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海に月の光が梳ける時  作者: 稜 香音
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思い出は綺麗ですよね~

最近でも。。。

書斎を出ると真田が待っていた。


「坊ちゃま、お済でございますか?」


「ああ」


書斎を出て、一気に気が緩んだ。


そのまま真田に応接室に通された。


「坊ちゃま、おめでとうございます」


「坊ちゃまが良きお方を見つけられて、本当にうれしいです」


そこには龍志朗が居た頃から、月夜家に仕えている使用人達がいた。


「ありがとう、皆も元気そうで何よりだ」


料理長や庭師などずいぶん年月を感じる顔つきになったとしみじみ龍志朗は思った。


「坊ちゃま、何かございましたら、いつでもご用命下さい、旦那様からも言い遣っております、どんな事でもこの真田がご対応させて頂きます」


執事の真田は眼を潤ませながら、龍志朗の手を取っていた。


「ありがとう、父上からも言われた、すごく驚いたよ」


龍志朗は書斎で言われた事を思い出した。


「はい、旦那様はああ見えて、とても喜んでいらっしゃいました」


真田は苦笑交じりに答えた。


「そうか」


先程の態度からは、わかりにくかったのだが、彩香と出会うまでは、龍志朗も人の事は言えない様な態度だったので、仕方ないと思えた。


「こういう仕来りみたいのはわからないから、真田が頼りだ、彩香は後ろ盾が無いから森野家とも相談するとは思うけど、色々と面倒を掛ける」


龍志朗は雪乃だけでは本家としての役目は重いだろうとも思っていた。


「かしこまりました、おめでたい事ですので、大変光栄でございます」


真田らしく、凛とした姿勢に戻り微笑んでいた。


「ありがとう」


龍志朗は本当に頼るべき相手がいるのは、助かると感じた。




「彩香様は、ご静養を別邸でなさるご予定でよろしかったでしょうか?」


真田が幾つか確認したそうだった。


「ああ、しばらくは手も治りきっていないだろうし、別邸での暮らしにも慣れさせたいから、仕事も休みかと思う」


龍志朗は、彩香と細かい話を詰めていない事を思い出した。


「では、改装業者や新しい家具・必需品のお手配などは?」


実務について、龍志朗がわからないと思いながらも、真田が尋ねる。


「ああ、まだまだだが、雪乃が何かとしてくれている」


やはり、龍志朗は確定的な答えができない。


「では、雪乃と確認させて頂きます、お庭の方はこちらからいつも通り、定期的にお伺いさせて頂いている分で、お式のご予定はお決めになりましたでしょうか?」


「いや、まだまだ、そこまで辿り着かないというのが正直なところだ」


我ながら、全くできていない事実を目の前にして、ため息が出始める龍志朗だ。


「畏まりました、では、およそのスケジュール調整を致しまして、いつ頃なら可能かとご報告させて頂く事に致しますが、よろしいでしょうか?」


真田にしてみれば予想通りなので、全く困っていない。


「ああ、そうか、雪乃とそのへんも相談してくれ、段取りがよくわからないし、彩香の希望もまだ聞いていないから、退院と同居が同日に出来れば、後はゆっくりでも良い」


「心得ました」


これで、真田は本家としても恙無く段取りが出来ると、心意気が上がった。


龍志朗は安心した。


自分だけでは本当に何も出来ないと、今回の事については、本当に本当に、実感したのだった。


雪乃や真田に任せておけば、安泰である上、自分や彩香の意向が無視される事は無い。


只々(ただただ)、本当に、彩香の件は周囲に助けられてばかりだと痛感した。






 そんな龍志朗が応接室で安堵している頃に、龍斗は亡き妻、紫を想いながら、先日の出来事を思い出していた。


「危ない」


病院の中庭に置いてある長椅子から、若い女性が立ち上がろうとして、前のめりに倒れかけた。


咄嗟に駆け寄って伸ばした手先で女性を捉えた。


直ぐに腕の中に抱えなおして、女性の意識を確認する。


「あ、ありがとう、ございます」


女性は弱々しい声で礼を言う。


意識はあるようなので、そっと長椅子に座らせる。


「今日は少し日差しが強いから、立ち眩みを起こしやすいかもしれない、少し休んだら病室まで送りましょう」


助けた男性が優しく女性に声をかけた。


「いえ、そんなお手数お掛けしたら申し訳ないので、少し休めば大丈夫ですから」


女性が弱々しい声だが、顔を上げ、真っ直ぐに男性を見た。


「大丈夫ではないと思いますよ、暇ですから、お気になさらず」


男性は笑顔こそないが、そっと静かに女性の横に座った。




女性がクスっと笑って、慌てて口元に手を添えた。


男性が不思議そうな瞳を見せる。


「あ、申し訳ありません、失礼ですよね、『大丈夫ではない』っておっしゃられたので、つい、同じ事をおっしゃる、いつも心配させてしまう方を思い出してしまって・・・」


女性は想い人が「その大丈夫は大丈夫か?」と女性の「大丈夫」をよく否定するので、思い出しておかしくなってしまい、笑みが零れたと言い訳をした。


「そうですか、同じ事を言う方が側にいらっしゃいましたか、心配性なのですかね、その方は」


男性は女性の笑みの原因がそんな事とは露にも思っていなかったので驚いた。


「はい、とっても心配して頂いております、でも、お仕事は軍の方なので、普段はとても凛々しくて厳しい方と評判だそうです、私はその厳しいお顔を見た事がなくて、いつも優しくして頂いているお顔しか存じ上げないのですが・・・とっても怖いらしいです」


儚げな微笑みを女性は男性に向ける。


恐い顔とは補佐の部下や、医師、看護師達の話を入院している間にも、たくさん聞いたので普段はそうなのかと、噂とは別に思ったのである。


「余程、その方は貴女を大事に想っているのでしょうね」


男性は女性の、尊敬と愛情に満ちた微笑みを見て、女性もその想い人を大事に想っていると確信できたのだった。




「はい、大事にして頂いております、でも、私のせいで色々とご迷惑を掛けてしまっているのが申し訳なくて・・・」


女性のその微笑みが少し陰っていく。


「その方は迷惑が掛かっていると思っているのでしょうか?」


男性は疑いの眼差しを女性に向けた。


「いえ、『気にしなくて良い』といつもおっしゃっているのですが、きっと普段にはない面倒な事をされていると思うと、やはり申し訳なくて・・・」


女性の陰りは消えない。


「貴女を大事に想っている方は、その程度で潰れてしまう方ですか?」


男性が少し意地悪そうに聞いてきた。


「いえ、決してそのような方ではありません、どんな事も乗り越えていく、強くて逞しい立派な方です」


女性が先程とは打って変わって、凛とした佇まいになり、男性に言い切った。


男性の口角が上がる。


「貴女もその方を誇りに想っているのですね」


男性が真っ直ぐ女性を見つめ返す。


女性が頬を赤く染めて、少し俯きながら笑みを零す。


「はい、とても、大事な方です、本来なら、私如きが、お傍に居て良い方では、ないのかもしれないのですが・・・少しでもお役に立てればと・・・お慕いしております」


恥ずかしさからか、言葉は途切れ途切れであるが、はっきりと想いを伝えてくる。




「病室に戻りましょうか、また、日に長く当たると良くないですから」


男性がそっと女性を支えながら、立ち上がる。


「はい、ありがとうございます」


女性もそっと寄りかかりながら立ち上がる。


弱い自分が無理をしても、かえって他の人に迷惑を掛けてしまう、想い人と接していて、女性が学んだ事である。


だから、感謝の意識を持って、寄りかかる事を覚えた。


男性が支えながら、女性に指示されながら病室に向かう。


(もしや・・・)


男性が病室の近くまで来て、思っていたことが的中した。


病室の前に名札は無い。


「ありがとうございます、ここが私の病室です、わざわざお送り頂きましてありがとうございます、とても助かりました、ここで何かあると本当に心配されてしまいますので・・・」




彩香は、頬を桜色にそめて、恥ずかしがりながら微笑んでいた。


愛し愛されている女性が持つ、穏やかな空気が滲み出ている。


「いえいえ、お話出来て楽しかったです、早く退院出来るように祈っております」


男性の表情が和らいでいた。


互いに礼をして、病室の前で別れた。


「そうか、あの女性が海波彩香嬢か・・・」


想いを嚙みしめながら歩き始めて、数歩、誰もいない廊下で、独り呟いた月夜龍斗であった。


龍斗は軍事法廷が終わり、静かになった頃合いを見て、自身の息子の相手が気になり、調査はさせていたが、自身の目で確かめておこうと、身元がわからないように病棟に来ていた。


下調べで病室はわかっていたのだが、中庭を通ってと思ったら、偶然、彩香が倒れかけたその瞬間に立ち会ったのだった。


一人静かに歩き去っていった。




龍斗は書斎で一人、空を見つめて呟く。


「紫、龍志朗は愛しき人を手に入れたようだよ」


龍斗は妻、紫が微笑んで返事をしてくれるように思った。


「貴方、素敵な事ですね」


そう、妻が微笑んでくれた気がした。

大丈夫、だったかな?


少しでも皆様の気晴らしになったら良かったです。

引き続きよろしくお願いします。

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