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海に月の光が梳ける時  作者: 稜 香音
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だいじだいじです。

 「彩香、入るぞ」


龍志朗が彩香の部屋の扉をノックして、中の様子を伺ってから、そっと開き始めた。


「龍志朗様・・・」


扉のすぐ向こうに彩香が虚ろな瞳で立っていた。


龍志朗が部屋に入ると、直ぐに、彩香を抱きしめた。


腕の中にすっかり納まった彩香はじっと龍志朗に身を預けた。


二人で温もりを分け合う。


背中に腕を回したまま、龍志朗は少し屈んで彩香の顔を覗いた。


「彩香、話しておこうか」


静かに龍志朗が言葉をかける。


「はい、あの・・・」


不安げな顔を彩香は龍志朗に向けた。


「彩香が、私の大事な婚約者である事に変わりはない」


龍志朗は真っすぐに彩香を見つめる。


差し伸べられた龍志朗の方手を彩香は両手でぎゅっと握り返した。




「彩香のご両親は憎しみあっていた訳では無いと思う、心の隙が重なって不幸な出来事になったのだと思うよ」


彩香のベッドに並んで腰かけ、龍志朗は彩香の肩を抱き寄せながら、話を続けた。


彩香の父親の仕事が上手くいかなくなった事。


酒に酔って、家族に八つ当たりをするようになった事。


その日は彩香が一人で留守番をしていて、ひどい八つ当たりをし始めていた事。


偶然そこに母親が帰って来た事。


彩香を守るため、脅かすだけのつもりで刃物を持った事。


もみ合いになってはずみで刃物が父親に刺さった事。


酔っていたので、力加減が出来ず、父親が母親を突き飛ばしてしまい、ぶつかったところが悪く母親が亡くなった事。


その勢いで父親の失血が酷くなって亡くなった事。


そして、二人とも亡くなってしまったので、検死体の結果からの推測と発見時の聞き込み資料からの推測が残されているだけである事。


「だから、彩香は人殺しの娘では無い、ご両親は不幸な事故で亡くなっただけだ」


話終わると、龍志朗が彩香に静かに告げる。




「でも、元はと言えば私のせいで・・・」


彩香は龍志朗に宥められるが、割り切れない上に、自分が原因でそうなった事に、沈んだ気持ちになる。


「彩香のせいではないよ、ご両親の弱ってきた心が原因なんだ、彩香はたまたま、そこに居合わせてしまっただけだ」


龍志朗は否定してみせる。


「そうでしょうか?」


龍志朗に言われて、そうかもしれないと思うが、そうとは限らないとも思う。


複雑な心のまま、龍志朗を見上げた。


優しい頬笑みを返されて、彩香の頬に朱が射す。


「亡くなった者を責めるのもなんだが、生きている者が割を食う事は無い」


龍志朗の論点は明確だった。


「ああ・・・でも、私が居ると龍志朗様にご迷惑が掛かるのでは? 月夜家にもご迷惑をお掛けしてしまうのでは?」


こんなに大事にされているのに、申し訳ない思いが込み上げてくる。


「そんな事はない、当主の父上が認めているのだ、第一、この程度で、この月夜家が揺らぐ程、軟やわではない」


龍志朗の毅然とした態度に、ほっと胸の痞えが降りていった。


彩香の強張った心が梳けていく。


彩香の瞳に光が戻り、龍志朗を見つめる。


「さ、雪乃が心配している、昼も食べなかったそうではないか、一緒に夕食をとるぞ」


彩香の立ち上がりを促し、肩を抱き寄せながら居間へ向かう。


程なく、雪乃が食事を持ってきた。




 翌日、龍志朗の留守に桔梗が現れた。


「あの子まだ、居るの?ふてぶてしいわね、厚かましいったらありゃしない、さっさと荷物まとめて出て行きなさいよ」


今日も、高飛車な物言いは健在だ。


「桔梗様、おはようございます、昨日の事ですが、見解の相違という事で、龍志朗様もご当主様も、ご存じの事でした、私も聞いておりましたが、まさかあれ程曲解なされると思っておりませんでしたので、何の事か昨日は気が付きませんでした、ですので、余計なお世話でございますから、お引き取りをお願い致します」


毅然と、構えた雪乃が大きく見えた。


「どこが曲解なのよ、事実じゃない、あれは人殺しの娘よ、龍志朗様や月夜家に災いをもたらすわよ」


桔梗も負けてはいない。


何と言っても、生まれつき由緒正しき名家のお嬢様だ。


上から物を言うのは慣れている。


まあ、本人の気質もあるのだが。


「何と仰せになられても、主がお認めになっているご婚約者様でございます、他家のお嬢様から、何かを言われる筋合いにはございません、どうしてもと仰るなら、ご当主である龍斗様へお話ください」


雪乃が“伝家の宝刀“龍斗を出してきた。


流石に、桔梗も直接、龍斗にいう事は、難しいだろう。


物理的に忙しい事もあるが、あそこには執事もいるし、使用人も多い。


色々、乗り越えるのは難しいだろう。


「わかったわよ、おじ様に言いつけてくるわよ、それまで、せいぜい居ればいいわ、貴女みたいな人殺しの娘が、絶対に私の龍志朗様と結婚できるはずなどないのだから、首を洗ってまってらっしゃい、泥棒猫」


前半は目の前に居る雪乃に向かって話していたが、後半は、お嬢様とも言うべき方が、よくもこれだけ大きな声が出るものだと、思うほどの声で、部屋に閉じこもっている彩香に聞こえるように言い放した。


「お引き取りを」


雪乃がずいっと、桔梗に近づき、立ち塞がる。


後ろに、武田が出てきて立っていた。


鬼神に迫る顔で廊下の奥を睨みつけてから、桔梗は帰っていった。




「はぁ・・・、彩香様、ただいま塩を撒きますから、もう少しお部屋でお待ちを」


雪乃が大きなため息をしながら、奥の台所へ塩を取りに廊下を歩きながら、声をかける。


そっと、彩香の部屋の扉が開き、一瞬、雪乃が立ち止まる。


「雪乃さん、ごめんなさい、辛い事させてしまって・・・」


扉から青白い顔が覗いた。


「たいした事ではございません、この雪乃にかかったら、あれくらい、何でもない事ですから、お気になさらず」


いつもの穏やかな笑みを返された。


「今、塩撒いてしまいますから、もう少しお部屋でお待ちくださいね」


言い終わると、台所へ足早に向かった。


雪乃は玄関で、念入りに塩を撒いていた。


「悪嬢退散‼ 悪嬢退散‼」


雪乃の叫び声は奥へも聞こえた。


「彩香様、お待たせ致しました、もう大丈夫ですよ、武田さんも一緒にお茶に致しましょう」


「はい、今日は何のお茶がよいかしら」


彩香がそっと自室の扉を開けて、台所へと向かっていた。


「立っているだけで良かったのかな・・・」


のっそりと歩いている、本家の庭師の武田もサンルームに向かう。


長閑な日常へと移っていった。

大丈夫、だったかな?


少しでも皆様の気晴らしになったら良かったです。

引き続きよろしくお願いします。

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