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海に月の光が梳ける時  作者: 稜 香音
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一先ず、です。

「あ、龍志朗様、この前、椿様の所で上着をお返しするの忘れてしまって、申し訳ありませんでした」


彩香が急に思い出したように伝える。


「ああ、別に構わない、家が分かったのだから、今度、ここへ持って来る事も出来るだろう?」


龍志朗は些末な事のように伝える。


「はい、でも、遅くなってしまって・・・」


彩香は、この前それに縋っていた事も甦り、顔に熱が帯びてくる気配を悟った。




「別に、替えはいくらでもあるので気にする事はない、それより、破れた服の代わりはどうした?」


龍志朗も別の事を思い出し、尋ねた。


「あ、あれは繕って着ようと思ったのですが、何だか恐い事を思い出すので、丸めて隅に置いてあるままになってしまって・・・」


言う言葉そのまま、思い出したのか眉尻が下がり、視線が俯き、肩が竦んだ。


「そんな思いのする物は捨ててしまえ、ちょっと待っていろ」


龍志朗の語気に冷たいものを感じ、身構えてしまった彩香はサンルームから出て行く龍志朗の背中を見つめた。




程なく、龍志朗が包みを手に持ち、戻ってきた。


品の良い桃色のリボンが結ばれた淡い灰色のグラデーションの包み紙は老舗、英国屋の包み紙だ。


「私はわからないから、雪乃に買ってきてもらった物だ、お前の気に入る物であれば良いのだが、代わりになるかどうかわからんが」


龍志朗にしては歯切れの悪い言葉が続く。




「えっ、そんな龍志朗様に頂くなんて申し訳ないです、恐れ多いです」


彩香の長い髪が揺れる程、首を横に振っていた。


「でも、お前が着ないと、これは捨てるしかない、私は着ないからな」


『ごもっともです』と思われる言葉を告げる龍志朗は、今までと違い無表情に見えた。


「申し訳ありません、ありがとうございます、開けてみてもよろしいでしょうか?」


彩香は少し怖くなって、受け取る事にしたのだが、買ってきてもらったのなら、龍志朗は中身を知らないのではないかと思って、伺ってみた。




「ああ、構わない」


密かに龍志朗も中身を知らないので、興味はあったが微塵も表情には出さない。


彩香が丁寧にリボンを解き、包装紙を開いていく。


中から出てきたのは、白地の柔らかな絹地のブラウスで、襟とカフスが空色で、胸元に藍白色あいじろいろで、小花の刺繍が施されていた。


「綺麗、・・・」


彩香はその繊細な刺繍に目が離せず、滑らかな生地の中で手を泳がせていた。


「気に入ったか?」


龍志朗は黙りこくった彩香だが、その顔を見て確信しながらも、訊ねた。


「は、はい、とっても綺麗で肌触りが良くて、うっとりしてしまいました、私のブラウスとは比べ物にならない高価な物を頂いてしまって本当に良いのでしょうか?」


桜色に染まった頬と潤みがちな瞳は嬉しさのあまり、上気していた。


「気に入ったのなら良かった」


言葉と表情は素っ気ない物なのだが、龍志朗はこれ程気に入ってくれるとは思っていなかったので、胸の中に温かいものが芽生えた。


彩香は嬉々としてブラウスを包みの中にしまって、リボンも掛けていた。




「龍志朗様、そろそろお暇します」


お茶を飲んでいた彩香が思い出したように申し出た。


「そうか?そんな時間か?」


龍志朗は休みなので時間の感覚があまりなかった。




「いえ、何だか、意を決しないと、晩ご飯までご馳走になりそうな気がしてきました」


先程の事があるので、彩香は予定があるとか、嫌で帰りたい訳ではないと伝えたかった。


「別にそれはそれで、良いのではないか」


龍志朗は、そんな事なら気にしないとばかりに応えた。


「いえ、そんな事はしてはいけない気がします」


彩香は、きっと龍志朗が気にしていなくて引き留めてくれそうな気がしたのだが、どんどん甘えてしまう自分が怖かった。


「何故?」


龍志朗は彩香が何を気にしているのか気になった。


「え、えっと、えっと・・・」


(だって、私なんかが、ご身分のある方のお家に居る事自体、誰かに知られたら良くないと思うなんて、言っても、きっと、気にするな、って言われてしまうわよね、でも、あの女の人の事は言いたくないし、・・・)


彩香は胸の中で思ったが、他に妥当な理由が見つけられず困ってしまった。




「あ、明日仕事だから、あまり遅くなっても、準備とかに困るよな」


「はいっ!」


龍志朗は彩香が何か言えない事で悩んでいそうなので、故意に理由をつけてあげた。


そうとうは知らず、彩香は自分が思いつかなかった理由を、龍志朗から提案してもらったので、助かったとばかりにそれに乗った。


(まったく、遠慮の塊だな、わかりやすい)


龍志朗は、自分の言葉に予想以上に食らいついてきた、彩香の反応がわかりやすくて、苦笑していた。




「では、寮まで送るか」


龍志朗がゆっくりと立ち上がった。


「えっ いえいえ、まだ明るいので歩いて帰れます」


彩香は龍志朗に送ってもらって、誰かに見られたら、それこそ、龍志朗に迷惑が掛かってしまうのではないかと恐れて、慌てて、激しく、首を横に振った。


「何かあっては困るだろう?」


龍志朗は、昼間でも何もないとは言い切れないないので、時間があるので車で送ろうと思っていた。


「いえいえいえ、そんなご迷惑を重ねられません」


(寮の誰かに見られたらそれこそ、きっと迷惑を掛けてしまうし、どこであの女の人が見ているかわからないし)


彩香は眉頭をより一層寄せて悩んでしまった。




「車で寮の門の手前まで送るだけなら、私だと思われないだろう」


龍志朗は彩香が遠慮しているだけではなく、何かを気にしているのではないかと思って、提案をしてみた。


「い、良いのでしょうか?」


彩香は不安なまま、龍志朗を見上げた。


「私が良いのだから、お前が気にするな」


龍志朗は大きなため息と共に吐き出すように告げた。


(ああ、どうしよう、龍志朗様に呆れられてしまったかな、折角、おしゃってくださったのに、でも、そのままお受けするわけにもいかないし、どうしよう・・・)


彩香の顔は白くなっていき、俯き始めた。




車の鍵を取りに奥に入り、雪乃に彩香を送ってくる旨を告げ、サンルームに戻ってきたら沈んでいる彩香が目に入った。


(油断すると、こうなるな・・・)


龍志朗は、どこにそんなに多く、彩香が沈む理由が潜んでいるものなのかと思った。


「また、来ると良い、送るぞ」


沈んでいる彩香の頭を軽く叩いて、声を掛けた。


「私なんかが・・・」


彩香はまた、泣きそうだった瞳をそのまま龍志朗に向けた。


「ん? 上着もあるし」


龍志朗は一瞬、彩香と目を合わせたが、あの潤んだ瞳で縋るように見つめられると、自分でも少し持て余す感情が湧いてくるので、直ぐに逸らした。




「彩香様、お帰りですか?よろしかったらこちらをお持ちください」


雪乃が見送りがてら、晩ご飯のおかずをお弁当箱に詰めて持って来てくれた。


「頂いてもよろしいんでしょうか?」


彩香は柔らかな笑顔で雪乃に言われると、椿に言われた時のように、うれしくなってしまったが、これでは、ご馳走になるのと変わらないのではないか?と思って戸惑った。


「良かったな、もらっておけ」


龍志朗はどうせ、彩香が遠慮するだろうと思い、彩香の頭の上から声をかけた。


「ありがとうございます、雪乃さん、頂いていきます」


彩香は不安があったのだが、少し振り返って見た龍志朗が優しく微笑んでいたので、


雪乃にお礼を言って、大事そうに抱えた。




「お弁当箱は、今は使っていない物ですから、ご都合の良い時にお持ちください」


雪乃が微笑みながら、しっかりと言い切った。


(ああ、なるほどそれもか)


龍志朗が雪乃の意図を理解した。


「はい、ありがとうございます」


深い意味はわからない彩香が元気に返事をした。




彩香は龍志朗が微笑んでくれたので、安心して、車に乗っていた。


龍志朗は沈んだまま、帰さなくて良かったと、隣で嬉しそうに乗っている彩香を見て安心していた。


寮まではたいした距離ではない、以前、彩香を背負って歩いた距離だ。


「着いたぞ、ここで、門の中に入るまで見ているから」


龍志朗は、寮の門の手前の木陰に車を停めた。


「ありがとうございました」


彩香はお礼を言って、車から降りた。


確かな足取りで門まで歩く彩香に合わせて、りゅうくんが揺れていた。


門の中に彩香が入ると、龍志朗はゆっくり車を動かし、門の前で、中を横目で見た。


彩香が立ってこちらを見ているのを確認した。


龍志朗は車の中から軽く手を振った。


嬉しそうな笑顔の彩香が立っていた。


笑顔でいてくれるのが良い、と思った。


龍志朗は彩香が愛しいと、思った。


以前思った、“弱い少女を守りたい”だけではない、想いに気が付いた。

大丈夫、だったかな?


少しでも皆様の気晴らしになったら良かったです。

引き続きよろしくお願いします。

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