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お目覚めです。
5日後、沿岸警備隊が女性物の靴を発見した。
浜から沖へ向かった岩場に挟まっていた、小さい靴を見つけたのだ。
念のため、雪乃が呼ばれ、彩香の物か確認させれた。
「これは・・・牡丹様から頂いた、彩香様、お気に入りに靴で、当日も、履いて、出ていらっしゃいました・・・」
堪えきれない涙を手巾で拭っていた。
その場の関係者から、重たい空気が淀んで来た。
「ただ、これ、当日の潮流から考えるとおかしな岩場から発見されたんです」
発見した丹沢が控え目に発言すると一同が視線を向ける。
龍斗が“先に続けろ”と言いたげに眼に力を込める。
「あの、もし、彩香嬢が船から海へ降りたのなら、考えられるのですが、多分浜からですよね? そうすると、あの岩場に靴が流れつくのはおかしいんですよ、通常靴は意識が無くなれば早めに脱げますし、もし、脱げなかったとしても、途中で何かに当たって脱げたのなら、その途中に当たるものが必要ですが、沿岸警備隊の艇は、あの夜はもっと沖を航行していたので当たりません、海の真ん中に突然大きな物体が浮かび上がってきて、彩香嬢に当たり、靴が脱げて、彩香嬢はどこかに行かれた・・・っておかしいですよね?」
龍斗が北星を見る。
星北は首を横に振る。
「それに、所持品や服装のお話から、靴が見つかったのに、それよりも体から離れやすいストールが見つかっていないんです、軽ければ浮きやすいですし、流れやすいので先に見つかりそうなものですが」
丹沢は潜水士でもあるので、海面も海中も自分で探しているので、不思議に思っていたのである。
「その発見された岩場はどこだ?」
龍斗が問い掛けると机の上に海図を広げ、丹沢が指し示す。
そこから近場の陸は龍斗と星北が彩香の本当の一族が今も住んでいるのではないかと、期待していた地域だった。
二人が見合う。
「ここの海域からこちらの陸にかけ、を重点的に捜索だ」
龍斗の言葉に田沢が応える。
「ここの海域は独特な海流が多く潮流も読みにくく、この近辺を探索出来るのは丹沢と諏訪くらいです、ここの陸地は曰くつきで、実際の地形を確認できたものはおりません」
「どういう事だ?」
龍斗が訝し気に田沢を見る。
「海上から陸を見ている時は、浜辺に見えるのですが、いざ、近づくと断崖絶壁で上陸できないのです、沿岸警備隊の者なら一度は必ず通過している任務です、ただ、警備上も特に重要地点ではないので、問題になった事はありません」
田沢が、少し緊張気味に答える、今まで気にもしていなかった事が、これだけの捜索で重要視されれば、責務を問われかねない。
「成程、途中で手詰まりになるわけだ」
応えたのは星北だった。
龍斗が顔を向けた。
「あらゆる方面から探索していても、ある一定の所に来ると消息が途絶えてしまっていたんだよ、あの件、この目晦ましがぶった切っていたんだろう」
「成程、尚更、ここだな」
星北と龍斗の会話に誰もが頷けず、困惑していた。
「別件の話だが、彩香に関わる事だ、ここに上陸出来る方法を考える事と、この海域を調査してくれ、ただ、無理はするな、深追いはするな、何が起きるかわからないから、安全を確保した上で遂行しろ」
龍斗の命令に各自が散る。
翌日、龍志朗の意識が戻った。
彩香はまだ見つかっていない。
(ここは?んっ?体が軋む、病院か?どこの?)
龍志朗は眼を開いたら白い天井が見えたが、まだ、頭はぼんやりしていた。
「あ、月夜さん、気が付かれましたか?柊先生をお呼びしますね、まだ、動かないでくださいね」
付いていた看護師が柊医師を呼びに行く。
(柊先生がいるなら、都の病院か、ああ、帰り際地滑りがあって・・・何か大きな物に当たって・・・それで運ばれたのか)
「龍志朗君、わかるか?」
柊医師が病室に入ってきて、龍志朗に声を掛けた。
「はい、柊先生、わかります」
龍志朗の声はまだ出しにくそうで、掠れていた。
「そうか、頭痛や吐き気はどうだ?手足の痺れは?頭の中に靄がかかるような気は?ないか?」
「そう、ですね、身体が軋む感じはありますが、頭は特に何も・・・無いです」
声が戻るのはもう少し後であろう。
「そうか、運ばれてから1週間、意識が戻らなかったから、心配だったが、残る事はなさそうだね、骨は折れていないんだが、折れていないだけで、かなりの衝撃があったようだから、筋肉の損傷は激しい、だから、固定はしないが、安静にしていなさい」
いつになく、静かに話す柊医師に、違和感を、龍志朗は感じた。
「彩香は?先生、1週間意識が戻らなかったのなら、心配し過ぎて彩香の方が体壊しているんじゃないかな?」
龍志朗の問い掛けに誰も答えられず、重い空気が流れた。
「鎮静剤の用意を」
柊が後ろの看護師に指示すると、看護師が足早に目の前の待機所に取りに行き、看護師も連れてきた。
その状況に違和感を増す龍志朗が重ねて問う。
「彩香は?先生、彩香はどこ?彩香に何があった?」
起き上がろうとする龍志朗の肩を抑えてベッドに寝かせる。
「動くなと言った、説明するから、決して、動くな」
諦めたような柊が龍志朗に意識の無かったこの1週間の話を始めた。
龍志朗が運ばれて来たその日に桔梗と彩香が病院のロビーで出会ってしまって、桔梗が彩香を追い詰めた事。
そのせいで、彩香がその夜から行方不明で、海で靴が見つかっただけで、本人の安否が不明なままである事。
龍斗が指揮を執って、軍を上げて捜索をしているが、民間には伏せている事。
不明となっている海域と陸地が限定されてきて、そこを重点的に、実力者に任務に当たらせている事。
柊も龍斗と雅也と常に連携して、お互い情報を共有していた。
「だから、皆で懸命に探している、誰一人、諦めていない、必ず彩香さんを見つけると思って探している、だから、お前はまず、怪我を治せ、彩香さんが戻ってきた時に、受け止めるのはお前だけなのだから、良いか、動くな」
最後は懇願するかのような柊の言葉だった。
話を聞きながら、握りしめ過ぎた拳が白くなっていく。
「否、彩香を探す、じっとしていられるわけが無い、どんな想いで、彩香が・・・」
言葉にならなかった、見上げた天井に映ったのは、恥ずかしそうに上目遣いでこちらを見上げて微笑む彩香の顔だった。
その笑顔を消したのが自分の怪我となれば、1秒とて、動かないでいられるわけが無い。
「駄目だ、意識が戻ったばかりで、頭に異変が起きないとは限らない、徐々に体を動かす事始めて確認しながらでないと、何が起きるかわからないだろう、魔術もまだ使えない」
肩に置いた手に力を込めて柊が龍志朗に言い聞かせる。
「使えれば良いのか?」
龍志朗が端的に柊に問い掛ける。
「一先ず、父上と話せ、最新の情報を持っている、今の戦略を聞いて、それで効果的に動いた方が見つかるだろう?良いか、お前に何かあって一番悲しむのは彩香ちゃんだ、だから、お前に何かあったら困るだろう?実際悲しませたんだから、それを覚えて置け!」
患者が落ち込むような言葉を敢えて言う医師も珍しいだろうが、柊は他に龍志朗を抑える手段を見つけられなかった。
「・・・」
確かに自分が怪我さえしなければ、彩香は傷つかなかったと、龍志朗は黙って俯いた。
龍志朗の意識が戻った事が各所に伝わった。
北や対馬、雅也が病室に入ってきた。
「国境に遠征に行っていた者は回復しております、負傷者の多くは国境警備隊の者でしたから、月夜隊長が一番重傷でした、死者はいません」
「そうか、死者がいなかったのは良かった」
北の報告に頷く。
「いやいや、お前の怪我が一番焦ったよ、戦闘中でないから防御もしていなかったし、防御膜張って引っ張れたけど、あ、あの新人は殴り飛ばしておいたよ、全く訓練中は何していたんだか、その後お前の怪我見て卒倒していたけど」
「そうか」
「ああ、戦闘でも無いところで危険度が増すなんて、俺らにはあり得ないだろう」
「確かに、そうだな」
対馬は部屋に入ってくるなり、掛布を握りしめて良かった良かったと何度も呟いた後だった。
雅也の静けさが奇妙なくらいだった。
如何でしょうか?
仕事出来る人に集まりやすいですよね~
反撃でしょうか?何でしょうか?
引き続きよろしくお願いします。




