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海に月の光が梳ける時  作者: 稜 香音
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2

椿強し!

「で、幸則さんが怒ったっていう件は?」

椿が次の獲物にかかる。

「ああ、怒ったのは、もしかして演習の帰りの話かな?」

龍志朗はよくわからないそぶりを見せた。

「そうなの、龍志朗さんが、彩香ちゃんに会いたくて会いたくて、一日も我慢が出来なくて、我慢しなくて、会いに来た日の話」

椿はわざとくどくどと言ってみた。

「あ、会いたくてって、そんなに何度も言わなくても・・・」

龍志朗は小さな声で恨みがましく呟いた。

雅也達は肩を震わせて笑っている。


「演習は外地でやるから終わってからだと、面会時間に間に合わなくて、ちょっと飛んでみたら、柊先生に先読みされて、膜が張られていたんだよ、だから、病院の特殊空間通らないから患者に悪影響するって怒られたんだよ」

龍志朗は床に転がった話は伏せておいた。

「それで、彩香ちゃんの前で転がっていたんだ」

椿がすんなり、指摘した。

「な、何で・・・」

龍志朗は敢えて伏せておいた事実が既に知られていたので、驚いたが、椿は柊先生の姑にあたるので、仕方が無いと諦めた。

「一日も我慢できなかったんだぁ」

椿が駄目押しのようにつぶやく。

「きゅ、急変とかあったら、心配になるだろう」

龍志朗は体裁の良い理由を言う。

「様態は落ち着き始めていたんだよね、何かあれば幸則さんが教えてくれるでしょう?」

椿は即座に否定した。

「・・・」

龍志朗の目が(くう)を見始めた、反論の余地はない。


「で、いつ別邸で暮らす話になっていたの?結婚の申し込みは?」

椿は次の獲物にかかる。

容赦は無い。

「彩香の様態が安定して、退院の話が出そうになってからだよ」

龍志朗は徐々に諦めてきた。

きっと、抵抗は無駄なんだと。

そもそも、椿に敵うはずなどないのだから。

「何て言ったの?」

椿が仕留めにかかった。

「一緒に暮らそう」

「彩香ちゃんのお返事は?」

「はい」

何だか、空を見るような龍志朗から冷たい空気が漂ってきた。


「龍志朗、別邸の改装はするのかね?」

おめでたい話をしているはずなのに、冷気が漂い始める展開に我慢できず、雅和が間に入った。

「あ、彩香の部屋として、客間を充てれば良いかと思っているのだけど、折角だから、彩香が使い易いように変えたり物を揃えたり、台所を少し使いやすく変えようかと雪乃と話しています」

龍志朗は雅和の声に何だか救われた気がした。

「ああ、そうだね、雪乃さんも料理は上手だろうけど、これから毎日彩香さんと二人でとなると、少し広めに構えた方が良いかもしれないね」

雅和は、台所は使っている人の癖が出るから、とも応えてくれた。

「彩香ちゃん大きくないから、食器棚はあまり高くない方が嬉しいわよ」

椿が酷く真っ当な事を言って、周囲が驚いた。

「そ、そうですか」

龍志朗は何だか、間の抜けた返事になった。


「鏡台は買って差し上げたのでしょうか?」

牡丹が聞いてきた。

「ああ、彩香に聞いてから、雪乃が見立てると言ってました、何だか欲しい形の物があれば、その方が良いだろうし、って言ってた」

龍志朗は少しおぼろげだが、雪乃の発言を思い出しながら答えた。

「凄い!もしかして雪乃さん、先週、発売されたあれを買おうとしているのかしら?」

牡丹が急に浮かれて聞いてきた。

「あら、耳が早いわね、流石だわ、でも、あれは限定生産じゃなかったかしら?」

椿が牡丹の言葉に反応して、続く。

「いや、そんなに特別の物ではないんじゃないかな?」

龍志朗は女性同士のやり取りに、あまり関与していなかったので、曖昧に応えた。


「龍志朗君、色々と大変だね、退院の時に海波の荷物を寮から持っていくの?」

雅也が自分の領分を尋ねた。

「ああ、たぶんそうなるかなと、本人がいない間に、色々と動かすのは嫌かなと思って、彩香はそんなに荷物は無いから当日でも大丈夫って言っているし」

龍志朗はこれも思い出しながら答える。

「退院する前に父上の所に挨拶にいくのかね?」

雅和が確信を付いてきた。

「どうしようかと思っているんですよ、退院すれば、彩香はそのまま別邸に来る予定にしているんですが、それだと、本邸への挨拶が入院中でないと・・・順序がねぇ・・・」

龍志朗は大きくため息をついた。

「来週なら、どこかで一緒にお父上のところへ行こうか?一応、軍法会議の後に私からは挨拶してあるけど」

雅和が救いの手を差し伸べる。

「え、伯父さん、もう、行ってたんですか?本邸へ?」

龍志朗は驚いて、目を丸くして雅和を見上げた。

「いや、本邸ではなく、軍法会議の時に魔界軍の龍斗君の執務室へ、そのまま行ってみたんだよ、来ると思っていたと言われたよ、色々と聞かれたけど、龍斗君も既に調査済みだったよ、当然、当主として立場があるから、調べているとは私も思っていたがね」

雅和が静かに告げる。

「そうですか、既に、手の内ですか」

龍志朗が沈みかける。

「伯父さん、来週、一人で行ってみます、その後、彩香を連れていきます、もし、何かあったらお力添えをお願いします」

それでもはっきりと雅和に龍志朗は宣言した。

雅和はいつもの柔らかな笑顔で、力強く頷く。


「そういえば、何で彩香ちゃんが怪我した時にすぐに駆け付けられたの?」

椿が揺り戻して再度、獲物にかかる。

「前に色々あったから最新の封式を渡しておいたんだよ」

雅和に宣言した時の心持が萎えてくるのは何故だろうか・・・

この発言には聞いた椿だけでなく、一同が驚いた。

「ええ?前にも何かあったのか?」

雅也が真っ先に心配から尋ねた。

「あ、いや、私がどうこうではなく、女性が一人で歩いていると危ない目に合うという、一般的な、その、心配事があるようだったから、ま、封式が便利かなと、安心できるんじゃないかな、と思って渡しただけで、特に他意は無かった」

龍志朗は自ら失言だったかもしれないと、後悔をしたが、後悔は何故、前には出来ないのだろうかと、不毛な事を考え始めた。


「あら、やっぱり、特別大事に思っていたのね、いつ?」

椿の目がキラキラ輝いた。

「ここで料理を食べる前」

「ええー」

龍志朗の発言に更に一同が驚く。

「いつの間に・・・」

雅和もさすがに料理を食べた後だと思っていたらしく、目を丸くしていた。

「やはり、助けてもらったというのが転換期だったんだね」

雅也も必死に色々経過を思い出していたようだ。

「素敵ですね、そんなに早くから、危ない事から守ってもらえていたなんて、王子様ですねぇ」

牡丹はまだ夢の続きらしい。

「気が付かないくらい、初めから深く愛していたのね」

椿の目がキラキラして、妖艶な口元に笑みを携えた。

「でも、お陰で、あれ以上酷い事にならずに済んだのだから良かったよね」

雅也が現実に引き戻した。

「出来れば、あんな怪我もさせたくなかったですけど」

龍志朗も起きた事に向き合っていた。

「龍斗君の所に行った後にまた、何かあれば、連絡くれれば私も一緒に行くから」

「はい、よろしくお願いします」

雅和の後押しが龍志朗の心を持ち上げてくれる。

それで・・・と椿が口を開くたびに、龍志朗の気が吸い取られるようで、代わりに纏う空気は冷え続けていく。


大丈夫、だったかな?


少しでも皆様の気晴らしになったら良かったです。

引き続きよろしくお願いします。

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