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のんびり、のんびり、お付き合い頂ければ。
お休みの日、でしょうか? あなたも。
「ほら、座ったらどうだ」
龍志朗に言われて傍と気が付き、彩香はテーブルの側の椅子に座った。
「今日は休みだったのか?また海に来てたのか?夜は来ていなかったのか?一人で来たのか?どうやってこっちに来たのだ?庭で何していたんだ?」
龍志朗に矢継ぎ早に尋ねられたので、彩香は混乱し、視線を泳がせながら答えた。
「えっと、きょ、今日はお休みで、う、海は昼間なら良いかなと、思って、久しぶりにきて、夜は来てなくて、一人で来て、昼間だから来て・・・」
彩香は龍志朗の問いに答えなければと、焦るのだが、上手く言葉が繋がらなく、手が無意味に中を彷徨っていた。
「悪かった、ゆっくりで良いから、まずは、お茶を飲んで、お菓子を食べてみたら、どうだ」
龍志朗が彩香の動揺ぶりを見て、喉を鳴らしながら笑いを堪えていた。
「あ、はい、」
彩香は笑われてしまった事がとても恥ずかしくて、頬を赤らめていたが、機嫌が悪くないのには安心して、でも、また、意地悪されたような気もして、複雑な思いでいた。
「美味しいです」
雪乃が作ってくれた薄焼きは温かく、しっとりと甘くて美味しかった。
「そうか」
龍志朗が微笑んで応えてくれる。
その微笑みに心が温かくなる彩香であった。
「言いつけを守って、お守りを持ちながら、休みの日の昼間なら安全だと思って、久しぶりに海を一人で散歩しに来たんだな」
「はい」
龍志朗は彩香が困らないように、溢れていた言葉を上手く並べてみせた。
彩香はどうしてそんな事がわかるのか不思議で、目を丸くして驚いて龍志朗を見た。
「良い子だ」
そう言うと龍志朗は彩香の頭の上で軽く大きな手をぽんぽんと弾ませた。
彩香はとても嬉しかったのだが、予想すらしなかった事をされて驚き、耳まで真っ赤にして俯いてしまった。
龍志朗は無意識にしてしまった事に彩香の反応を見て、少し困った。
「砂浜を歩いてきて岩を潜った時に何も感じなかったか?」
「はい、大きな穴でしたので、そのまま通りました」
彩香も結界の話は気になっていたので、この問いには顔を上げて答えた。
「そこが結界なんだよ」
龍志朗は先程飛ばした封式に異常がなかったので、不思議に思ったが、彩香は嘘をついていないだろうから、彩香だけが潜れる何かがあると考える方が正しいのかと思った。
眉頭を寄せ、悩む姿もそれはそれで美しいのだが、彩香は、何か自分が悪い事をしているような気がしてくる。
「後で一緒に行ってみるか」
龍志朗は考えられる事はこれ以上ないのと、現時点で異常は発生していないので、彩香に現場で検証させてみようと思った。
「はい」
彩香も素直に返事をする。
「龍志朗様もお休みだったのですか?」
彩香は改めて龍志朗の姿を見て、ここが自宅である事と、とても、普段の凛々しい洋装の姿ではないので尋ねてみた。
「あ、今日は休みで、さっきまで少し鍛錬していて、風呂からあがったところだ」
「そうなのですね、お着物姿を初めて見たので」
彩香は龍志朗の着物姿は全く想像していなかったので、少し驚いた。
「ああ、がっかりしたか?だらしなくて」
龍志朗の恰好は着流しの着物の前を浅めに合わせて、半幅の帯も単に結んだだけで、良く言えばとてもくつろいだ着方、悪く言えば・・・と言わざるを得なかった。
龍志朗は眉尻を下げて、いたずらっぽく笑っていた。
「い、いえ、そ、そんな事ないです。龍志朗様はいつでもかっこいいです」
頬を染めながら、彩香は勇気をかき集めて龍志朗に応えた。
声を上げて龍志朗は笑っていた。
「そんな、無理しなくても良い、人の気配を感じて、慌てていったのだから」
「あ、申し訳ありません」
彩香は自分の行動が龍志朗に不用意な行動を取らせてしまい、また、迷惑を掛けたのだったと思い、俯いてしまった。
龍志朗が不意に彩香の顎を持ち、顔を上げさせた。
「下を向くな、お前は悪くない」
彩香は驚き、碧い瞳を見開き、正面に向けられた龍志朗を真っ直ぐに、見つめ返すしかなかった。
その顔は更に赤くなり、軽く目まいすらしてくる、心の音が大き過ぎて龍志朗の声が聞こえなくなるのではないかと心配になる程だ。
龍志朗も自分で仕掛けた事だが、自分の感情に支配されかけ、そっと手を放した。
「家にいる時は着物の方が多いかな、仕事している時が洋装だからな、何となくだが、ここは洋館のような造りだが、中は昔からの家の造りだから、その方が性に合っている」
龍志朗が何気なく話始めた。
「家に居る時とお外は別なんですね、椿様のお屋敷の時も洋装でいらっしゃいました」
手を離されてもなお、心音がうるさいと思っていたが、彩香は森野邸で龍志朗と会った時の事を思い出したら、声が出た。
「うん、あそこはどっちでも良いんだが、偶然かな、洋食多いし」
龍志朗はどっちが多いか、考えてみたがわからなかったので、曖昧な答えになってしまった。
「貴重なお着物姿ですね」
彩香は自分だけが知っているような、ちょっと特別な気分になった。
「ん、ん、そうかな」
龍志朗はここに居れば普段通りなのだが、彩香に“貴重”と言われて、少し浮ついた。
「この前は悪かったな、休みが合わなくて」
龍志朗が不意に謝った。
「え?」
突然の申し出に彩香は驚いて、首を傾げた。
「この前は椿おばさんの所で何作ったんだ?」
龍志朗の問いかけに、彩香はこの前のお休みに、椿と一緒に料理をした時に、龍志朗も呼ばれていたはずだが、来れなかった事についての謝罪と理解できた。
「この前はクロケットを作りました、ちょっと丸くなったり、細長くなったり、形が不揃いで、美味しかったのですが、見た目が・・・」
彩香はちょっと恥ずかしそうに龍志朗に報告した。
「そうか、それは残念だった、折角見た目を笑えたのに、惜しい事をした」
龍志朗はククッと笑いながら彩香の目を覗き込んだ。
「りゅ、龍志朗様、ひどいです!」
彩香は龍志朗にからかわれたとわかって、少し頬を膨らませた。
「はは、悪い悪い、折角美味しくできたのを食べ損ねたな、残念だった、次は食べられると良いな」
龍志朗は、彩香が安心して感情を出したのが嬉しかった。
何より、自分に素直に心を見せてくれたような気がした。
「あ、はい、椿様にまたお誘いして頂けたらですが・・・」
彩香は龍志朗と話が出来るのが嬉しかったのだが、自分で何かできる訳ではないので、そこに、自分の置かれている世界と龍志朗や椿達がいる世界と差があるような気がして、心に冷たい一欠けらが落ちた。
「別に、ここで作っても良いぞ、雪乃がいるだろう」
龍志朗は、彩香に不安の影を感じ取り、提案した。
「え?いえ、ご迷惑かけてしまいますから、きっと」
彩香は意図していた事と違う方向に戸惑いながらも、椿の指導無しで作れる程自信もないので、慌てて、龍志朗を留めた。
「うん、ま、今日でなくて良いからな、流石に、今日の今日だと雪乃も困るだろう」
「はい」
彩香もこくこくと頷いていた。
大丈夫、だったかな?
少しでも皆様の気晴らしになったら良かったです。
引き続きよろしくお願いします。