もの凄い圧迫感を感じた。
この期待感は何だと、少し後退りを覚えた。
「あー、椿おばさん、喜んでいたよ、流石、雪乃が選ぶだけあるって」
「そうではなくてですね」
普段は穏やかで、優しい雪乃の眉尻が少し上がる。
「・・・言って見ただけだよ」
龍志朗がそっと呟く声は届かない。
「白藤色しらふじいろの着物着てたよ、今度、椿おばさんと料理するんだって」
「坊ちゃまとはどんなお話を?」
雪乃は眼を輝かせてその先を期待した。
「仕事の話」
違う答えを期待していた雪乃は念のため、続きがあるのかと、問い掛ける。
「・・・それだけでございますか」
「ああ」
実に素っ気ない龍志朗の返事である。
室内の気温が下がったのではないかと錯覚を起こす。
(ま、お話しただけでも良しとしましょう、良しと!!!)
雪乃は龍志朗の着替えを手伝いながら、無理やり納得する事にした。
龍志朗は、雪乃には敢えて言わなかったが、女性と会話していて、嫌な気分にもならず、構えなくても済むのが、珍しい感覚だった。
自身の説明に、あんなにも目を輝かせて素直に応えられる事が、嬉しい事だとも今まで思った事はなかった。
(何だろう、この感覚・・・)
密かに思っていた。
大丈夫、だったかな?
少しでも皆様の気晴らしになったら良かったです。
引き続きよろしくお願いします。