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まだ、やり方がよくわかっていない事に気が付きました。
少しずつ、進めていきます。
足を少し引きずっている彩香に森野は声をかけた。
「どうした?」
「痛めました」
当たり前である。
彩香の答えに、森野は、深くため息をついた。
足を痛めているから、その足に包帯が巻かれ、足を引きずって歩いているのだろう。
だから森野は、何故、そうなったのかを聞いたのだ。
彩香と森野の会話は噛み合わない事も、意図が伝わらない事も多々あるが、それは双方の言葉の足りなさからである。
森野は、彩香とは十も年が離れているのと、その境遇を知っているので、本人としては今までの薬師見習いと違い“穏やか”に接しているつもりである。
当の彩香がどう思っているのかは定かでない。
「仕事を休まなくて良いのか?」
「大丈夫です」
聞き方を代えてみた森野に対して、彩香からは、いつもの言葉しか返ってこない。
「来月の3界合同研究会にお前も参加するか?」
彩香が“大丈夫”というと、その話題のその先の返事は期待できないので、会話はそれ以上進まなくなる。
森野も昨日今日ではない月日で学習したので、違う話題の話に飛ぶことが多い。
他者から見ると「二人の話は見えない」とよく言われる。
ここに二人の師弟関係ならではの世界がある。
「良いんですか?」
彩香は話題が変わった事にはいつもの事なので、驚かないが、研究会に連れて行ってもらえる事には初めてなので、驚いた。
「勉強になるだろうし、来月は特別、医療界だけでなく、他の軍属も来るらしい、大勢いるから紛れても大丈夫だろう」
元々、森野ぐらいになれば助手を連れて歩いたところで、研究会の事務局から何か言われる事はない。
そろそろ、人馴れしない彩香でも慣れてきたところなので、連れて行けるようになったと思ったから誘ったのであって、師の配慮である。
「ありがとうございます、是非、行きたいです」
彩香にしては珍しく、人がいる処なのに前向きな発言である。
「参加登録はしておく、その代わり私の助手としの参加だから、一人でふらふらするな」
森野はまだ彩香を一人であの人込みを歩かせる不安はあった。
「はい」
元より、そんな大勢の所で、一人でふらふらする勇気など彩香にない。
3界合同研究会とは「魔力」「薬師」「医師」の3界が一堂に会して個々の研究を発表する会であり、年に一度開催され、医療界以外の「魔力」からの参加がある。
(あの人も来るのかしら)
彩香が密かに期待しているのは、龍志朗が“特殊攻撃部隊の少佐”と自身の事を教えてくれたからだ。
特殊部隊とは、医療界以外の魔力すなわち「攻撃力」を持つ特殊攻撃部隊と、「防御力」を持つ特殊防御部隊があり、その能力を持った者のみが所属できる部隊である、あの若さでそこの少佐と言えば、彩香でも力量が推測できる。
(私には能力と呼べる程のものは無いけれど・・・)
薬師見習いが出来ているので、全くないわけでもないが、魔力程、血筋が唯一でもないのである。
(ひ、ひろい、お、おおい ・・・)
彩香は森野の後ろについて会場に入ったが、その人の多さと、会場の広さに圧倒されている。
(居てもわからないかも・・・)
折角、もしかしたら会えるかもと期待をしていた気持ちが、この広さと多さで、会えるどころか、森野について行くのに必死にならざる負えない現状に、とても悲しくなっている自分に驚いた。
(な、何しに来たんだか、しっかりしないと私!)
慌てて意識を仕事に切り替えて、先を行く森野の後について行く。
いくつかの発表を聴講し、お昼前になって、一緒にいた森野が声をかけられた。
「お、来ていたのか」
「当然来ますよ、午後の親父の発表も聞く気だよ」
声をかけられた森野が声の方に振り返りながら答えていた。
森野の父は都大学の薬師の教授であり、薬師界の重鎮である、当然、このような会では発表する機会があり、会に呼ばれている、その傍らに見覚えのある人がいた。
「あ、」
「あ、」
森野が声をかけられ答えた時に彩香も一緒に振り返り、目が合って驚いた。
「知り合いか?」
森野の父が傍らにいた連れの龍志朗に尋ねる。
「先月、怪我した時に手当をしてもらいました」
「ほっー」
森野の父、雅和の驚きの声だった。
雅和は龍志朗の亡き母の兄で、母の死後、父親に寄り付かない龍志朗の父親代わりのような存在である。
母の死後、この甥っ子は、極端に人と関わらなくなっているので、何かと気にかけているのだが、その彼が“少女”と関わって、しかも手当を素直に受けたとは、驚きである。
「先月、足を怪我した時に助けて頂きました」
「そ、そうか・・・」
彩香の申し出に雅也も驚いていた。
彼女が、誰かに助けてもらった話など、聞いたことがないからだ。
“大丈夫です”彩香はその一言で人の助けを拒絶している処があるのだから。
(どうして、ここにあの人がいるのだろう?)
状況が一人わからない彩香だった。
「君は海波彩香さんかな?甥っ子がお世話になったね、息子もいつもお世話になっているね、色々ありがとう」
雅和は一人状況が飲み込めないであろう、彩香の違和感に気が付き、わかりやすく説明を足して、声をかけた。
「い、いえ、とんでもないです、わ、私がいつも…ご、ご迷惑かけていて、、あの…」
彩香は焦った。
龍志朗に気を取られていたが、よく思い出してみれば、師、森野の父君は薬師界の重鎮だった事を思い出した。
普段なら、とても自分ごときが話せる相手ではない。
そもそも、師は名家の出だ、その甥っ子となればおそらく名家の出だろう、冷静に考えれば、この状況は、自分などがいられるような所ではない。
急に心もとなくなり、自然に視線をどこに向けて良いかわからず、俯いてしまう。
「お昼はどうするんだ?」
雅和が当然の様に息子に話しかける。
「あ、特に考えていなかった」
「おいおい、お嬢さんにお腹すかせたまま、私の発表を聞かせる気だったのか?」
「いや、いつもは一人だから、気にしていなかっただけだよ」
雅和の問いに、何の配慮もなく素直に答える雅也である。
「あ、わ、私は大丈夫ですから、お、お気遣い、ありがとうございます」
二人の会話に自分が出てきたので、慌てて顔上げて、焦って答えた。
そんな彩香を、龍志朗が何か言いたそうな目で見た。
(その“大丈夫”は大丈夫か?)
そう、見抜かれたような気がした彩香は、また俯いた。
「これから、龍志朗と一緒にお昼を食べるからお前も一緒にどうだ」
「親父の驕りか?」
「わかった、わかった、手のかかる子供二人がお世話になったお嬢さんにご馳走しよう、お前たちは付録だ」
雅和が「いつまでも子供じみて」と、お手上げというように、両手を上にあげた。
「え、私は・・・」
「お前がいないと私が食べ損なうだろう」
「どんな脅しだ」
親子の会話を、他人事と思っていたところに、自分の事がまた話題になったので、慌てて声を発したら、あっさりと師に打ち消された。
雅和は両手を下ろしながら息子を諫めた。
「さ、行きましょうか、お嬢さん」
大丈夫、だったかな?
少しでも皆様の気晴らしになったら良かったです。
引き続きよろしくお願いします。




