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彩香の笑顔
そのまま数日、寝たり起きたり、家の中を歩き始めて、ゆるりと過ごしていた。
食事もお風呂もゆりが甲斐甲斐しく世話焼いてくれるので、昼間は寝床から庭を眺めていたりした。
「色々とお召し上がりになれるようになって、良かったですね、儀式までに出来るだけ体力をつけなくてはなりませんね」
柔らかな笑みを向けてくれるゆりには感謝の言葉しかない。
「ゆりさんのお陰です、お食事も本当に美味しく頂いております、本当に、ありがとうございます」
彩香は心から礼を言う。
「いえいえ、お戻り頂いて良かったです、皆も案じていましたから」
ゆりは膳を下げるため、会釈して部屋を出て行った。
高祖母が入れ替わるように入ってきた。
「だいぶ顔色が良くなったね」
腰を擦りながら、目を細めて笑んで居る。
「おばぁ様、おはようございます、腰痛いのですか?」
不安そうに眉尻を下げて彩香が問い掛けた。
「んん、まぁ、年だからね、痛いの痛くないのという事でもないよ、それより、そろそろ歩き出しても良いよ。八十やそ助すけとゆりを連れて散歩に行っておいで、少し体を戻さないと儀式が出来ないからね」
それが昔からの癖のように頭を撫でられて、温かい声を掛けられる。
「はい、では、少し歩いて参ります」
彩香も目の前の庭しか知らなかったので、漸く周りに目が向けらた。
彩香は同じ庭ばかり見ていると、龍志朗を思い出して、胸の奥をぎゅっと、摑まれるよう様な錯覚を起こしていた。
ここの庭は、初めて龍志朗と出掛けた時に見た、公園の庭と似ていたのだ。
石と緑だけで出来ている。
だから、楽しかったあの時を思い出して、辛いのだ。
ゆりが戻ってきたら、外出用の着物に着替えさせてくれて、八十助を呼んで、屋敷から外に出た。
ゆりの案内で、屋敷の裏手になる小高い丘まで散歩する事にした、良く晴れているが、日除けの帽子を借りて、疲れたら、八十助がおぶって帰ってくれるらしい。
「いえいえ、そんな申し訳ないので、駄目そうななら、途中で引き返します」
両手を顔の前振りながら、ゆりや八十助に断っている。
「大丈夫ですよ、彩香様は華奢ですから、八十助にしてみれば、大きな魚を担ぐのと代わりませんから」
ゆりは、ふふっと笑いながら、八十助を突っついている。
「うん、大した事は無い」
突っつかれた八十助はぽつりと答えた。
3人でのんびりと丘まで登ってきた。
「わぁー海が広がっています、遠くに陸も見えるのですね」
空の青と海の青が遠くで寄り添う、近くにはうっすらと陸地が見えた。
「ここは眺めも良いですし、拓けた場所なので解放感が違いますから、彩香様にも是非来て頂きたかったのです、あちらに微かに見える陸地が都です」
ゆりが細長い指先を霞んで見える方を指し示す。
「都・・・遠いのですね」
(あそこには龍志朗様がいらっしゃる、雪乃さんも、師も、椿さんや牡丹さん、森野教授も、お義父様も・・・)
まだ、そんなに経っていないはずなのに、霞んで見えているからか、酷く遠くに感じる。
そこに自分が居て、幸せだった日々が。
指先に触れるものがあった。
「色々とございますでしょうが、今はお体をお大事になさってください」
ゆりが彩香の手をそっと握っていてくれた。
「ありがとうございます」
微かな笑みを浮かべて応えた。
「あまり居ると遮るものがありませんから、まだ、お体に堪えますでしょう、また、ゆるりと帰りましょうか」
ゆりに背を促されて、こくりと一つ頷き、都に背を向けた。
屋敷に戻り、ぬるい湯を使い、また、休む。
眠っていた間に洗って綺麗にしてもらったストールは、枕元の衣桁に掛けられている。
想いから解き離れたい、でも・・・、目を閉じると雫が顳顬を伝わった。
「明後日の儀式についてなんじゃがな」
高祖母が彩香の部屋にやってきた。
「はい、本当に私なのでしょうか?」
彩香は今まで全く知らずにいたので、今でも不思議に思っていた。
本当に自分が一族の『巫女様』なのか。
「そうだよ、母の名も合っている、何より、海から来たのだからね」
高祖母は穏やかに答える。
確かに、彩香は海に入ったのに、生きている。
あの時、海に入ったのに、何かに包まれるような感覚の後、記憶が無い。
気が付いたら、この浜辺に寝ていて、高祖母に声を掛けられたのだから、『海から来た』と言われると、辻褄は合うが説明は出来ない。
「明後日の衣も出来ているから、お前は何も心配いらないよ」
高祖母が語り始めた。
満月の光が海に道筋をつけてくれるから、彩香は浜辺から、その光に沿って海に入って行く。
巫女としての能力が高い程、海に入ってすぐに、足元から波が引いていき、海へと分け入って行ける。
自分の背丈より割けた波が高くなった頃、海の中から声がするから、それに従って返事をし、海の中の声から指示が出たら、陸へと引き返して、浜辺に着いたら終了である。
能力の無い女子の場合は、後見人の先々代巫女様が浜辺にいるので、引き返すように浜辺から指示を出す。
世代毎に有無が分かっていても、儀式は各代で実施するのが習わしである。
「きっと、お前は早くから波が除けてくれるから、心配はいらないよ」
そう、言いながら、彩香の頭をそっと撫でてくれる。
「はい」
彩香も微笑みを返せた。
大丈夫、だったかな?
少しでも皆様の気晴らしになったら良かったです。
引き続きよろしくお願いします。




