表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
海に月の光が梳ける時  作者: 稜 香音
4/75

4

予約してみました。

(これでおかしくないかしら?でも、他によそ行きなんてないし)


朝早くから鏡の前で大忙しの彩香である、今日はあの研究会の時に招待された森野雅和邸にお呼ばれした日である。


「文献を読ませてもらうのだから、辞書もあった方が良いわよね、でも、お昼はどうしたら良いのかしら?午前中からお呼ばれしているけど、あ、そんなに長く居られないかもしれないか、龍志朗様はいつ頃くるのかしら?いえいえ、お勉強しにいくんだから!」




朝から何度呪文のように唱えた言葉だろう。


また、龍志朗に会えると思うと、ふわふわした気持ちが湧き起こるのだが、今までに無い気持ちに戸惑いの方が大きかった。


(このふわふわした気持ちは何だろう?)


どんなに想いを巡らせても、わからないままである。


彩香は落ち着かず、出発時刻直前まで、動き回っていた。




(あの子も来るんだっけ?)


龍志朗も、自分に媚びてこない少女に新鮮な感覚を覚えた。




「坊ちゃま、森野様のお宅に伺う際に、これをお持ちください」


乳母の雪乃ゆきのが包みを抱えてきた。


「雪乃、何だ、それは?」


龍志朗は不思議そうに聞いた。


「この前もご馳走になったとおしゃっていたので、雪乃が買って参りました、淡屋のお菓子です、雅和様のお気に入りですから、喜んで頂けると思います、今日はお嬢様もご一緒なのでしょう?」


雪乃が中身の説明をしてくれながら、問いかけてきた。


「お嬢様?」


誰の事を言っているのか、見当もつかない龍志朗は首を捻った。


「坊ちゃまがおっしゃってましたでしょ? 指を怪我されて帰って来られた時に、手当して頂いて、この前の研究会の時もご一緒にお食事された、お若いお嬢様の事ですよ、今日もご一緒だと伺ったので、半分は、お若い方にも人気の物を、詰め合わせて頂きましたから、大丈夫です」


ドンと胸をたたいて誇らしげな乳母の雪乃である。


5歳で母を亡くしてから、物心付いた頃には、父に寄り付かず、雪乃に育ててもらっている龍志朗は、雪乃に頭が上がらない。




雪乃も、すっかり年頃だというのに、少年期から女性をまったく寄せ付けない、坊ちゃまの行く末を案じている一人だ。


「大丈夫、な、いや、そんなに気を遣う事でもないと思うが・・・」


ここでも“大丈夫”かと思いながら、何をそんなに気を遣うのかが全く理解できないでいた。


「何をおしゃいますか! 折角のお嬢様に嫌われたらどうするのです?」


雪乃とて、少しでもご縁があればと思う。


雅和同様、“この期を決して逃すまい”という気合が伝わる。


「嫌うとか嫌わないとかではないと思うが・・・」


反論する声は小さい、鬼隊長も雪乃には形無しである。




彩香の寮から森野邸まではそう遠くはないのだが、あまり外出慣れしていない彩香を気遣い、森野邸から迎えの車が来た。


まだ、車が珍しいので、寮にいる者がわらわら出てくる。


「誰のお迎え?」


「海波さんですって」


「どこ行くのかしら?」


「森野さんのところみたいよ」


「休みの日まで大変ね、良かった! 私、他の人について」


同僚達のささやきは彩香のところまで聞こえない。


日頃の人柄からの想像で、“仕事に行く”と決めつけているようだ。




「海波様ですか?私、森野家の運転手の朝倉でございます、お迎えに上がりました」


「ありがとうございます、よろしくお願い致します」


(これが、自動車なんだ、何だか大きな物が動いてへんな気分だけど、とっても早いわ)


彩香は初めて乗る自動車に気を押されがちなのだが、これから先の事を考えたら、もっと気がそぞろになってくる。




(え、鬼でも入れそう・・・)


「着きました」と運転手が車のドアを開けて、玄関の前に立った彩香の感想である。


(ほんとにこんな所に来て良かったのかしら?)


戸惑い、大きく立派な玄関を見上げていると、中から可愛らしい女主人が出てきた。


「ようこそ、いらっしゃい」


彩香は慌てて、見上げていた顔を下ろし、女主人の方へ向いた。


「あ、本日はお招き頂き、ありがとうございます、あの、これ」


彩香が差し出した小さな包みは、ささやかだが彩香に出来る精いっぱいの手土産である。


「お気を使わせてしまってごめんなさいね、あら、淡屋の金平糖ね、我が家の大好物だわありがとう」


雅和の妻、椿は温かい笑顔で彩香を迎えてくれる。


椿も元々、薬師であった、今は「名家の妻」として才能を発揮し、森野家は更に栄えたと言われている。


(良かった、喜んでもらえて)


以前、師に聞いた事があったような気がして、手土産にと買ってきたのだが、彩香のお給料では高くて少ししか買えなかった、しかし、他の手土産を思いつかなかったので、少しでもこれにしたのだ。




「こちらにどうぞ、お掛けになって、お待ちになっててね」


案内された部屋は広く天井が高い、でも書庫ではなく、応接間であった。


その装飾は手が込んでおり、名家の館らしく、天井には蔦の模様が淡く繊細に施されていて、壁紙にも同じ模様があり、掛けられた絵画は大きく美しい風景画で、、座ったソファは体が埋まるのではないかと思うほどふかふかである。




(大丈夫かしら、私ここに居て、せ、世界が違う)


彩香は、椿が教授を呼びに行くために部屋から出た後、部屋の中を不審者の如く見ていたのだが、見れば見る程、不安が広がっていった。


文献を読むので、てっきり書庫に案内されて、読み始めると思っていたのだが、出されていたお菓子に合わせて、使用人がお茶を運んできた。


(えーっと、これって、今食べた方が良いのかしら、それとも、待っているものなのかしら?でも、出されてすぐに食べるのははしたないかしら、でも、お茶は冷めちゃうし)


出された茶菓子と見つめ合っていた。

大丈夫、だったかな?


少しでも皆様の気晴らしになったら良かったです。

引き続きよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ