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海に月の光が梳ける時  作者: 稜 香音
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頼りになるのは。

「トントン」


対馬は龍志朗の執務室の扉を叩きながら、声にも出していた。


「なんだ」


龍志朗は対馬が名乗りもせず、扉を叩く音にも声にも訝しげに思って中から返事をした。


「失礼します」


対馬が礼儀正しく入ってきた。


「なんだ、改まって、いつもいきなり扉開けて入ってくるやつが?」


龍志朗は対馬の行動を益々怪しく思って、眉頭を寄せてくる。


「知っている?月夜が華奢な女性を大事そうに抱いていたっていう話」


対馬は龍志朗に他の人の話のように、話始めた。


「な、何だ、いきなり、何の話だ」


普通の人間であれば、あの冷徹な視線向けられ、永久凍土の如く冷たいこの空気感に卒倒しかねない状況であった。




対馬は構わず続けた。


「そういう噂が立っているから、耳に入れに来たんだよ、どうせ、知らないだろう?」


対馬は学生の時から龍志朗が騒ぎ立てられている事に無関心で、興味を示さない事を知っていた。


「抱いてたって何だよ、そんな事は身に覚えないぞ」


流石に、一瞬、たじろいだが、その言葉には抵抗があった。


「休みの日に海辺で女性をお姫様抱っこして歩いていたって」


対馬は先程、わざと誤解をするような言い方をしたのを、正確な言い回しになおした。


「ああ、そういう事か」


龍志朗は少し安堵して、先日の彩香の事かと思って不用意に言葉をもらした。


同時に何故その事が、しかもあれは敷地内とも言うべき場所であるのに、他者に漏れているのかと思うと、眉頭が寄る。


「へぇ、身に覚えがあるんだ」


対馬がその一瞬の隙を見逃さなかった。


「え、いや、足場が悪かったから、なんだ、そう、仕方なかったんだ」


龍志朗にしては狼狽ぶりがありありとしていた。


「この前の封式の彼女なんだろう」


対馬の追及が続く。


「ん、ああ、そうだ」


龍志朗が眉間に皺を寄せて、視線をそらした。




「で、誰?」


対馬が確信に迫る。


「え、」


龍志朗は、自身がまだ、彩香に何も確認していないので、それを告げる事を躊躇った。


「まぁ、流れている噂は、少し違う方向に向くように仕掛けておいたけど」


対馬も学生の時から人を寄せ付けない、女性からの秋波に嫌気をさしている龍志朗を心配する事はあっても、興味本位で騒ぐつもりはないので、問いただすにもゆるりとする。


「そうか、それは、助かる、もしかしたら相手に迷惑が掛かってしまうかもしれない」


龍志朗は正直に対馬に感謝しながら、騒がれたらきっと彩香は心を閉ざしてしまうのではないかと恐れた。


「噂では相手が誰だかは知れていないから、大丈夫だと思うけど、月夜を狙っている女性陣には面白くない相手だろうから、気を付けた方が良いだろうし、公にしない相手ならば“海辺”なんて誰にでも見られる所は避けるべきだろう、ほんと、そういうところは無頓着だよね、作戦と違って」


対馬は喉を鳴らして、苦笑しながら告げた。


一転、真顔になって、わざわざ自分が来たのは、龍志朗が封式をあげてまで大事にしたい女性であるならば、その身に起こりうる危険性として、秋波を寄せてくる女性陣の逆恨みや、政略的にも狙われている龍志朗自身の立場を考えて行動しないと、龍志朗は危険でなくても、その女性に危害が及ぶ可能性があると諭した。




「そうか、すまない、ほんとに偶然だったんだけど・・・」


龍志朗は彩香に何か危害が及んだらと、眉間の皺がより深くなった。


「いや、公にしないのか?」


対馬は予想以上に龍志朗が沈んでしまったので、焦ってたずねた。


「いや、そうすべき事実がない、というところかと・・・」


龍志朗が珍しく、気弱に答えた。


「え、もしかして、婚約とか大層な事でなくても、付き合ってもいないとかは言わないよね?」


対馬はあまりに消極的な龍志朗に驚いて、龍志朗の顔を覗き込んでしまう程、近づいて問い質す。


「そ、そのとおりだ・・・」


龍志朗が近づいてきた対馬の視線を外して、後退りしながら答えた。


「え・・・えっと、月夜、犯罪と言われる程、幼い相手という訳ではないよな、念のため聞くのだが・・・」


対馬も何から確認したら良いのかわからなくなり、取り敢えず思いついた事を聞いた。


「それはない、17歳だから」


龍志朗は自信のある事だったので、きっぱりと言い切った。


「そうか、それは良かった、ん?17歳って結構若いな、そんな知り合い周りに居たか?森野家の親族とかか?」


対馬は軍属関係者にそんな年齢の者はいないと思ったので、龍志朗が懇意にしている母方の叔父を思い出していた、それならば、後ろ盾があるから安心かと思った。


「いや、違う」


龍志朗はいつも通りきっぱりとした物言いになっていた。




「え?念のため、万が一を考えて聞くけど、その少女に片思いとか言わないよな?」


対馬は恐る恐る龍志朗の顔を覗きながら尋ねる。


日頃、あれだけ秋波を送られている龍志朗が、世もや片思いをしている等と、想像ができなかった。


「よくわからん」


龍志朗は少し開き直って答えた。


「いや、よくわからんって、何だよ、わからんって」


対馬は最早、呆れたと言わんばかりの顔を向け、ため息を混ぜながら問う。


「いや、封式を渡したのは、どうも危ないな、っと思ったから、渡しただけだし、その後は・・・」


「その後は?」


対馬が重ねてくる。


「最近の事だしな」


龍志朗は自分が悪いとは思っていないようで、段々といつものように凛と構え始める。




「いやいやいやいやいや、さっきも言ったけど、お前、自分の立ち場わかっていないだろう?」


対馬は話を戻して、月夜家次期当主と秋波の話をもう一度説教しようかと思い始めた時、


龍志朗が不意に、何かを察したような顔した。


「そうか、それを気にしていたからなんだ、あ、その後は気を付けたとぞ」


龍志朗は彩香が何故、自分が車で送っていく事や彩香自身が別邸に来る事を遠慮していたのか、理由が解った気がした。


彩香は、龍志朗の家柄と、自分が釣り合わないと思っていたんだと、納得できた。


彩香の方が龍志朗の立場や影響を考えていたのだ、だから、車の中から出ないと言ったら送らせたのだと思った。


龍志朗は一人で思い出し納得をして、対馬にも胸を張って答えた。




「その様子だと、海辺で抱えていた彼女の方が、お前の立場を気にしていたんだろう、どうせ、その事に、お前は、今、気が付いたんだろう?」


対馬は龍志朗の様子から、彼女と龍志朗のやり取りが、ありありと伝わってきた。


「うっ、そ・・・」


龍志朗はそんな事は無いと言いたかったが、全くその通りなので、対馬相手に嘘が付けなかった。


「そうするとだ、お前の彼女は“気を使わなければならない立場”なんだよね、尚更危ないだろう」


そう言うと眉頭を寄せられるだけ寄せて難しい顔を対馬はわざとした。


「そうか、お前の封式があって良かったな」


龍志朗は少し安堵して、対馬の肩を軽く叩いて、対馬を称えた。


「いや、そういう問題とは限らないだろう、まったく、どれ程・・・」


対馬が大きくため息を吐き出した。




対馬は気を取り直して語った。


「そうするとだ、彼女には後ろ盾となるような家柄とか後見人とかいないんだろう?万が一、そういう事を誰かに言われたら傷付くだろう?」


対馬は眉間の皺を深く寄せたまま、更に龍志朗に近づいた。


「そうか、でも、そういう話はあまり知られていない事なんじゃないか?」


そんな事を言われたら、彩香は益々俯いてしまうだろうと、容易に想像ができたので、龍志朗は不安に思った。


龍志朗は対馬の勢いに後退りしながら、小さく反論してみた。


「何言ってんだよ、お前の家柄に合う家なんて、数える程しかないし、誰でも知っているような家なんだから、そうでないなら、誰でもすぐに言えるよ」


対馬は更に呆れて、声が高くなっていった。


「そ、そうかな、そうでも・・・」


龍志朗は更に小さくなって反論を試みた。


「ない」


対馬は、反論を試みる龍志朗に断言して、上からその芽を摘んだ。


「一応敷地内な・・・」


龍志朗は違う反論を試みた。


「丸見えだろ」


対馬はまたしても即座にその芽を摘んだ。


「偶然、だったんだけどな・・・」


龍志朗の目が遠くを見始めた。


「だから?」


対馬に容赦なく遮られて、反論の芽を摘まれる。


「ん、そうか」


龍志朗は万策尽きたと思ってため息をついた。


対馬もそれを見て、大きくため息をついた。




「お前が彼女の名前を言いたくないなら、今日は良いけど、進展があったら言えよ、何かあってからでは遅いし、そういう事に関しては、お前は考えられないくらい鈍いから、判断を間違える可能性があるからな、取り返しがつかなくなったら、困るだろう」


背筋を伸ばし、真顔で対馬が言うと、流石に龍志朗も堪えた。


「心配かけてすまない、そうする」


龍志朗は、伏し目がちに応えた。


静かに対馬が出て行った。


(これから、どうやって連絡取れば良いのかな、やっと気が付いたくらいなんだけど、しかも彩香がどう思っているかわからないし、いや、好感は持ってもらえていると思うんだけど・・・それより、どうやって彩香を守ろうか)


龍志朗は対馬が出た後、生まれて初めて、途方に暮れた。

大丈夫、だったかな?


少しでも皆様の気晴らしになったら良かったです。

引き続きよろしくお願いします。

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