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海に月の光が梳ける時  作者: 稜 香音
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きました!ご対面!

龍志朗と彩香が龍斗に会いに本邸へ行く日がきた。


「雪乃さん、おかしくないですか?皺とかないでしょうか?」


「彩香様、大丈夫でございますよ、いつもより、可愛らしく見えていらっしゃいますよ」


朝から彩香は同じ事を何度も雪乃に問いかけている。


その度に、苦笑されながら、同じ言葉を飽きもせず、返してくれる雪乃の寛容さが身に沁みる。


今日は椿達からもらった洋装ではなく、彩香が元々持っていた唯一の外出着である着物を着ている。


龍志朗は折角だから新調すれば良いと言ったのだが、急に決まった事でもあったし、慌てて何かするのも、彩香の負担になるのでは? との雪乃の意見を尊重した。


彩香は自分が気に入っている着物で馴染んでいるのだが、それ程良い物ではないのではないかと、危惧していた。


だが、龍志朗が「彩香らしくて似合う色だから、良いだろう」と言ってくれたので、自信を持てた。


「二人とも朝から同じ会話を何度もしていて飽きないのか?」


ついに、目の前で何度も見せられていた龍志朗が、問うてきた。


「えっ、申し訳ありません」


彩香が龍志朗に詫び、雪乃にも詫びようとしたが、それを制したのは龍志朗だった。


「謝る事では無い」


先程より一段低い声が響いた。


「あ、え、あの」


彩香は、不意に謝ってしまった事で、龍志朗から言われていた癖が抜けていない事を自覚し、応えに窮していた。


俯いている彩香の頭に大きな手がそっとのせられた。


「下を向くな、そのうち治る、病院では随分聞かなかったし、ここに来てからもあまり聞いていない、一々気にしなくて良い」


龍志朗の手から温もりが伝わり、言葉から励まされた彩香は龍志朗を見上げた。


龍志朗から微笑みを返されて、今度は赤くなって、また俯いたが・・・


「ほら」


今度は頭の上で大きな手が軽く弾んでいた。


彩香は雪乃の方を向いて、顔を上げた。


「よしよし」


頭の上から手が離れたので、龍志朗のほうへ向いた。


今度は自分からも微笑めた彩香であった。


「そろそろ出かけるか」


「はい」


差し出された手にそっと自分の手をのせてみた。


握り返した温もりが愛おしい。




「お待ちしておりました、坊ちゃま、彩香様、お初にお目にかかります、月夜家で執事をしております真田でございます」


真田が満面の笑みと共に、玄関で迎え入れてくれる。


「ああ、んん、坊ちゃまというのもな」


龍志朗が眉間に皺を作り、真田を見る。


「そうですね、お戻り頂けるようになりましたら、若旦那様とお呼びした方がよろしいでしょうか、若奥様ともども」


龍志朗のその程度の反応には怯まない真田である。


龍志朗は片眉が上がりながら、反論する言葉を持たなかった。


「初めまして、海波彩香です、よろしくお願い致します」


彩香は突然「若奥様」と言われて、頬を赤く染めながら、挨拶をしていた。


応接間に案内され、ソファに座ると、龍志朗が彩香を見た。


「大丈夫だ、私も緊張しているから」


「えっ?」


龍志朗の言葉に驚いて目がまん丸になった彩香だった。


「普段、接しないだろう? 今まで、彩香が関わる前まで、かなり距離があった、だから別邸に住んでいる、だから、多少の緊張感はあるんだ」


そう言うと龍志朗が彩香の手に自らの手を重ねた。


「では、ご一緒ですね」


彩香が頬を桜色に染めながらその手を握り返した。


扉をノックする音がし、真田が扉を開けてきた。


二人揃って立ち上がり、扉を見た。




「父上、本日はお時間を頂きありがとうございます・・・」


「あっ」


龍志朗が挨拶をしている横で、彩香が小さく声を上げた。


対面にいる龍斗は怖いほど、機嫌が良さそうだ。


「どうした、彩香?」


その問いに答えたのは龍斗だった。


「暫くぶりですね、退院出来て良かった、立ち眩みは、もう無くなりましたか?」


「は、い・・・」


驚いている彩香の瞳は零れそうに見開き、龍斗に釘付けである。


「父上、どういう事でしょうか?」


龍斗の問い掛けに、龍志朗も驚きを隠せなくて、詰め寄るように龍斗に問いかけた。


「ああ、入院している時に、医療棟の中庭で見かけたんだよ」


さり気なく応える龍斗だが、片側だけ口角が上がっている様子は、したり顔である。


出し抜かれた敗北感がとてつもなく大きな波となって、龍志朗を飲み込む。


龍斗が医療棟に行く用事など、通常無い筈だ。


中庭は軍務の通り道では無い。


そう、わざわざ、下調べを誰かにさせて、彩香を見に行っていたのだ。


しかも、身分がわからないようにして。


「ご存じ、だった、という事でしょうか?」


龍志朗が言葉を絞り出した。


「ああ、立ち眩みをしていたので、心配で病室まで送っていった時にわかったのだがな」


涼しい顔で龍斗は応える。


「それは、お手数お掛けして、申し訳ありませんでした」


龍志朗は飲み込まれた波に溺れていた。


「あの、その節はありがとうございました、まさか、龍志朗様のお父上様とは存じ上げなかったので、大変失礼致しました」


彩香は深々と、あらためて頭を下げた。


「まずは、座って、折角良くなったのなら」


龍斗は穏やかに龍志朗達に勧めてから、ソファに座った。


龍志朗が彩香の手を取りながら座った。




「中庭で見かけた時は私も知らなかったので、楽しくお話出来て良かったですよ、だいぶ良くなりましたか?」


穏やかな眼差しで龍斗は彩香に話しかけている。


「はい、お陰様で、手もだいぶ動くようになりました、龍志朗様のお陰で美味しい物をたくさん頂いているので、体も随分、楽になりました」


彩香は思っていたより、自分が落ち着いて龍斗と話せる事に気が付いた。


「そう、それは良かった、昔は龍志朗も食が細かったから、雪乃が良い料理をたくさん作ってくれるでしょう、この屋敷の料理人も腕は確かだから、時々食べに来ると良い」


龍斗から、招いてくれている。


隣で、龍志朗は耳を疑った。


「ありがとうございます、食べた事が無い物が多い事を知ったので、頂けるのが楽しめるようになりました」


彩香が嬉しそうに微笑んで答える。


「彩香は私より食が細いので、少しずつ食べられるものを増やしています、意外と好き嫌いは無いんですよ、食べた事が無い物が多くても」


漸く、気を持ち直した龍志朗が言葉を挟んだ。


「お前より、良いではないか」


龍斗が龍志朗に向けて、軽口を叩いた。


「・・・今では、私は食べますから」


龍志朗が苦しい言い訳を返す。




「そうか、ところで、先々は決まっているのか?」


龍斗が肝心な事を聞き始めた。


龍志朗は、思い返して、合点が要った。


何故、婚約の報告をしに来た時に龍斗が「お前のためではない、あの娘のためだ」と言ったのか、会ってもいない見知らぬ娘に何故?と思っていたが、既に、彩香を見て、話をしていた上での言葉だったのだ。


驚いた事に龍斗は彩香を既に気に入っていたのだ。


「いえ、部屋の改装は終わっていますが、彩香の手がもう少し治ってから、台所の改装に入る事になっております、まだ、彩香が退院してきたばかりなので、あまり動かない方が疲れないと思いますから」


龍志朗はのんびり進めるつもりである事を話した。


「とっても素敵なお部屋にして頂きました」


彩香が嬉しそうに笑みを零す。


「そうか、気にいっているなら良かった」


龍斗の機嫌は良いままだった。


龍斗と龍志朗が向かい合って座っているのに、冷気が漂わないなどと、部屋の隅で控えている真田には、熱い想いが込み上げてくる。

大丈夫、だったかな?


少しでも皆様の気晴らしになったら良かったです。

引き続きよろしくお願いします。

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