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海に月の光が梳ける時  作者: 稜 香音
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くっくっくのくっ

そんな気が滅入る事もある中、龍志朗は毎日、彩香の元へ通っていた。


軍の施設の中にあるので、行きやすいとも言えるが、普段は忙しいと言っていたはずであるのに、そんな事は微塵も感じさせず、面会時間に間に合うように、日々通っていた。




「どうだ?」


龍志朗は広い部屋へ声を掛けながら入っていった。


「大丈夫ですよ」


彩香がベッドから顔を上げ、返事をする。


「本当か?その大丈夫は大丈夫か?」


龍志朗は微笑みながら話しかける。


「もうっ、少しは信じてくださっても良いと思います」


彩香は少し頬を膨らませて答える。


「そうか、良々、大丈夫だな」


龍志朗は明るくなってきた彩香のその様子が嬉しくて、よく揶揄う様になっていた。


言いながら、その大きな手で頭を撫でる。


その度にまだ、頬を桜色に染める彩香。




「少しは食べているのか?」


龍志朗は側の椅子に座って彩香に尋ねた。


「今日は、お昼に椿様がいらっしゃって、焼き菓子を頂きました、甘くてとっても美味しかったです、龍志朗様も召し上がりますか?」


彩香が膨らました頬を忘れたかのように、嬉しそうに笑顔で答え、傍らの棚を振り返って見た。


「いや、折角彩香がもらったのだから、彩香が食べた方が良い、彩香からもらったのが椿おばさんにばれたら、それこそ、何を言われるかわかったものではない」


龍志朗は大げさに怖い怖いと頭に手をやった。


それを見て、彩香は小さいが、声を上げて笑った。


「そうかもしれませんね」


彩香は、龍志朗にこっそり告げた。


龍志朗は毎日来るが、仕事が終わってからくるので、長くは居られない、病院から時間がくれば追い出されてしまう。


そんな他愛もないが喜ばしい毎日の繰り返しだった。




(うーん、やっぱり、今日は病院に行けないかもしれない)


龍志朗は密かに困っていた。


彩香の状態は安定しているので、毎日、龍志朗が行かなくても彩香に影響はないのだが、龍志朗が気になるのだ。




その日は実践訓練の演習なので、いつもの軍の敷地内ではなく、外にいた。


「ほら、そんなかわし方で、実践で生き残れるのか?もっと早く!」


「違う、敵は一撃で仕留めるんだ!」


朝から龍志朗の激がいつも以上に飛んでいた。


「な、対馬、今日の月夜隊長、いつになく気が立っていないか?」


順番待ちをしながら、控えている対馬に同僚が聞いてくる。


「そうだね、ま、理由は簡単だろ」


対馬は龍志朗のあの激が自分に向けられないように祈りながら見ていた。


何と言っても、演習が失敗して、やり直し等という事になったら、逆鱗に触れると思っていたので、自身の復習に余念がなかった。


「そうなのか、何だよ、簡単な理由って」


聞いた本人はまったく想像出来なかったのか、不思議そうに再度聞いてきた。


「ん?そんな事より、あの激が自分に降りかかってこないように、お前も復習しておいた方が良くないか?私は自分の事で精一杯です」


対馬はあえて引きつった顔をして見せた。


「そ、そうだな」


相手も、確かにあれが自分に振りかぶったら、と思うと恐ろしかったので、引き下がっていった。


(言えるか、こんな緊張感漂う実践訓練で、彼女の病院に行くのが間に合うかどうかで、焦っているんだろうなんて事が・・・ああ、恐ろしや恐ろしや・・・)


対馬は一人黙っていた。




しかし、やはり、間に合わなかった。


解散の声が掛かってから、それでも、龍志朗は飛ぶ事にした。


病院に入るには、外部の余計な異物を持ち込まないように、病院の入口に特殊な空間があり、病棟に行くにも必ずそこを通るように指示が出されている。


しかし、面会時間が過ぎてしまえば、そこも閉じられてしまう。




救急の入口にも同様のものがあるのだが、面会人がそこから入る事は通常、許されない。


龍志朗は解っている目的地までは瞬時に飛ぶ能力がある。


故に、彩香の病室まで一気に飛べる。


しかし、彩香の事を考慮すれば、特殊空間を通らずに病室に行くのは、少々、躊躇する。


でも、気になるのである。


(少しだけなら)


一旦、演習場から病院の前まで飛んでみた。


そして、結局、病室に飛んだ。




彩香の広い病室に飛んだはずだが、彩香の側には行けなかった。


彩香が居るはずのベッドの前に柊医師や看護師達がいた。


それらの人々ごと大きな膜に包まれていた。


自身が病室の床に着いた途端に、自身も膜に包まれてしまった。


「?」


龍志朗は何が起きたのかわからなかった。




彩香の声は聞こえない、姿も見えない。


代わりに、柊医師から厳しい声が飛んだ。


「面会時間過ぎているだろう、しかも、病室に直接来て、病院の用意している特殊空間を通りもしないで、それがどれ程患者を危険な目に合わすかわかっているのか?」


柊医師が眉間に皺を作り腰に手を当て、仁王立ちしていた。


龍志朗は膜に包まれて足を取られたので、床に転がっていた。


「すいません」


非は龍志朗にあるので、何も言い返せない。


しかも柊医師が彩香を救ってくれたので、その柊医師に彩香に影響があると言われたら、謝るしかなくなる。




「彩香さん、大丈夫ですか?」


看護師が不安そうな声で彩香に呼びかける。


彩香は応えない。


「彩香さん、苦しくないですか?」


看護師が再度彩香に声を掛ける。


彩香の返事はない。


「彩香さん、痛みますか?」


看護師の声が段々緊迫してくる。


彩香の声は聞こえない。


「柊先生」


看護師が柊に声を掛けた。


「彩香!」


龍志朗がたまらず叫んだ。


龍志朗が来た事に寄って、柊医師の言う通り、彩香に何か悪い事が起きたのか、自分のした事に寄って彩香を苦しめたのか、取り返しのつかない事になったのではないかと、不安に押しつぶされそうな気持になった。




「はい」


彩香の明るい声がした。


「え?」


龍志朗は起き上がりかけていたのだが、動揺からか、うつ伏せに転がり始めて四つん這いになっていた。


彩香が柊医師の白衣を暖簾の様に手で避けて、顔を覗かせた。


周りの看護師達が苦笑しながら見守っていた。


「あ、ばれたか」


柊医師が静かに言う。


「え?」


龍志朗はまだ、事態が飲み込めなかったが、彩香が元気そうな顔をこちらに向けているので、思い出したように息をした。




「龍志朗様、今日は演習で遅いからお見えにならないと思っていました、そうしたら柊先生が、万が一に備えてって、何かしてくださいましたけど、あれ?龍志朗様、大丈夫ですか?」


彩香が龍志朗の姿を見て心配そうに声をかける。


「彩香さん、あんまり屈むと苦しくなりますよ」


看護師が彩香の体勢を気使って、声を掛ける。


先程から、彩香に声を掛けていたのは、その体勢を取ろうとしている彩香に向けての確認だったのだろう。


唯、故意に龍志朗を焦らせたのは、事実だろう。


「うん、ちょっと足をすくわれただけだから、大丈夫だ」


龍志朗は彩香に声を掛けられて、かなり気まずかった。


「龍志朗様、あまり無理なさらないでくださいね」


彩香は素直な気持ちで龍志朗に言うのだが、病人に気遣われて、龍志朗は居たたまれなくなってきた。


「ああ、」


鬼隊長の影も形もそこにはなかった。


「まったく、お前の事だから、ちょっと顔覗くくらいと思って飛んでくると思ったよ、外の演習のままなんて、雑菌だらけの人間を病人の側に寄せられると思うか?まったく、膜が張れる奴がいたから良い様なもんで、今度、こんな事したら、面会謝絶だ、お前だけ、わかったら元気にしているから、そっと帰れ、良いな」


柊医師が言い聞かせる様に含めて諭す。


「はい」


呼吸もため息も同様かと思う程、肩が下がっていた龍志朗だが、顔を上げたら彩香が優しく微笑み、小さく手を振っていたので、気持ちを持ち直して、そのまま病院の前に飛び戻った。




「先生、龍志朗様は大丈夫でしょうか?何だかとっても落ち込まれたように見えましたけど」


彩香は龍志朗が去った後、術者が膜を取り除きながら、龍志朗が居た近辺を消毒して、病室を戻してくれている際に、側に立って指示を出していた柊医師に問いかけた。


「少しは懲りてもらわないと、仮にも、隊を預かる立場で、医師も薬師も親族にいるんだし、今回の件は軍で結構問題視されているんだから、また界で事を構えるような事になったら大変だ」


柊医師は龍志朗の立場も考えて、あえて、きつく言ったのだった。


「私、また、龍志朗様にご迷惑かけてしまったでしょうか?」


彩香は、自分の存在がまた龍志朗に負担をかけてしまったのではないかと気にしてしまって、苦しくなってきた。


「そんな事はない、君の存在が龍志朗の成長に繋がると私は思っている、君の存在が迷惑だなんて事は有り得ない」


柊医師の穏やかだが強い声が響く。




「でも、先生、龍志朗様があんなにしょんぼりなさっているのは初めて見ました」


彩香は、それはそれで不安になり、心配になってきた。


「良いんだ、少しは会いたいのを我慢させておけば、そしたら、もっと君が大事に思えてくるだろう?」


柊医師は口の端を上げ、少し意地悪そうな顔をしていた。


それを見ていた看護師達は大笑いしていた。


「ひ、柊先生、そんな事はありません、りゅ、龍志朗様に、そ、そんな風に想って頂けません、きっと・・・」


彩香だけが頬を赤く染め、強く否定していた。


看護師達は、皆で、いえいえ、あるある、それは大事な事だからと口々に言って、更に大笑いしていた。


病室に明るい声が響いていた。

大丈夫、だったかな?


少しでも皆様の気晴らしになったら良かったです。

引き続きよろしくお願いします。

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