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海に月の光が梳ける時  作者: 稜 香音
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ふぅ~

「彩香!」


飛んできた龍志朗は、目の前の光景が信じられなかった。


倒れかけた彩香の背に手を回し、その胸に抱えた。


名前を呼ばれて、遠のく意識を呼び戻された彩香が見たのは、初めて見るような辛そうな苦しそうな龍志朗の顔だった。


「貴様! 彩香に何をした!」


龍志朗が叫ぶと同時に、浅葱の腕と足は封じられていた。


普段は凍土の様な冷気を纏い恐れられる龍志朗だが、今は、灼熱の地獄に住む鬼の様な形相と怒気が溢れていた。


「私は、ただ・・・」


あまりの龍志朗の怒気に圧倒され、浅葱は恐ろしさで、顔面が蒼白となり、虚ろな視線のまま、手足を封じ込まれて地面に座り込んでいた。


「彩香!彩香!」


目を閉じかけていく彩香の意識を、必死に引き留める龍志朗の顔は、引きつったまま彩香に向けられ、呼びかけている。


「りゅ、りゅう・・・しろう・・・さま?どうして、ここ?」


朦朧とした意識の中、龍志朗の影すら感じていなかったので、何故ここに居るのかまで考えは及ばなかった。


「お前が呼んだからだ、もう大丈夫だ」


龍志朗の『大丈夫』を聞いて、彩香はもう、遠のいて行く意識を戻せなかった。


後から自力で走ってきた対馬は、息が上がったまま、その光景を愕然として、見つめていた。


「後を頼むぞ」


龍志朗は対馬に言い残し、その痛ましい腕をそっと体に乗せて、彩香を抱き上げ、医療棟に向かって全力で走った。




 「柊ひいらぎ先生、柊先生」


医療棟の急患の入口を壊しながら、彩香を抱えたまま、龍志朗が入ってきて叫んでいる。


救急で運ばれてくるような患者を主に診ている、『医療魔力界』の若き新星と呼ばれる義理の従弟の名を叫んだ。


奥の処置室では丁度、先程運ばれた患者の処置が終わったところで、


「心の音は大丈夫そうだから、病室に運んで」


柊が看護師に次の手配を指示していた。


「はい」


看護師が、患者を運び始めた。


「何か騒がしいな」


柊は、救急であれば、慌ただしく患者が運び込まれる事は多いので、また、次の患者が運び込まれたのかと思って、声のする方を見た。


「柊先生、月夜家のご子息が急患連れてきて叫んでます」


柊の側へ走ってきた看護師が告げた。


「はぁ?」


想定外である。


柊も間の抜けた声が出た。




慌てて、龍志朗のいる処置室へと柊も向かった。


向かいながら、考えてみたが、叫んでいるなら、本人が怪我をしたのではあるまい、であれば、何故叫ぶのか?わからなかった。


飛び込んできた龍志朗から、意識のない彩香は看護師達によって処置用の簡易ベッドに寝かせられたところだった。


その隣に真っ青な龍志朗が立っていた。


「柊先生、彩香を助けて、治るよね?助かるよね?戻せるよね?」


纏っていた怒気はどこかへ行き、不安げに重ねて問いかける。


「い、今、診るから」


柊は子供のように縋る龍志朗を初めて見た、それ程大事なのだろうか、この少女が?もしかしたら、妻の紅緋べにひが森野の実家から聞いていた少女がこの子だろうか?


様々な考えも巡るが、今は処置に全力を傾けようと、思った。


龍志朗は処置室から出され、廊下に呆然と立っていた。


柊は早速診始めて、看護師に声を掛けた。


「結構、酷い折れ方だね、楠先生呼んで」


急いで全体の処置の方法を決めにかかる。


「血脈も大きく傷ついているけど・・・気脈も危ないかな・・・」


(これは・・・本当に元に戻せるだろうか?)


しかし、あの龍志朗が縋ってきた手を握り返すためにも、この少女を助ける。


「椎しい先生呼んで!」


柊の指示で、処置室に更なる緊張が走った。


柊とて一流の医師であり、それは周知の事実である。


一人で難なく治療に当たれるのに、楠医師を呼んだ時点で麻酔を別にみて、自分は治療に専念しなければならない、それ程重傷という事だと、看護師や助手が理解した。


更に、椎医師を呼んだという事は、自分一人では処置が間に合わないかもしれないと、柊が自らの師を呼んだ事になる。


これは大事おおごとな手術になりそうだ、処置室の誰もが思い、緊張が走った。


処置室から手術室へ移動した。


急ぎ準備をする看護師達の足音が響いた。

大丈夫、だったかな?


少しでも皆様の気晴らしになったら良かったです。

引き続きよろしくお願いします。

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