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海に月の光が梳ける時  作者: 稜 香音
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これも出会いです。

「大丈夫ですか?横になられて」


彩香の高祖母が奥の座敷で喘いでいた。


かなりの高齢なのに、四方八方からの侵入者を防ぐため、靄をいつも以上に発生させ、幻術を使い、龍斗達を退けた。


お婆は仕掛けてきたのが龍斗とは気が付いていない。


一瞬の隙を突かれ、彩香の姿が見られたかもしれない。


しかし、明日の儀式までは何としても守り抜きたかった。


「彩香は、彩香はどこに・・・」


掠れた声は息が漏れている様で心許なく、その眼も明けきらない有様だった。


「直ぐに使いを走らせたので、もう、戻ってきましょう」


お付きの者がお婆の背中を擦りながら、声を掛け続ける。


「彩香様、お戻りです」


屋敷の入口の方から通る声が奥へと聞こえ、大きく吐き出された息と共に、お婆は横たわった。




「全員無事か?」


龍斗が、星北に声を掛けた。


「ああ、何も見えなかったらしいが」


星北の低い声が周囲にも重い空気となって伝わる。


「星、思っていた通りだ、一度戻るぞ」


「ん」


船首の向きを変え、船艇が静かに海を滑り出した。




海が凪いでいた。


満月の光が波間に揺れ、浜辺から一筋の道を作っていた。


浜辺には、高祖母の彩也あややをはじめ、残り少ない一族の者達と、巫女の衣裳を纏った彩香が揃っていた。


「彩香、この光に導いてもらえばいいからね、ゆっくり進んで行きなさい」


彩也の小さな手が彩香の背中を擦りながら、片方の手で光を指し示す。


「はい、おばぁ様、行って参ります」


彩香が背筋を伸ばして海へと向き合う。


静かに海に入っていく。


あの時とは違う。


悲しみに暮れて、何も出来ない自分を悔やんでいた時とは違う。


今はおばぁ様達、皆の期待を背中に背負っている。


それだけで、何故か誇らしかった。


そっと、足を入れた。


一歩、二歩、と、入れて足首が海水に浸る。


三歩目を進めた時、海に入ったはずの足から水が引く。


四歩目、五歩目と、深く海に入っていっている筈なのに、彩香は全く濡れていない。


浜辺のざわめきが波の様に響く。


光の道を少しずつ進めていると、除けた波が彩香の背まで届いた。


「漸く、来たね、待ってたよ、この時を」


女の子の声が不意に聞こえた。


驚き、首を左右に振り、声の主を彩香は探す。


「心も身体も大丈夫かな?送り届けただけだったから、少し心配だったの」


探していた声の主は海の中からだった。


愛らしい顔は幼くも大人にも見え、漂うように長い髪が海中に広がり、彩香をじっと見つめていた。


「貴女は誰?」


彩香は海の中の彼女に問い掛けた。


「私は海の巫女、貴方が海に入って来た時にこの浜辺まで届けたの、元気になって良かったわ」


海の巫女は微笑んでいた。


その声は海の中から聞こえてきた。


「ありがとう、おばぁ様や皆さんに良くしてもらっているの、元気になったわ、貴女のお陰ね、ありがとう」


彩香は不思議な懐かしさに包まれた。


「良かったわ、途絶えなくて、貴方にもきっと幸せが降ってくるわ、きっと今度は良い方に動くわ、私もそう願っているから、貴方に一つでも多くの幸せが降りますように、貴方の力がより良く目覚めますように」


海の巫女が言い終わると、彩香は目を開けていられない程の光に包まれた。


満月の光が彩香を飲み込んで海に梳けていく。


眩しさが納まり、そっと目を開けると、声がした。


「さぁ、陸に戻って良いわよ、陸の巫女、いつかまた会える日まで幸せにね」


「ありがとう、貴女も幸せにね」


海の中の彼女が薄く見えなくなっていった。


彩香は浜辺の方へ振り返り、来た時の様に、光の道をそっと戻った。


「おばぁ様、戻りました、海の巫女とお話をしました」


浜辺に戻ると、お付きの者に支えられながら立っていた彩也が手を伸ばして、彩香の手を握りしめてきた。


そっとその手を握り返しながら彩香は報告する。


「良かった、良かった、海の巫女に祝福されたのなら、大丈夫だ、ああ、もうこれで思い残すことは無い」


力尽きた様に膝から崩れ落ちていく高祖母を八十助が支えた。


「おばぁ様、も、戻りましょう、おやすみください」


彩香も側から声を掛ける。


屋敷に戻り、彩也を休ませ、皆で側に控えた。




「何も変っていない?」


昨夜の儀式の後、彩也の寝息が静かに落ち着いたのを確認してから、それぞれ眠りについたのだが、目覚めてみれば、彩香は何の変わり映えもしない朝に気が抜けた。


「彩香様、お目覚めですか?」


ゆりの声が障子の向こうから聞こえた。


「ええ、おはようございます、おばぁ様は?」


上半身だけ布団から起き上がって、返事をした。


すっーと障子が開いて、朝日と共にゆりが入ってきた。


「彩也様も、先程、お静かにお目覚めです」


柔らかな声で応えてもらい、彩香は安堵した。


「では、おばぁ様にご挨拶に行かないと」


支度をゆりに手伝ってもらいながら、いつもの朝を迎えた。


「おはようございます、おばぁ様」


静かに障子に手を掛け、開けた。


「おはよう、気分はどうだね?」


背中に支えを当てが割れて、布団の中で上半身を起こしていた。


「私は、何も変わってないので、大丈夫ですが、おばぁ様こそ、起きても大丈夫なのですか?」


小首を傾げなら彩香が彩也に問い掛けると、皺の中に埋まりそうなくらい目を細めて、


応えた。


「気分はとっても良いよ、この上なく晴れやかじゃ、身体はな、前にも言ったが、年だから、そこここが痛いなどは普通じゃよ、だからな、残りの話を今のうちに伝えておこうと思うんだよ」


彩也の優しい瞳に、一瞬、冷たい光が含まれたかの様に見えた。




そして、訥々と語られた。


世代交互に能力の有無がある女子が生まれる。


処が、弱いながらも能力を持った自分から、稀に見る能力を持った子が産まれた。


儀式をするまでもなく、海より愛された女子であると、すぐに分かった。


「幼い頃から、浜辺で遊ぶと波が除けて行くんだよ、月の光が無い時にでも」


それがどれ程強い力か、蔵の書物を読むまでわからなかった。


ある時、自分達とは無関係と思っていた、戦っている国の船が入り江に入ってきた。


酷く壊されていたので、入ってきたと言うより、漂流してきたと言った方が正しかったのだろう。


更に攻撃するために来た敵の船を一族の力を使って、追い払ってしまった。


敵がいなくなったので、漂流してきた船の国の味方がここまでやってきて、連れて帰ってくれた。


だが、帰ったと思ったら、また、来たんだよ。


大きな船で、この一族の力に目を付けたらしく、都の帝が会いたいから是非と、今思えば言葉巧みに連れて行かれたんじゃがな。


色んな口実をつけて、海辺の近くの家に住まわされた。


そうこうしているうちに、また、敵が攻めてきたんだが、同じ手は効かなかった。


わしの力も弱まってきていたのかもしれないが、敵も対処は考えてからくるだろうから、


もっと強い力でないと勝てなかった。


その時、都の軍がもっと強い者を連れてくるかと思ったら、次代の巫女の力を利用すると言い始めた。


まだ、儀式もしていない幼子を使える訳は無いと、断ったんだが、敵の攻撃が激しくなってきて、もう、頼る者がいなかった。


仕方なく、次代の巫女の力を使った。


敵は退けられて、暫くは、良かったが、やはり、、無理がたたったのだろう、段々と命の灯が削り取られて行くように弱って、歩けなくなり、起き上がれなくなり、食べられなくなり、静かに息が出来なくなって、逝ってしまった。


次世代の巫女が亡くなった途端、一族への帝の嫌がらせが始まった。


敵が攻めてこないと確信もしたんだろう、利用価値が無く、敵を倒した女神の様に崇められてしまっていたので、それも帝は気に入らなかったのだろう、自分の立場が危ういと思われたのかもしれない。


我が一族にそんな気は無いといくら説明しても無駄った。


そうして、利用されて、巫女を亡くした一族は、石打ち追われるように都を離れて、この地に戻って来て、二度と他者を入れないように、結界を張って過ごしている。


唯、月夜家だけが、我が一族を庇ってくれていたんだよ。


当時、軍の総帥だった月夜家当主が、帝に何度も提言してくれたが、聞く耳を持っていなかった。


自分達が不甲斐なかったから、次世代の巫女を亡くしてしまって、申し訳ないと、いつも気にしていてくれたんだよ。


追われて都を出て行く時も、ここまでの船を用意して、暫く過ごせるようにと、食料と物資をありったけ持たせてくれて、いつか、何のわだかまりも無い世情になった時には会いたいと、そう、願って見送ってくれたんだ、追手がかからないように。




そうしてこの地で、わしはまた子を産み、次世代へと継いでいけるようにしたんだが、その後、いくら継いでも、能力のある女子が生まれなかったんだ。


そして、皆、わしよりも早く亡くなってしまった。


お前の母はその重圧に耐えられなくて、いつも来ていた行商の者の代わりに、たまたま来た、父の誘いに乗って島を出て行ってしまったんだ。


どれ程探しても消息が掴めず、やっと探した時は死んだ後だった。


娘がいたとわかって、必死に探したんだが、どうしても、お前に辿り着かなかった。


まるで、隠されていたように、親が亡くなった後から先が掴めなったんだよ。


儀式の年齢を過ぎてからは諦める気持ちもあったんだが、やはり、諦めきれなかった。


「もしかしたら、どこかで・・・いつか・・・そう思って、後一日、後一日、と長生きしてしまったんじゃが、長生きはするもんじゃな、お前が、彩香が、海からやってきた」


訥々と掠れた声で語りながら、そっと彩香の髪を撫でている彩也であった。


「私も会えて良かったです、おばぁ様」


彩香は頬を静かに流れる涙にかまわず、彩也の皺深い小さな手を両手で握りこんだ。


障子の隙間から青く透き通った空が見えた。

大丈夫、だったかな?


少しでも皆様の気晴らしになったら良かったです。

引き続きよろしくお願いします。

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