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みんなもがんばっています。
「ここからあちらを見ると浜辺に見えますよね」
船艇を沖合に停泊させ、田沢が龍斗達、特殊部隊の面々に陸を指さし説明を始めた。
「ですが、ここから、浜辺に近づこうとすると、もう少し先のポイントで遠目に絶壁に見え始めて、あっと言う間に目前に岩壁が迫ってくるんですよ、試してみますね」
そう言終えると、片手を大きく上げ船内に合図する。
船艇がゆっくりと動き出すと、海面から靄もやが掛かり、視界が悪くなって、気が付くと絶壁が目の前にあった。
「だいたい、こんな感じです」
田沢達は何度も経験しているのか、理屈では無く、まるでこれがここの仕様の様に説明する。
「いや、おかしい、天候に異変が無いのに、靄が出て来る事自体、異常だ、しかも、その視界が悪くなった一瞬で崖が出来るなんて有り得ない!」
対馬が声をあげていたが、それは誰もが思っていた事だった。
「浜辺から絶壁が見えるタイミングはいつも同じなのか?水中はどうなっている?」
龍斗が田沢に確認する。
「変化のタイミングはほぼ、同じ位置です、水中は、海上で見方が変わる場所とほぼ同じ場所で、潮の流れが急に早くなって近づけなくなります」
横で丹沢が首肯している。
「そうか、変化する位置は緯度がずれるとどうなる?」
龍斗が重ねて問う。
「緯度は・・・それ程変えた事はありません、海上から浜辺が見える位置からしか、接近を試みた事はないので、入り江が狭いため、ほぼ正面からしか、試した事は無いですね、そう言えば・・・」
田沢が盲点を突かれたように首を傾げながら応えた。
「そうか、では、試しに、船艇が浜辺から見えないギリギリの位置に動かしてくれ」
龍斗が何か思いついたように、指示を出す。
それを合図の様に、全員が船室へと戻って行った。
「やはりな」
龍斗が言葉を漏らした。
先程の龍斗の指示の通り、一度、沖へ少し出てから船艇の位置をずらしたが、先程と同じで緯度で絶壁が見え始めた。
ついでに反対側へも同じ事をしたのだが、結果は同じだった。
再び正面で停泊した。
「浜辺に見えない監視が居る訳では無いようだな、恐らく幻術が張られているのだろう、
緯度に結界が張られていて、そこを超えると幻術が作動するのだろうな」
龍斗の語りに、沿岸警備隊は息を飲んだ。
「え、だってこの範囲です、しかもあの絶壁、物当てると本当に物体が物体に衝突したように跳ねるんです、どれ程の者が・・・」
田沢も、意外過ぎる龍斗の言葉に、勢い、反論を試みたが、想像を超える能力者を思ったら、尚更言葉が出なかった。
「星北、ちょっと飛んでみるか」
「ここからか?」
「ああ、遠くには行かない、上だ」
「そうだな、幻術となれば、接触は避けた方が良いだろう」
「ああ、そうだな」
龍斗と星北が甲板の先の方に移動する。
「お前達はここで少し待て」
北達の方へ振り向くと一言告げて、星北に向かって頷く。
それが合図の様に、龍斗が垂直に飛び上がり、下から追いかけるように、星北の防御膜が包む。
不思議な事に龍斗が上がれば上がった分だけ、境界付近に靄が起ちこめた。
「どうしても見せないと」
龍斗が寂し気な笑みを浮かべた。
静かに甲板に降り立った龍斗に皆が寄って来る。
「北、飛べる人間は何人いる?」
「はい、私と穂高と岩木と天城の4人で、防御が近江隊長と対馬と但馬の3人です」
「では、私が今の様に上空へ、北は正面へ、穂高は右へ、岩木と天城の二人で左へ、防御は、対馬が北へ、但馬が穂高へ、近江が岩木と天城へ、諏訪と丹沢は海中へ行けるか?そこを星北、防御してくれ、全方位から一斉に仕掛けるが、視察だけだ、絶対に攻撃をするな、こちらに少しも攻撃する気は無いと見せなければならない」
「了解!」
一斉に散って行く中、星北が戸惑いながら龍斗に声を掛ける。
「防御無しで大丈夫か?」
声を潜めて、強面の顔に陰りが見えた。
「ああ、無理はしないし、攻撃はしてこないだろう?恐らく、だから少しでも見たいのだあそこにきっと居る」
龍斗の強い意志を感じて、星北は黙って頷き、丹沢達の方へ向かった。
各自が準備をし、龍斗を見る。
龍斗が右手を上げ、振り切る。
一斉に各自が配置へと飛び、陸地へ向かう。
靄が濃くなってくるが、龍斗は先程より天空に上がった。
「どちらが早いかな?」
その顔に笑みを浮かべていた。
穂高と岩木、天城は直ぐに絶壁に相対し、靄が濃く手を伸ばしても岩には触れられないのに、息苦しくてそれ以上近づけないでいた。
「何だ、これは、風が押し返してきているのか?」
北は濃くなっていく靄の中、更に進もうとしたら、逆風を受けて押し返さえれていた。
「もうちょっと、進めないかな?」
「いや、この流れに巻き込まれたひとたまりもないぞ」
「手を伸ばし、わぁー」
「諏訪!」
諏訪の手が流れに触れた途端、海流に飲み込まれかけたが、丹沢が手を伸ばして掴むより早く、星北の防御膜ごと船艇横に強い力で引き寄せられた。
「何をする気だ」
眉間に深い皺が刻まれ、海上から掛けられる声は低い。
龍斗は高く天空に行ってから、目的地に向かって降りて来た。
崖の上に、緑が広がっていた、その上に、黒い点が見えた。
それが黒髪だと認識するや、その女性が見上げて来た。
「彩香!」
一瞬、目が合ったかと思ったが、一段と濃い靄と逆風により、海上まで弾き飛ばされていた。
「やはり、ここに居たか、必ず取り返す、いや、頂く・・・と言う方が、正しいのかもしれない」
龍斗は逆風の不意打ちで、口の端が切れていた。
この血が・・・ゆっくりと船に戻った。
大丈夫、だったかな?
少しでも皆様の気晴らしになったら良かったです。
引き続きよろしくお願いします。




