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海に月の光が梳ける時  作者: 稜 香音
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きゃっきゃっ♪

「ちょっと結界の所まで行ってみるか、着替えて来るからここで待っていてくれ」


「はい」


龍志朗は彩香にそう言うと奥の方へと向かった。


彩香は一人になってから、窓の方へ向かった。


「ほんとに、海が目の前に見える、ここならいつも怖くないのになぁ」


彩香は月明かりに照らされる海を見るのが好きなのだが、続けて襲わられてから怖くて夜には外出出来なくなっていた。


もちろん、龍志朗に止められている事もある。


昼間でもお守りは肌身につけている。




「待たせた、降りるか」


龍志朗は身軽な洋装に身を包んで来た、先程とはやはり印象が違う。


彩香は不思議な気がして首を傾げて、龍志朗を見ていた。


「何だ、何か変か?」


その様子に龍志朗の方が戸惑った。


「いえ、やっぱりお着物と洋装では印象が違うと、改めて思っただけです」


彩香は素直に思った事を答えた。


「そうか」


龍志朗は彩香の言葉に心地良さを感じていた。


率直な想いだけが伝わってくる。


過去に聞いていた、媚びてくる、違う思惑のある言葉とはかけ離れた彩香の言葉。




「雪乃さんにご挨拶を」


龍志朗の後に続きかけて、彩香は思い出したように振り返った。


「大丈夫だ、また、戻って来るから、ほら、足元気をつけろ」


龍志朗が手を差し伸べた時、


「はい、あっ」


彩香は振り向きながら足を進めた、その先に地面がなかった。




龍志朗の手が彩香の体を支えたので、転ばずに済んだのだが、彩香の顔は龍志朗の胸に埋もれていた。


「申し訳ありません」


彩香は飛び跳ねて後退りした。


「ほら、言った側から・・・」


龍志朗は肩を弾ませながら笑っていた。


彩香は真っ赤な顔で俯いていた。


(どうして、こんなに失敗ばかりなんだろう、どうして出来ないんだろう、私、龍志朗様に迷惑ばかりかけて、何も出来なくて、何の役にも立てなくて・・・)


あの女の言葉が甦ってくる。『何の役に立つのよ』、『何も無い』、そう言われて何も反論出来ない自分。


迷惑ばかり掛けてしまう自分が嫌になって、彩香はその碧い瞳に涙を溜めていた。




龍志朗の手が彩香の顎に伸びてきた。


「ほら、だから下を向くな」


龍志朗が先程のように、顎を持ち上げて彩香の顔を自分に向ける。


龍志朗は彩香に涙を一杯溜めた碧い瞳で、縋るように見つめられると、そのまま抱えてしまいそうになった。


「危ないから手を繋いで降りるぞ」


平静を装って、彩香に声をかける。


彩香は黙って手を引かれて降りていった。


そっと零された涙には気が付かない事にした。




「ここなんだが」


彩香が潜ってきた岩まで降りてきて、龍志朗はやはり周囲に異常が無い事を確認した。


「これを向こう側から潜ってきました」


彩香は龍志朗のすぐ後ろから、声を掛けた。


「結界に異常はなさそうなんだよな」


龍志朗は再度、周囲を隈なく見渡す。




「もう一度潜ってみましょうか?」


彩香にはよくわからないので、自分に出来る事を提案してみた。


「いいのか?少しでも痛かったり、危険を感じたら止めておけ」


龍志朗は原因を探るにはそれが一番良い方法と思ったが、万が一彩香が怪我でもしたらと思うと、自分からは言い出せなかった。


「はい、大丈夫です」


何だか彩香は龍志朗の役に立てそうで、嬉しくなった。


いつもの鎧を着るための“大丈夫”ではなく、心から思って言えたのも嬉しかった。


そして、岩の前に立ち、そーっと一歩を踏み出し、岩の向こう側へと体を移動させた。


何も起きなかった。


「大丈夫です、どこも痛くないです」


岩の向こうから彩香は龍志朗に向かって元気に言った。


「そうか、大丈夫か、では、また、ゆっくり戻っておいで」


龍志朗は彩香に異常がなかった事に肩から力が抜け、手招きをした。


彩香は同じようにゆっくり岩を潜って戻ってきた。




龍志朗は彩香の手を取って引き寄せた。


「ほんとに何処も痛くないか?」


龍志朗が不安そうに彩香を見る。


「はい、大丈夫です」


彩香は龍志朗に握られている手の方がむしろ気になって、緊張した。


「そうか、良かった、だが、理由はわからないままだな」


龍志朗は彩香に何事もないのは良かったが、結界の謎は残ったままになってしまった。


邸の警備としては、新たな結界を更に張って凌ぐ事とするしかないかと思った。




「あの、龍志朗様、一つ気になったのですが・・・」


彩香が小さな声で迷いながら龍志朗に声を掛けた。


「どうした、どこか痛むのか?」


不安そうな顔で龍志朗が彩香を覗き込む。


「いえ、ほんとにそれは大丈夫です、そうではなく、最初に岩を潜った時は、少しだけ肌を刺すような感覚があったかなと思い出したのですが、今は全くそれもありませんでした。何が違うのかなと思ったのですが、あちらに行った時に砂が海水をだいぶ含んでいました。靴が濡れる程ではないのですが、歩いていた時はもう少し乾いていました。あの、お役に立たないかもしれないのですが、唯一気がついた、違うところかな、と思ったので・・・」


彩香は一気に話した後、少しだけ伏し目がちになった。


「ありがとう、水位は確かに潮位が変わってきているから違うはずだ、それと連動して感覚に差があったのなら、引き潮の時だったら潜れなかったかもしれないな」


そう言われて彩香は少しは役に立ったようで、嬉しかった。




龍志朗は彩香の苗字が海波という事を思い出し、そこに何か関わりがあるのではないかと疑った。


「別の結界も張っておいたから、取り敢えず、戻るか」


龍志朗は、彩香に声をかけ、屋敷へ歩き始めた。


「はい」


彩香もそっと歩き始めた。




岩場の段差が降りて来る時と違い、上り辛い所に差し掛かった。


「ほら、手を出せ」


龍志朗が彩香に向かって手を伸ばしてくれた。


「大丈夫ですよ、行は一人でしたから」


彩香は降りて来る時は、その前に足を滑らせて、支えてもらったので、そのまま手を引かれてきたのだが、その時は、迷惑を掛けた事で頭がいっぱいで、考える余地が無かった。今、改めて手を差し伸べられると、恥ずかしくてその手を自分から握れなく、体が硬くなってしまう。




「お前の大丈夫は当てにならないからな」


龍志朗は喉を鳴らしながら声をたてて笑い始めていた。


「そ、そんな事はないですよ」


彩香は以前の事を思い出し、向きになって言ってみたのだが、その結果、足元が疎かになった。


「きゃっ」


「ほら、やっぱり」


「だっ、だって、りゅ、龍志朗様が、い、意地悪するからです!」


「いやいや、危ないって手を貸す事のどこが意地悪なんだよ」


「だって・・・」


彩香は疎かになった足元を見ていなかったので、また滑ってしまった。


そして、同じ様に転びそうになったところを、龍志朗に抱きかかえられて、助けられていた。


そう、行と同じ事が繰り返されていた。


彩香は龍志朗に抱えられて、顔が近くて、更に心音が激しく、聞こえるようになったのだが、動揺しすぎて、自分でも何を言っているのか理解出来なくなっていた。




「ほら、もう、危ないから、大人しくしろ、このまま、屋敷に戻るぞ」


龍志朗は彩香が素直に反応してくれるのが嬉しくて、楽しくて、自分の胸に赤い顔を寄せている彩香を抱えたまま、苦笑しながら見つめていた。


龍志朗は彩香を抱えたまま、難無く、岩場を上り、小道を通って屋敷に戻っていく。


(やっぱり私は龍志朗様に迷惑掛けてしまう、どうしてこんなに同じ失敗しちゃうんだろう?きっと龍志朗様に呆れられしまって、嫌われてしまう、どうして出来ないんだろう、どうして・・・)彩香は自分を卑下して、すっかり落ち込んでしまった。




「ほら、着いたぞ、足は大丈夫か?」


龍志朗は庭に着いてから、彩香をそっと降ろした。


「ありがとうございます」


彩香はすっかりしょげてしまい、小さな声でお礼を言うのが精一杯だった。


「どこか痛むのか?」


そんな彩香を見て、まさか落ち込んでいるとは思っていない龍志朗は、具合が悪いのかと心配になり、問い掛ける。


「いえ、どこも痛みません」


彩香は俯いたまま身を固くして答える。




「ほんとか?」


龍志朗は、今度は、下を向いている彩香の下に潜り込み、下から彩香を見上げてみた。


突然の龍志朗の行動に、流石に驚いた彩香は後ろに飛び跳ねた。


「りゅ、龍志朗様、どうされたのですか?」


「ん、また、下向いているから、今度は下から覗いたら、顔が見れるかと思ったからな」


龍志朗は後退りして彩香がいなくなったので、そのまま伸び上がり、今度は上から彩香に視線を向けた。


「え、申し訳ありません」


彩香は何を答えて良いかわからず、謝罪したが、俯く訳にもいかず、視線をそっと逸らした。


「謝る事はない」


龍志朗も彩香が悪いとは思っていないので、一先ず制する。



大丈夫、だったかな?


少しでも皆様の気晴らしになったら良かったです。

引き続きよろしくお願いします。

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