29
大事な話。
「まず、彩香さんを助けて頂いてありがとうございます」
屋敷に戻り、座敷に通されて、お互い座ると真っ先に龍斗が彩也に頭を下げた。
それを見て、龍志朗も同じ様にした。
「頭を上げて下され、彩香は海からの贈り物、助けたのは海の巫女じゃ、それに彩香はわが一族の巫女だから、月夜殿のためでは無い」
穏やかな笑みを浮かべる彩也だが、今は目が笑っていない。
「勿論、そうかもしれないが、月夜家にとっても大事な娘です」
龍斗も穏やかに応えるが、瞳に力が籠る。
「龍也りゅうや殿には随分助けてもらった、今日、我が一族が生きているのは龍也殿のお蔭、忘れた事など一度も無い」
彩也が噛み締めるように話す。
「その事だが、先帝は苦しんで死んで逝ったと、聞いている、今の帝は先帝のした事を許していない、だから、貴女に詫びたいとおしゃっている、そのためにずっと貴方方一族の消息を調査していた。それでも中々分からなかったが、彩香さんのお蔭で糸口が見えたと思ったら、いなくなってしまったので、見つかって本当に良かった」
龍斗は彩也に理解してもらいたいと語る。
「そうか、苦しんで・・・だが、あの子は帰って来ない、亡くなった者も多い、失った者は帰らない」
彩也の瞳は冷たかった。
「勿論、我々都の者がした事を許して頂く事は出来ないと思います、だが、これからは、一族の方のためにも良い方向へ、向かって頂ければと思います、彩香さんと龍志朗の事もありますし」
龍斗が彩也から彩香に視線を流す。
「私は彩香を手放す気はありません、ですが、彩香の親族を蔑ろにする気は毛頭ありません」
真正面から、龍志朗は彩也の瞳を見た。
「でも、龍志朗様のお傍に居たらご迷惑をお掛けしてしまいます」
彩香が小さな声で俯いたまま龍志朗に告げた。
「そんな事は無い、誰もそんな事を思っていないから、北や対馬も協力してくれたんだ、あれはしっかり排除したから、何も心配はいらない」
龍志朗が彩香の肩を抱き、何度もその背を撫ぜる。
そっと顔を上げ彩香は龍志朗を見上げた。
いつも自分に向けられていた優しい笑みがそこにあった。
頬を桜色に染めて、龍志朗の上着の袖をそっと掴んで俯いた。
「まぁ、何もなければ彩香も海からは来なかったろうな、それで、海から来なければならないような理由は、もう、存在しないという事か?若造」
彩香は初めて、彩也の身が凍るような低い声を聞いた。
「二度と起きません、二度と彩香が悲しむような事はありません」
龍志朗は彩香から彩也へと向き直し、挑むように彩也を見て、唇を引き締めた。
「彩香は、一族にはなくてはならない大事な巫女だ、一族が生きていく事を守るために必要な巫女じゃ、もうすぐわしは死ぬ、そうしたら一族を守る事を引き継いでもらわなければならない、お前はわしらが滅んでも良いと?」
淡々と響く低い声に、その事実に、彩香が身を震わせた。
「おばぁ様・・・」
彩香は、会って数日しか経たないとは言え、触れてきた温もりに心が軋み、言葉が続かない。
「いえ、そのような事は思っていません、お互いが幸せなる方法がある筈です、それを見つけます、誰かが不幸になっていい筈はありません」
龍志朗が片手を前へと伸ばして畳につけた、守りたい、その一心だった。
「皆の幸せか・・・願うのは簡単だ、叶えるのが難しいのだ」
彩也の声が変わって、穏やかになった。
「時間を頂けませんか?今度は帝も貴方方の幸せを願っております、願う者が多くなっています、だから、きっと見つけられると思います、私は父に代わって願いを叶えてあげたい」
黙っていた龍斗が彩也に問い掛ける。
「龍真坊の願い?」
彩也が不思議そうに龍斗に問うた。
「母がいない時、父が亡くなる少し前でしたが、こっそり打ち明けてくれました。幼い頃結婚の約束をした少女がいたと、年は上だったが、可愛くて、愛らしくて、少女を守れるだけの男になりたいと、幼い日に誓ったそうです、その少女は都を救う程強かった少女なのに、今思えば、どこをどう考えたんだか、笑い話にもならないと、笑っていました」
龍斗が目を細めて懐かしそうに話す。
「そうか・・・、龍真坊は覚えていてくれたのか、最後まで、ほんとうに、逝ってしまった時も傍にいてくれたんだよ、大きな声で泣いて泣いて、既に帝から疎まれていたのに、毎日毎日、庭の花を摘んで、敷に来てくれて、僕のお嫁さんになるんだからと、その手を握っていてくれたんだよ、そう・・・、亡くなる前に、そんな時迄、覚えていてくれたのかい、優しいね、龍真坊は・・・」
彩也の瞳から大きな雫が畳に落ちた。
「おばぁ様・・・」
彩香が龍志朗の手を離れ、彩也の目尻にそっと袖をつける。
「彩香、お前の幸せはそこにあるのか?」
彩也が目の前にきた彩香の頬を両手で包み問い掛けた。
「おばぁ様・・・私は・・・龍志朗様と、一緒に居たいです、でも、おばぁ様達も大事です、ですから・・・」
彩也の瞳を見ながら、彩香が声を絞り出す。
彩香も判らなかった。
我が身は一つ、居たい場所は二つ。
「暫く、ここに置いてください」
突然の龍志朗の発言に、その場の皆が振り向き、目を丸くした。
「今、すぐに方法が見つかる訳ではありません、何が問題で、どうしたら対処出来るか、それを見極めます」
龍志朗のその発言に真っ先に応えたのは彩也だった。
「そうか、そうだな、見つけるとするか、このままでは一番苦しむのは彩香だからな」
「不本意なので」
口の端を上げ、不敵な笑みを彩也に龍志朗が向けた。
横で大きなため息を漏らした龍斗だった。
場が緩んだ頃にお茶が運ばれてきた。
今後の事など話さなければと、言いつつも、龍斗と彩也は龍真の話、龍志朗はひたすら彩香を膝に乗せ、頭を撫でて、この島に来てからの話を聞いていた。
「で、隊長はお戻りにならないと?」
「そういうことだ」
「そ、『そういうことだ』ではなくて、ですね、『そういうことだ』ではなくて、しっかり働いてもらうために、加勢に来ているのですが、そこの所の考慮はして頂けないのでしょうか?」
北は龍斗が一人で船艇に戻るなり、隊長と彩香さんはと聞いて、暫く島に留まると答えたので、掴みかからんばかりの勢いだった。
「安心しろ、そもそも、この戦略は帝、直下のご命令だ、それで滞ったところで文句は出ん」
龍斗の一言に場が凍った。
出撃前に告げなかった帝の命を龍斗が一同に話す。
船艇がゆっくりと沖から離れ都に戻っていった。
大丈夫、だったかな?
ちょっと北がかわいそうかな。
少しでも皆様の気晴らしになったら良かったです。
引き続きよろしくお願いします。




