18
むふ。
サンルームには柔らかな日差しが入り、少し暑くなってきたので、窓を開けて風を入れた。
爽やかな海風が入ってきた。
窓辺から少し離れたところにある、布製の揺れるベッドに、龍志朗は横たわった。
頬を横切る風が気持ち良く、軽く目を閉じた。
「龍志朗様、果物等、お持ち致しました」
彩香が小さなワゴンを押しながら、サンルームに入ってきた。
(あれ?)
先程の椅子に座っているとばかり思っていたので、龍志朗を見つけられず、戸惑った。
(あ、あっちに・・・)
彩香は持ってきた果物等をテーブルに全て置くと、窓辺の近くに横たわっていた龍志朗に気が付き、側に寄ってみた。
「龍志朗様?眠っていらっしゃるのかな?」
閉じられた切れ長の目元はすっきりと、鼻筋の通った先にある艶やかな唇、それらが小さめの顔に収まっており、真っすぐな黒髪の前髪は軽い風にもそよぎ、長めの襟足へとたなびいていた。
「綺麗・・・」
彩香は眠っているような龍志朗の顔を覗き込んで呟いた。
男性であっても、美しいと見とれていた。
「きゃっ」
龍志朗の顔に見惚れていると、突然自分の手を握られたので、思わず彩香は驚いて声を上げていた。
「いつ、してくるかと思った」
龍志朗は片目だけ開けて、目の前にある彩香の顔を見据え、喉の奥をくくっと鳴らして笑っていた。
「も、もう、起きて、い、いらっしゃるなら、お、起きて、い、いるって、い、い、言って下されば」
慌てて、後退り、握られた手だけ残して、頬の赤くなった顔で、起き上がったきた龍志朗を見た。
「いや、どうするのかなと、興味があったんだが」
龍志朗は真っ赤になって抗議してくる彩香の手を握ったまま立ち上がり、空いた手で、軽く彩香の頭を撫でた。
「そ、そんな何も、し、しないです」
彩香の懸命な抗議も空しく、あしらわれてしまった。
「ま、こっちに座るか」
龍志朗は彩香の手を引き、テーブルに備えてある椅子に座った。
隣の椅子に彩香も大人しく座った。
「ほら、ほら、何時までもそんな顔するな」
龍志朗は彩香の頭を軽く叩きながら、頬を染めたまま少し膨らませている彩香を宥めた。
「だって・・・」
彩香は何だか、また、うるさくなってきた心の音が気になりだした。
「悪かった、私が悪かった、少し心地よくて眠りそうになったのは本当なんだがな」
喉を鳴らしながら、笑いを堪えて、龍志朗が彩香を見た。
「お疲れなのですか?」
彩香は急に心配になって、首を傾げながら、眉尻を下げて龍志朗を見つめた。
「いや、そういうわけではないと思う、ただ、風が気持ち良かっただけだ」
龍志朗は普段から鍛えているので、少々の事で疲労が出るという事はない。
率直に、彩香と居て心が軽く、楽しいので、それに安堵しただけなのだが、自分でもよくわかっていない。
ただ、心地良いので、そのまま眠りそうになっただけなのだ。
「なら、良かったのですが」
彩香も安心して微笑んだ。
「機嫌は直ったか?」
龍志朗が彩香の真似をして、首を傾げて瞳を見つめ返してみた。
「別に、機嫌が悪いとかではないので・・・」
彩香は美しい龍志朗に真っすぐ見つめられて、どうして良いか戸惑い、また違う意味で頬を桜色に染めて、視線を逸らせて答えた。
「上手いぞ、ほら」
俯く彩香に、龍志朗はさくらんぼを手に、彩香の目の前に持ってきた。
彩香は顔を上げると、目の前にさくらんぼがあって、あまりの近さに驚いて声を上げた。
「えっ」
「ほら」
龍志朗は、丁度驚いて声を上げた彩香の開いた口にさくらんぼを入れた。
「んぐっ」
彩香は驚いたのだが、まさか吐き出すわけにもいかず、一粒なので食べられない事もないので、そのまま食べ始めた。
「甘くて美味しいです」
「ん、種は出せ」
彩香が美味しそうに食べ始めた。
「これ、珍しいものではないでしょうか?」
彩香はこれも食べた事ない物だと思って、龍志朗に聞いてみた。
「そうだな、時期もそれ程長くないかな、今頃、たまに食べるかな?」
龍志朗は思い出しながら答えた。
「初めて食べました、小さくて、甘くて、食べやすくて、美味しいです」
彩香は、自身が食べた事が無い物が多い事に気が付いたので、何でも、正直に告げようと思った。
「そうか、初めて食べて、気に入ったか、それは良かった」
龍志朗は満足そうに答えた。
龍志朗自身、あまり食に拘りもなく、量を食べなかったのだが、食材や料理については珍しい物や貴重な物も、格式の高い家柄なので、普通に食卓に出てくるため、一通りだいたいの物は食べた事があるので気にしていなかった。
彩香は食べた事が無い物を正直に話してくれた。
「そう言えば、その鞄についている緑の物は何だ?」
龍志朗が、彩香の鞄についている物に目が留まりたずねた。
「これ、りゅうくんです、雑貨屋さんで売っていたのですが、可愛かったので、つい、買ってしまいました」
彩香は少し恥ずかしそうに答えた。
「りゅうくん? 私か?」
龍志朗は自分の名にりゅうが付くので不思議そうに聞き返した。
「いえいえ、龍志朗様をりゅうくんなんて、滅相もありません、元々は雑誌に載っていたのですが、4歳の子供の龍で、両親がいなくて大きな熊さんと一緒に居て、甘えんぼさんなんだそうです」
彩香は、激しく首を横に振ってから、龍志朗にりゅう君の設定の説明をした。
「なるほど、甘ったれの龍か、確かに、頼りなさそうな顔で幼いな」
龍志朗は手に取って、繁々と見た。
「龍志朗様みたいに立派ではありません」
彩香はまさかこれに龍志朗が反応するとは思ってなかったので、驚いた。
「いやいや、4歳の頃なら、似たり寄ったりかもしれん」
龍志朗はりゅうくんにどことなく親近感がわいてきた。
「龍志朗様が?想像ができません・・・」
彩香は小首を傾げながら、どうしても思いが廻らなかった。
「こらこら、私にも幼い頃はあったんだぞ、これでも」
龍志朗は苦笑しながら答えた。
「う、う・・・ん・・・」
更に首を傾げたのだが、やはり、想像が難しい彩香であった。
「ま、良いがな」
龍志朗は段々眉間に皺が寄ってきて、傾げている首が更に傾げて、椅子から落ちるのではないかと、彩香が心配になってきたので、思考を止めさせた。
「はい」
彩香は首を戻した。
大丈夫、だったかな?
ちなみに、りゅうくんは絵があります。
少しでも皆様の気晴らしになったら良かったです。
引き続きよろしくお願いします。