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海に月の光が梳ける時  作者: 稜 香音
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8

んっ。。。

戸惑いながらも、別邸での暮らしを始めて数日が過ぎた。


生活の面では、ぎこちない動きもあるが、不自由なく過ごせるようになり、仕事復帰への準備も始めた。


毎朝、龍志朗が出掛ける時に見送れるのは、嬉しいのだが、まだ、恥ずかしさもある。


「まるで、若奥様のようでございます」


と、雪乃に言われて、龍志朗と一緒に真っ赤になっている。




 「桔梗様、本日、龍志朗様はお仕事で、お留守でございます、突然のご訪問のご用件は何でございましょうか?」


雪乃が玄関先で、いつになく、厳しい声を上げていた。


「龍志朗様にご用な訳ではなくてよ、龍志朗様に変な虫がついて、別邸に居座っていると聞いて、退治しにきたのよ」


甲高い若い女の声が響いた。


声の主は日向桔梗ひなたききょう、3歳下の龍志朗の幼なじみのご令嬢である。


医療魔力の家系で、彼女も才があり、医学を学んだ。


「龍志朗様に何かあった時に支える」、と、そのためだけに医学を学んだので、医師となっても、勤めていない。


父親も魔力医師として、確固たる地位の持ち主なので、生活のために、働く必要はないのだ。


そんな、彼女にとって、今回の一件は晴天の霹靂へきれきともいうべき出来事だった。


軍属でない彼女には、情報が遅かった。


医療界の定期会合で、偶然耳にした彩香の一件は許しがたい事件であった。


早速、“その女”の調査をさせて、“相応しくない”と桔梗は結論づけて、退治しに来たと言う訳であった。




「変な虫ではございません、ご当主である旦那様がお認めになった、ご婚約者様でございます」


雪乃が毅然として答える。


「よく調べたの?おじ様がご許可なさるはずないわよ、雪乃は何も知らないから、そんなのんきな事が言えるのよ、知っていたら、雪乃だって置いとかないはずよ!」


桔梗は自信ありげに片眉が上がった。


「旦那様がご存じない事等、きっとございません、その上で、お認め頂いております、そういうご用件でしたら、お引き取りください」


雪乃も引かない、使用人の立場なので、ご令嬢にぞんざいな振る舞いは許されないが、毅然とした態度は、信頼されている自負からくるものだろうか。


「どうして?龍志朗様に何かあったら、困るじゃない、悪い虫は退治しないと」


桔梗も引かない。


もとより、美しい自分を自覚しており、医師である自信、相応の家柄も相まって、気が強い事、この上ない。




大きな声が長く響いていたので、不思議に思い、自身の部屋から彩香が出てきた。


「雪乃さん、お客様ですか?」


声のする玄関に向かって、歩きながら声を掛けた。


「いえ、彩香様はお部屋にお戻りください」


声が聞こえて、咄嗟に、雪乃は彩香を庇おうとしたが、少し遅かった。


雪乃が言い終わると、丁度、彩香が玄関に辿り着いてしまった時だった。


「貴女が龍志朗様に付いた悪い虫ね」


桔梗がすぐさま視線で捉えた。


「彩香様、お戻りください、さっさっ」


雪乃が彩香をくるりと反転させて、背中を押した。


「人殺しの子が龍志朗様に相応しい訳ないでしょ、そんな女を嫁としたら、月夜家の恥晒しになるじゃない、さっさと出て行きなさいよ」


桔梗が言葉を発する方が早く、背中を向け始めていた、彩香と雪乃が、その言葉に振り返って、固まった。


「人殺しって・・・」


彩香は全く身に覚えのない言葉に驚き、声が漏れた。


時が止まったかのように、動きも止まった。


「な、何を、そんな出まかせを、彩香様のご両親がそんな事ある訳ございません」


流石に一瞬、戸惑った雪乃だが、反論し始めた。


「両親がお互いを憎しみあって殺しあったから、この子は孤児なんじゃない、人殺しの子供に間違いはないわよ、出て行きなさい」


桔梗の流れるような言葉に、今度は雪乃も息を飲んだ。


「両親・・・」


彩香は両親が亡くなったので、施設で育った。


それは間違いの無い事実だ。


だが、しかし、両親が亡くなった、その時の事は記憶にない、何故か、施設でも曖昧な説明しか聞いていないため、反論は出来なかった。


「これ以上、月夜家や龍志朗様にご迷惑かけないうちに出て行きなさいよ」


桔梗が彩香の手を掴もうと、手を伸ばした時、雪乃が割って入った。


「兎に角、桔梗様、今日はお引き取り下さい、別邸の主あるじは龍志朗様でございます、主無き時に勝手な事は出来ません、お引き取り下さい」


雪乃の、普段聞かないような大きな声と毅然とした態度に、流石の桔梗も怯んだ。


「じ、じゃぁ、今日はこのまま引き上げてあげるわ、でも、引き下がりはしないから」


そう言い捨てると、彩香を鬼の様な目で睨みつけてから、去って行った。




彩香はその場に崩れるように座り込んでしまった。


「大丈夫でございますか?彩香様」


そっと、その背中に手を回して擦りながら、残った片手で、彩香の立ち上がりを支えた。


「雪乃さん、ありがとうございます、お部屋で休ませてください」


衝撃が大き過ぎて、受け止められない彩香は、視点の定まらないまま、小さな声で答えるのが、やっとだった。


「はい、ごゆっくり、お休みください、お昼のご用意が出来ましたら、お声がけ致しますので」


雪乃が優しく声をかける。


彩香は何も考えらず、小さく頷いていた。




 「彩香はどうしたんだ?」


龍志朗が帰ってきて、迎えにいない彩香の事を危惧した。


「実は、今朝、坊ちゃまがお仕事に行かれた後に、桔梗様がいらっしゃいまして・・・」


雪乃が今朝起きた事を話し始めた。


突然、桔梗が来て、「人殺しの娘」と言いがかりつけてきた事。


それを、彩香様が聞いて、更に追い討ちを掛けるようにひどい言葉を面と向かって言われてしまった事。


彩香様も全く知らなかった事のようで、とても驚き、心が傷ついてしまった事。


お昼もお召し上がらなくて、自室に籠って、臥せっている事。


「そうか、何故、桔梗がそんな事を知っているのか?何故そんな事を言いに来たのか?」


龍志朗は「余計な事を」と、舌打ちをしていた。


「決まっているではありませんか、今まで何も起きなかった事の方が不思議ですよ、桔梗様は幼い頃から、坊ちゃまのお嫁さんになると思っていらっしゃったのですから、彩香様が急に出てきて、邪魔で仕方がないのですよ、だから、お家のお力を使われて彩香様をご調査なさったのでしょう、その結果、付け入る隙を見つけたから、起こしになったのでしょう、坊ちゃまの留守を狙って」


雪乃が当然という顔を不機嫌な龍志朗に向けた。


「は?何でそんな事が決まっているんだ?邪魔って?付け入る隙って?留守狙うって?」


反対に、不機嫌の中に狼狽が混ざって、龍志朗は帰ってくるなり、混沌としていた。


「坊ちゃま、まさかとは思いますが、桔梗様が坊ちゃまとのご結婚を強く望んでいらっしゃった事に気が付かれていなかったのでしょうか?」


雪乃が呆れたように問いただした。


「何か、しつこいとは思っていた・・・」


龍志朗は雪乃の問いに、驚きを隠せない。


「ご興味がないのはご承知しておりましたが、桔梗様は坊ちゃまのために医師になられたと伺っておりますよ」


淡々と語る雪乃の低い声が続く。


「・・・」


何も言い返せない龍志朗が黙る。


「隙があるとは、私も伺っておりませんでしたから、後手になりました、彩香様に申し訳ない事をしてしましました」


雪乃の顔が陰る。


「いや、隠していた訳ではないのだが、彩香の事は、私が悪い、気が強いのは知っていたが、桔梗がそこまでやるとは、本当に女は怖い」


龍志朗は次から次へと起こる、女性の行動に恐怖を覚えた。


怯んでいる場合ではないのだが。




「で、彩香様の事は?」


雪乃の問いが続く。


「人殺しの娘、と言うのは誤解を招くような気がする、少し、複雑なのだが・・・」


龍志朗は森野家から聞いた話を雪乃にも説明した。


「お可哀そうに・・・」


話が終わった雪乃の第一声だった。


「衝撃が大き過ぎて、彩香の記憶に残らなったのを、周囲の大人は良かったと思っていたのに、ぶち壊された」


落ち着いてくると、澄んだ怒りが沸いてきた。


「坊ちゃま、人の口に戸は立てられません、いずれ、彩香様のお耳に入る事だったのでしょう、坊ちゃまと一緒に居れば、良い事ばかりではございませんよ、何れにせよ、人目に触れる、妬まれるお立場なのですから」


雪乃の言葉が重く、龍志朗に圧し掛かる。


「私の側に居なければ、知らずに済んだかもしれないな」


またしても、自分のせいで彩香を傷つけてしまった。


誰よりも大事にしたい、守りたいと思っているのに、自分の存在がいつも、彩香を傷つけてしまう。


「何を仰っているのですか、真綿に包まって生涯を過ごせる人など、この世にいらっしゃいませんよ、さ、彩香様をお慰めして、温めて差し上げてください、明日も桔梗様がいらっしゃる可能性があります、立ち向かっていかねばなりません、その力を彩香様に与えられるのは坊ちゃまだけですよ」


雪乃にそう言われると、真綿で包んだ方が・・・と思ってしまう龍志朗だが、確かに、そうも、いかないのだろう。


「そうだな、彩香の部屋に行ってくる」


気を取り直し、顔を上げて向かった。

大丈夫、だったかな?


少しでも皆様の気晴らしになったら良かったです。

引き続きよろしくお願いします。

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