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海に月の光が梳ける時  作者: 稜 香音
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11

頼りになる○○

 「お帰りなさいませ、龍志朗様」


彩香が明るい笑みを浮かべながら玄関に出迎えてくれる。


「お帰りなさいませ、坊ちゃま」


雪乃がその少し後ろに控えていた。


武田も控えている。


「ただいま、武田はわざわざすまなかったな、今日はどうであった?」


軍服の上着を彩香に渡しながら、尋ねる。


「いえ、特に何かする程ではありませんでしたので、庭のお手入れをさせて頂いておりました、坊ちゃまがお戻りになったのなら、本邸へ戻ります」


武田は女性だけを残すのを躊躇ったのもあり、この時間まで居たのだ。


「ああ、それは良かった、ありがとう、お陰で安心できた」


龍志朗は長年月夜家に仕えている武田を信頼している事もあり、率直に労う。


「いえいえ、お役に立てて何よりでございます、真田からもこちらを優先するように言われておりますから、大丈夫でございます」


武田の柔和な顔が引き締まった。


「ありがとう、引き続きよろしく頼む」


「はい、畏まりました、本日はこれで失礼致します」


武田は庭に留めてあった本邸の車で帰っていった。




「今日も来たのか?」


武田を見送った後に、部屋へ行く途中、龍志朗は雪乃に尋ねた。


「はい、いらっしゃいましたが、本日も玄関先でお帰り頂きました」


雪乃が誇らしげな顔で答える。


一応、家の中には入れないように結界を張ってある。


「そうか、父上に頼んできたので、こちらには早晩来なくなるだろう」


龍志朗は彩香の方を向いて答える。


「申し訳ありません、龍志朗様のお手を煩わせてばかりか、お父上様にまで・・・」


彩香が悲し気な顔をして俯きかける。


「いや、父上は結構乗る気だった、あ、今週末には本邸に来いと言われた」


龍志朗も意外だった事を思い出しながら、予定を告げた。


「え? 急なお話ですね・・・」


部屋で着替えて、居間で食事をしながら、雪乃もついでにその場に居合わせ、話を聞いている。


「父上が、暗に、早く彩香を連れて来いと言われて、そのまま、週末になったんだ、真田の話ではこの週末に議員と会食があったような気がしたのだが? どうでも良いそうだ、なので、昼に本邸に向かうから、そのつもりで居てくれ、雪乃も彩香の支度を手伝ってくれ」


龍志朗は不思議そうな顔をしたまま、二人に今朝の話をした。


「はい、大丈夫でしょうか? こんなお話があった後というか最中というか、そのような時にお伺いしても?」


「呼ばれたからな」


彩香の疑問ももっともだが、龍斗が呼んでいるのだから、問題はないだろう、と龍志朗は答える。


「そうですよ、彩香様、お呼ばれしたのですから、お断りする方が失礼でございます」


雪乃はさっきから笑みが溢れていた。


ご当主から坊ちゃまにお声が掛かる。


嫁が早く見たいと声がかかる。


これ程嬉しい事は無い。


「ようございました、ようございました」


と、しきりに先程から相槌が入った。




 「折角、私が教えてあげているのに、龍志朗様は全く、世間知らずなのだから」


(どの口が言うのだろう)


桔梗の傍らで、着替えを手伝っていた使用人が、呆れた顔を外に向けながら、手は止めずに思っていた。


朝、龍志朗の別邸から早々に追い返された桔梗はそのまま、運転手に月夜家の本邸に向かうように告げた。


程なく、到着してが、執事の真田に完全に門前払いされた。


「折角お越し頂きましたのに、大変申し訳ありませんが、主は本日、既に出勤されております、暫くは予定も詰まっておりますので、改めてお日取りをこちらからご連絡させて頂きたく存じます、お気をつけてお帰り下さいませ」


「え、真田にお話しておくだけでも良いのだけれど・・・」


桔梗はこれ程完璧に断られるとは思っていなかったので、驚きのあまり、似つかわしくもない、縋るような声が出た。


「いえいえ、日向様のお嬢様をお迎え致すのであれば、それ相応の準備も、ご対応もさせて頂きませんと、失礼にあたりますので、追って、良きお日取りをご連絡させて頂きますので、どうぞ、お気をつけてお帰り下さいませ」


どう、言葉を取り繕っていても真田は桔梗にはっきりと『帰れ』と言っていた。


月夜家の執事として、完璧と聞こえの良い真田が、高貴な令嬢相手に手厳しい対応だ。


「そ、そう、それでは、ご機嫌よう」


縋る隙もないので、すごすごと桔梗は帰っていったのであった。


勢い良く家を出発した桔梗が、大層、怒ったまま、早々と帰ってきたので、使用人達は


(また、癇癪を起すのではないか)


ひやひやしていたのだが、癇癪を起して、物を投げる事は無かった。


それでも、一人でぶつぶつ喚いている姿は、やはり、不穏な空気感が纏わりついている。


(特にご予定は無かったから、このまま優雅に、お一人で、お過ごしになるのだろう)


(明日は研究室に行かれる日だった)


うわの空で思いながら手伝い、下がらせてもらった。




 龍斗の動きは早かった。


真田に、日向家当主との会談調整の指示を出し、「明後日の午後」に取り付けたと、夕方には報告が入ってきたのである。


側近に、軍の調整をさせ、時間確保を図った。


「まあ、これくらいなら、猶予期間内か」


龍斗が側近と確認し合っていた。


「何かと、配慮が必要なようで」


長年、共に戦ってきたので、互いに知り尽くした仲である。


「そうだな、だが、良い娘だった、それに気になる事もある」


「はい、引き続き調べておりますが、中々出てきません」


「そうだろう、だが、頼む」


「承知しております」


二人の静かな会話からは想像し難い内容であった。




 どちらが目立たないか。


立場もある、地位もある、知られてもいる。


その場合、どちらがどちらの陣地に赴くのが、目立たないか?


龍斗が日向家当主の医療棟研究室に赴く事になった。


龍斗が目立たないのではなく、いざとなれば、瞬時に自分の執務室に帰れるからである。


日向家に行けば、桔梗がいるので、直接、顔は合わせない方が良いであろう、との判断から、お互いの仕事場での話となった。


「さて、私が貴方に言いたい事など、想像がついているかと思うが?どうだろうか?」


龍斗が日向と向かい合って座るなり、言い始めた。


「やはり、やりましたか・・・ 不詳の娘で申し訳ない」


神妙に頭を垂れる。


「ああ、予想が付いているのだから、そこは止めてもらわないと」


龍斗は少し、語気を強めに言う。


「申し訳ない、それを言われると確かにそうなのだが、あの一件の時にさして騒いでいなかったので、既に諦めたかと思っていたのだが・・・」


日向は項垂れたまま、深いため息と共に思いを吐き出す。


「そんな簡単に諦めるような娘ではなかろう? 貴方が一番よく知っているのではないか?」


龍斗の顔は険しいままだ。


「そうだな、つい、妻の事があるので、甘やかしてしまっている、昔から龍志朗君の事には真っ直ぐ過ぎて、まったく周りが見えなくなるからな」


「そうだな、変わらない」


「桔梗は勤めていなかったので、情報が遅かったようだ、魔力軍の中でも情報統制はされていただろうが、医療棟の中でも臨床の極限られた担当者と薬師関係者で動いていたからな、私が知ったのも軍法会議が終わった後だったから」


日向が淡々と語り始めた。


「最初、軍は特殊部隊と軍法会議者だけで片づけようとしたからな、ま、私もその中に入るが」


龍斗は苦笑いをしている。


「そうだろうな、軍にとってもあまり広がって欲しくない話だ」


その辺りはお互い事情が同じなのでよくわかる日向だった。


「ああ」


「どうも定期会議に行って、臨床から情報が洩れてきて、知ったので、家に帰ってきてから、調べさせたらしい、その事を執事から聞いたので釘を刺しておこうと思ったら・・・遅かった・・・申し訳ない」


再び、深く頭を下げる日向である。


「まあ、隙があったのは事実かもしれないが、私も認めている娘だ、今後は謹んでもらわないと、龍志朗が何をするかわからん」


龍斗は日向が桔梗を甘やかしている理由も知っているので、責め立てる事はしない。


ただ、また、次の事件が起きても困るので、強く楔を打ち込んだ。


日向が龍斗の方へ顔を上げた。


「わかった、申し訳ない事をした、そのお嬢さんにも詫びて置いて欲しい、落ち着いたらあらためお詫びにでも・・・」


「否、それには及ばない、そんな事を望む娘では無い」


日向の言葉を遮るように龍斗が制した。


「では、頼んだぞ」


「ああ」


龍斗が静かに日向の部屋を出て、自分の執務室に戻る。


「困ったものだね、沙羅」


一人になった日向が寂しそうな瞳で空くうを見た。


今は亡き妻が見えているかのように。


その夜、日向家の中では嵐が吹き荒れた。

大丈夫、だったかな?


少しでも皆様の気晴らしになったら良かったです。

引き続きよろしくお願いします。

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